第7話 西の近くの部族へ向かうことにしました。
「見える?」
「俺には見えるけど、まだダリヤにはみえないな」
鞍の上に立って辺りを見渡す彼はそう言います。やがてすとん、とまた腰を下ろします。
「あなた遠くも見えるようになったの?」
「うん。かなり遠くまで」
神様は便利だなあ、と思います。
この時、馬に数日分の水と食料、野営準備を積み込み、私たちは西へと向かっていました。
*
どのあたりにどの部族が住んでいるのか、ということは族長から先に聞いていました。
そして出かける前日までに、この間のようにまた薄い革に書き付けていました。
完成するとそれを私に見せ。
「落ちてきた位置と、族長が知ってる範囲の部族の位置を照らし合わせてみたんだけど」
広げた図の中心に×印がつけられています。そしてどういう風にしたのか、綺麗な円がその×を中心にして幾重にも描かれていました。私たちの今の集落には◇の印がつけられていました。
彼は自分で描いたその図を見て、指を滑らせながら、滅多に見ない嫌そうな表情をしています。
「まずこの一番近いイエガルの野営地へ行こう。あそこには――」
「私のお婆様の実家があるわ」
「うん。俺の兄貴分達の嫁さんが何人か出てるし」
結婚は、同じ部族内ですることが多いですが、外からお嫁さんやお婿さんをもらってくることも多いのです。
それぞれの事情や関係があるのですが、時には本当に年頃の相手が部族にいない時期もあるから、と聞いています。
神様が入ってしまった後の彼に言わせると、「血が濃くなりすぎるのはよくないから外からとった方がいいんだ」ということですが、今一つ私にはよくわかりません。
私たちは皆十四、五で結婚の話が出ます。その時にちょうどいい相手がいて、お互いの家に納得できる資産を持ち合いできるようだったら話がまとまります。
決めるのは親です。
もちろん、好きなひとがいる時はそこに一つ「親にお願いする」というものもありますが。
同じ年くらいの女の子たちの話題の中心は、月のものが始まったあたりから結婚のことに集中していきます。
そのための手作業、炊事洗濯といった家事、それに嫁入り道具作り。相手がいようといまいとそれはその頃から作り出します。
私は手作業も家事も嫌いではないです。
ただ、それまでの子供の日々に、何かと馬に乗って狩りに出かけるのが好きだったのです。そして私は弓や、その場での獲物の解体も男に交じってするのが好きでした。
ただよく父に言われたものです。
「女は血に染まった服をすぐにそこで洗える訳じゃないから、あまりしない方がいい」
ここは決して水が多い場所ではありません。解体する際に汚れる手や衣服をすぐに洗える訳でもないのです。
父は川が近い場所で何日か野営しながら狩りを教えてくれた時には、その場で脱いで、汚れた衣服を洗っていました。それはさすがによせ、ということです。
「上手くなるまでには血にもまみれるだろう。だからそうならないように早く上手くなれ」
母と違って、父は私がそれらのことに興味があるとわかったら、惜しげもなく教えてくれたのです。
おかげで結婚した十五の時には、鹿を射止めて解体することは普通にできました。
ただ同じ年の女の子はそこまではしません。それ以前に、狩りに出るのは面倒だ、と言います。
馬に乗るのは嫌いではないそうですが、駆け出すあの風の心地よさについて語ることができる女の子は同年代にはいませんでした。
イリヤはそういう私をよく知っていて、別にそれのどこが悪いの、という調子でした。おそらく父から見てその態度が一番の決め手だったのでしょう。母同士は元々仲が良かったし。
ただ今回の二人で遠出をすると言ったら、母も義母も何やら真剣な目つきで「がんばってらっしゃいよ」と言ってきました。
何をがんばるのか。いやわからない訳ではないのです。子供を早く作れ、ということでしょう。結婚してもう三年になるのです。いつまでも子供同士の仲良し関係以上にいかないのはどういうものか、とやきもきしているのです。
「イエガルでは子供はまだか、って言われるんだろうなあ」
「でしょうねえ」
「ダリヤは子供ほしい?」
「? 言ってる意味がわからないわ?」
そう、と彼はうなづきました。
私達には無論、ちゃんとした夫婦の夜もあります。添い寝だけではないのです。
「何かおかあ様方に言われた?」
「そういう訳ではないけど」
歯切れが悪いな、と私は思いました。
「欲しいも何も。そればかりは天の配剤でしょ? もちろんできたら私はうれしいわ」
「何人でも?」
「何人でも」
当然です。だいたい、五人生んでも一人は赤子のうちに死んでしまうのが普通ですから。
そしてきちんと成人できるのはさらにそこから一人二人抜かなくてはならないのですから、結婚したら子供はたくさん産まなくてはなりません。当然のことです。
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