第6話 遠出の許可をもらいました。
「そういえばおかあ様方に聞いてきたんだけど。族長にはどうなってなるのか」
「あ、ダリヤわざわざ聞いてくれたんだ」
「だって、今までイリヤ、あなた興味みせなかったじゃない。族長になりたいとか」
「まあだって、皆強いし俺よりしっかりしてるし」
それは認めます。
今こうなってしまった彼の強さは…… 異常なので置いておくと。
「そうよね。あなたと同年代のひとたちって皆しっかりしてる」
「だろ? だから俺ものんびりできるなー、と思ってたんだよね。だって俺、誰かがこうしろああしろって言えば、ちゃんとそれをやってやろうとは思えるんだけど、誰かにそれをやってくれっていうのって難しいんだよね」
「なのに皇帝っていうものにはなりたいの?」
うん、と軽く眉根を寄せると前を向いて彼はうなづきました。
「東のこともあるんだけど、まずその前に確認しておきたいことがあるんだ」
「確認?」
「この西の先に砂漠ができたんだ。というか、神様が落ちてきた時にできちゃったらしい」
「砂漠?」
「草なんか何も生えない、砂だけの場所。だから人が住めない場所」
「そんなところがあるの?」
「ある、というか、できちゃったんだ。で、そこに住んでた部族は一気に」
ぱっ、と彼は手を広げました。何ですかそれは。ずいぶん簡単に言いますが。
「それって…… 死んだってこと?」
「そう。死んだって思う間もなく消えてしまったくらいかな」
「たいへんなことじゃない!」
「たいへんだよ。東の方の連中の前に、実はそのこともあって」
「どうなるの?」
「あっちこっちで生きのびた連中がこっちにやってくるだろうな」
「本当に?」
「神様の言う通りならね。だからちょっと割とすぐに確かめなくちゃならないんだけど……」
私はまだ半信半疑です。と言うか、壮大なほら話につきあってる気分です。
でも彼の冗談めいた力も確かです。だとしたら、彼に「神様」がとりついてしまっていると考えた方がいいのかもしれません。
「だからさダリヤ、西に本当に砂漠ができたのか、見に行こうと思うんだ」
「見に…… って」
「って言うか、一緒に行こう」
「そりゃあ、行くって言うなら私はいいけど。でも今の時期、それ大丈夫?」
今はいい季節です。さわやかな風が吹きすぎ、馬や羊にのんびり草を食べさせておける時期です。
「うん、今だからね。どれだけ何が起こっているのか見ておかないと」
彼はそこで言葉を切りました。
「族長に話をしなくちゃね」
*
わりあいあっさりと族長への話は通りました。
無論そこで神様の話はしません。言ったところでうさん臭く思われるだけでしょう。彼は私以外にそう簡単にあの馬鹿力を見せたり、よくわからない出所の知識のことを言いはしません。
何たって私達はまだ十八年しか生きていないのです。若さから馬鹿げたことをするのはよくあることですが、あくまでそれは部族の害にならない程度の話です。
結婚したら一人前、というのが私達の部族です。それでも目の前の五十年がところの人生を送ってきた族長から見たら、若造が何を言ってると思われても仕方ないところでしょう。ふさふさとしたあごひげをいつかイリヤも生やすのだろうか、と考えると何となく奇妙な気持ちに駆られます。
そんな若い私達の意見が一発で通ることは普段ならそうそうないでしょう。
ただ今回は、この間の山の件も考えれば、あちこちに影響が出ているから、という彼の言い分が通りました。
「なるほど、先日お前が行ってきた山の亀裂もなかなかのものだった。あんなものがあちこちに出ているようだったら、今年は移動をしない予定だが、その辺りも考えねばならないな」
そこで族長はふと一緒についてきた私の方を眺め。
「そう言えばお前達、まだ結婚してから旅行には行っていないな?」
「あ、はい」
私は思わず答えてしまいました。確かにそれはないです。
「何かあったらそんなことそうそうできなくなる。今のうちに二人で行ってくるがいい」
「よろしいのですか?」
「ダリヤ、お前が女達の中で居づらそうにしているのはお前等の母達から聞いているぞ」
私は思わず肩をびく、と震わせました。
「皆、特にお前のことを嫌ってもいない。むしろ馬の乗りこなしが上手くて格好いいとか、刺繍も早くて図案も独特で上手いと褒めている。だがお前は皆の輪の中には入らず、一人で道具を持って自分の天幕に籠もっている。この先子供もできたら、皆との付き合いも多くなる」
「それはわかるのですが」
ただ苦手なのです。
裁縫も刺繍も糸繰りもできます。羊達の世話も別に苦にはなりません。
ただ女天幕のおしゃべりがしんどいのです。
一人で作業するのは平気です。狩りに皆で協力するのも嫌いではないです。
「まあそういう女もいないわけではない。ただ、気には留めておくのだな。」
はい、と私は答えました。
ともかく西行きの許可は出たのです。
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