第2話 少し様子見をすることにしました。

「彼女たちと出会った場所から南下した辺りにあるアルキル、サラニ、エクイの各部族にも立ち寄って聞いてみました。最も西よりのアルキルでは、確かにトバリと同じ光を見たという答えが返ってきました。サラニ、エクイと東よりになるほど、光に関しては格別思うことはなく。ただ襲撃に警戒するようには告げておきました」

「それはそうした方がよいだろうな。こちらの壁にもなってもらえるだろう」


 族長は腕を組み、目を伏せました。

 そこへイリヤはその場をぐるりと見渡し、問いかけます。


「皆さんは、このテケリケより西の部族をどれだけご存知ですか?」


 彼はその場に置いた革の書き付けに、東西南北を記しています。私たちの移動経路の上には、それぞれ立ち寄った部族名があります。

 イリヤも私もさほど多くの部族を知る訳ではありません。そこはもっと年かさの人々の知恵を借りたいところです。


「だいたいこのあたりに……」

「あー、そこには確かあそこの娘が」


 口々に言い出し、書き付ける彼らにイリヤはぽつんと言葉を放り込みました。


「テケリケは消えたのですよね」

「他も消えたと言いたいのか?」

「はい」


 皆、にわかには信じがたい、という顔になりました。

 トバリの証言はあくまで恐ろしく明るい光のことです。それでどうなったか、というのはやっぱり伝聞なのです。


「もう移動していて、助かったのかもしれませんが」

「もうよい」


 族長は手を振りました。


「イリヤが嘘を言っているとは思いがたいが、そのまま信じるには難しい話でもある。ただ備えはした方がいい」


 ありがとうございます、とイリヤは頭を皆の前で下げました。



 トバリと二人の子供はひとまず子供が嫁いでしまった老夫婦の幕屋で客人として扱われることとなりました。

 今後ずっとここで暮らしていくのか、それともやはり元の部族のもとに帰りたいのか。それはまだわかりません。

 そして私たちは。


「あれだけでよかったの?」


 二人だけになった時に、荷解きをしているイリヤの顔をのぞき込みながら訊ねました。


「今はいいよ」


 柔らかにそう言いながら、あちらこちらから頼まれた小物をああでもないこうでもない、と仕分けしていきます。こちらから持っていったように、立ち寄った側からのお返しや手紙なども預かっているのです。


「族長の判断は正しい。あの放っておいた連中がもし仲間と合流したとしても、まだしばらくはこちらまでわざわざやってくることはないと思う」

「そう言い切れる?」

「だから殺さなかったんだよ」


 そうでした。彼はあくまで痛めつけ、馬を解き放ちはしましたが、それ以上のことはしていません。

 あの時、誰かしら一人でも殺したとなると、復讐の掟を持っている部族でしたらまっすぐ私たちの集落を目指すでしょう。合流できたら、の話ですが。


「人数が少ないんだ。ただでさえ。わざわざこんな遠くまでは来ないよ。近場を襲うのがせいぜいだ。そもそも何人いるのかもはっきりしてないし。男たち全員が出払うなんてことはまずないだろ?」


 確かに、とうなづきました。

 他はどうかわかりませんが、私たちの集落では男たちだけを一斉に多く動かすことはありません。馬や羊を売りに出すのは、そもそも移動の時期です。

 時には東の方から買い付けに来る専門の商人もいます。むしろその方が多いくらいです。


「元々多くはない、と」

「うん。ただ、襲われ襲われ、の連鎖になると困るなあとは思う」

「困る」

「うん。困る」

「そうよね。困るわ」


 確かに今の私たちにはその程度の感想しか出てこないのです。もしこんなことをお互いの母や義母に言ったらまた「それだからあんたたちは!」と言われそうです。

 話に出たテイ・カマトさんにしたところで、私たちの世代では「外れに一人住んでいるお爺さん」という印象しかないのです。


「たぶん今、皆で婿や嫁に出した人たちを調べてるんじゃないかな。色々大変だ…… よし」


 どうやら仕分けが終わったのでしょう。ぱん、と手を叩きました。溜めて積んだ包み紙の一つを短冊形に切ると、それぞれに宛先を書きました。

 そして半分を私に渡し。


「これはダリヤが行ってくる分ね」

「ああ……」


 櫛だの布だのお守りだの。女たち宛のものです。


「憂鬱?」

「ちょっと」

「俺だって得意じゃないよ」

「嘘」

「でもまあ、やってしまえば終わるから」


 そういうものでしょうか。ともかく明日は女天幕に行く必要ができました。

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