第3話 女天幕で詰め寄られました。

「それじゃ行ってくるわ」


 刺繍された布に、いっぱいの小物をくるむと両手で持ち上げます。結構重いな、と思いました。


「俺も届けに行くな」


 彼は彼で、肩に袋を掛けています。

 私たちは朝になるとそれぞれの目的地へと向かいました。彼は集落のあちこちへ馬を使って行きます。

 今日渡さなくてはならないのは、あくまで当人相手です。家族の誰かに渡すのではなく。

 行ってみると、まだぽつりぽつりとしか来ていませんでした。それでも私の姿を認めると、珍しいとばかりに近づいては声をかけてきます。


「旦那と遠出してきたんでしょ? どうだった?」

「お土産? それそれ。私にもある?」

「あ、そうですよ。皆さんが集まったら……」


 そうこうしているうちに、皆がそれぞれの手作業の材料や道具を持ってやってきました。


「おやダリヤ。珍しいねえ。……ってそれかい。さてさて誰のところにあるのやら」


 義母が笑って側に座ってくれます。それだけでも次々にやってくるかしましい女達の勢いはやや治まったように感じます。

 やがてやって来た母も、イリヤとの二人っきりは楽しかったかい、と聞いてきます。

 その時気づきました。

 確かにトバリやあの子供たちを預けたりはしましたが、女達全体には今回のことはそう広まっていない様子です。

 そうでなくては、今回の遠出の件を茶化したりはできないでしょう。

 母も義母も腹芸はできない性格です。特に義母は、イリヤを産んだとは思えないくらいです。

 彼は穏やかで呑気に見えます。

 ですが実際に戦わせると容赦はないです。

 私は昔から知っていました。だからあの時、トバリたちを助けた時に一人で向かっていった姿にも違和感はありませんでした。

 元々彼は力はさほどに無かったのです。だからできるだけ考えて無駄な動きをせずに狩りなり戦いなりを人並みにできるようになろうとしてきました。

 私が知っているのは、そんな彼の剣や弓の練習に付き合ってきたからです。おかげで私はすっかり男たちに混じって狩りに行くことすらできてしまいます。

 彼が他の部族から嫁を取らず、まるで近場で済ませるかのように私を選んだのは、そんな事情もあったでしょう。他の女たちよりは好きなのだろうとは思いますが。

 そんな「他の女たち」に私は包みを広げました。


「ええと」


 イリヤはそれぞれに宛先を書きましたが、皆が皆字を読めるわけではありません。なので一つ一つ取り上げて誰宛なのかを読み上げます。


「ええと…… この帽子は……」


 形の違う帽子、図案の違う刺繍をされた掛け布、組み紐のお守り、木で作った小さな山羊の彫り物、こちらでは見たことのない編み目の籠、革で作った小刀入れ、刺繍のされた革のベルト、綺麗な石、こちらで飼っているのとは違う種類の羊の毛から織った布……


「それと手紙……」


 読めるひとには手紙も来ます。

 いえ、読めなかったら誰か信用できるひとに頼むということもあります。送る側も言ったそのままを書き付けてもらっていることもあります。

 その中の一人はさっそく広げては読み出しました。去年こちらに嫁いできたひとです。

 そう言えばトバリもそのくらいでしょうか。私よりは年下ですが、未婚で。

 彼女はさすがにまだこちらにはやってきていません。やがて紹介されるでしょうが、まだその用意が――


「ダリヤさん! これは本当なのですか!」


 長い沢山の三つ編みを揺らして、彼女は私に詰め寄ります。手紙の文章を指さしながら。


「この、テケリケが消えたって言うのは……!」

「え」

「本当なんですか!?」


 その言葉が引き金になって、幕屋の中の女たちがざわざわとし出しました。


「ちょっと待ちな。うちの手紙はどうだろう。私は読めないから、ダリヤ読んでくれ」


 母達くらいの歳の一人が封を開けて私に詰め寄ります。思わず二人の母の方を見てしまいました。二人ともやれるものはしなさい、と目で語っていました。

 わかりました、と受け取ったそれは、帰りに寄った部族に嫁いだ彼女の娘からのものでした。


「『愛するおかあさま、私は元気でやっています。こちらの家族も家畜たちも元気です。息子たちがそろそろ野に出ます。』」


 私は読み進めて行きましたが、つい、声が止まってしまいました。


「どうしたんだね?」

「『テケリケが消えたと聞きました。族長からの話はよくわからなかったのですけど、いつか見た光のせいだと聞いてます。同じくらい西にあるミイはどうなったのか心配で仕方がありません。姉さんたちの家族が心配です。そちらは東ですから安心しています』」


 そうか、と今さらのように私は思いました。


「そうだわ」


 最初に私に詰め寄った彼女は持っている手紙をぐっと握りしめました。


「私の実家はサラニですけど、姉がテケリケに嫁いでいるんです。母が心配して書いてきたんです」


 ああ、やっぱり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る