第4話 岩が喋るなんて初めて聞きました。
それでも多少言いにくそうに、あっちを向きこっちを向き、言葉をある程度探してから彼話し始めました。
「山に行ったろ」
「行ったわね。赤い岩のとこでしょ?」
「うん。あの夜が明るくなった日に山が割れて」
それは私も知っています。
一月くらい前でしょうか。今まで聞いたことの無い奇妙な、風を切るにしては高すぎる音と共に凄い地響きがありました。
それに驚いて皆寝ていたのに起き出して、天幕から出ると、急に天がもの凄く明るくなったのです。一部始終を見ていたひとによると、音の少し前に地の果てが光り出し、やがて月が消え、星が消え、空全体が明るくなったということです。
不吉だ不吉だ、と皆騒いでいた中で、このひとは綺麗だなー、すごいなー、と眺めていたのを覚えています。
十日ほどして、一番近くの山が割れているということを告げてきたひとがいました。
「割れた辺りにもの凄く大きな赤い岩がある」
それを聞いて彼は見に行きたくなったのです。
ところで、私たちが住んでいるのは草原ですが、山がまったくない訳ではありません。
部族ごと移動する時にはできるだけ山が見える辺りに行くことになっています。木の実や薬草や、普段の料理に使う肉になる獣を捕るにはやはり山が欲しいのです。
その代わり狼が出ることもありますが、それは部族の弓の使い手の出番です。
ちなみにこのひとはそれなりに上手いです。それなりに。ある程度の身を守るすべはわかっています。
だからこそ、一人で山へ送り出したのです。
「それでその赤い岩はどうだったの?」
「うん。綺麗だった」
「綺麗だったの?」
それだけな訳がありません。私がじっと見つめると、彼は続けました。
「でも今はもう赤くないよ」
「え?」
「俺が吸い取っちゃったんだ」
私は少し黙ります。もう少しくわしく、と目で訴えます。
「赤い岩は新しく出来た山を割ったところに張り付くようにあったんだ。一面に。もの凄く綺麗だったよ。透明な赤で。血の色みたいに本当に純粋に赤」
「それを吸い取ったって」
「その合間に踏みこんだら、何か声が聞こえたんだ」
「声」
「うん。それで誰か呼んでるのか、と思ったら、岩だったんだ」
「岩が?」
「あ、声が頭の中に響いてきたんだ。耳を塞いでも聞こえてきたもの。何か喜んでた。ようやく聞こえる者が来たとか」
「それで?」
ともかく話をうながします。もちろんにわかに信じられることではありません。
「岩自体が生きていてね。だけど動けないので身体に入れてほしい、って言われたんだ」
「身体に! 何あなた、すぐにそれ」
ばたばたと彼は手を振りました。
「さすがにすぐに返事するわけないじゃない。俺だって事情知りたいし」
でも岩が喋ってることには疑問持たないのです。私だったら岩というより天からの声とか魔物にたぶらかされたと言われる方がわかりやすいです。
ただこのひとは、妙にそういったことには斜めに見るくせがあります。そのあたりも義母が心配していたものです。
ともかく岩ということは認めましょう。
「入ってもいいけど、それだと俺が一方的に損だよね」
「あなたそれ魔物に身体のっとられるようなものじゃない」
「うんそれは俺も思った。だから条件を聞いてみたんだ」
「条件」
「俺の考えや動きには一切干渉しないこと。何かね、ともかく『見たい』んだって。岩は動けないから。それまで居た場所でも、そうやってその土地に来た声が聞こえるひとと約束してきたんだって」
「本当に魔物じゃないの?」
「岩だけの魔物って、ダリヤ聞いたことがある?」
「……ないわ」
「じゃあ岩でいいじゃない」
そういう問題ではないとは思うのですが、どうも反対もできません。
「身体に入れてくれたら、大きな力と知識をあげる、って言われたんだ。どんな? と俺もさすがに聞いたんだ。そうしたらまず言われたのが、ケガがすぐ治る、だったんだ」
そこですか。
「だから俺の頭に干渉しなくて、ケガが治るならいいかなー、と」
「……入れてあげたわけですか」
「うん。そしたらたいへん」
ぐい、と彼は私の方に身を乗り出しました。
「ちょっといい?」
何を、という間もなく、彼は私を持ち上げました。……片手で。座ったまま。頭のあたりまで。
「え? え? あなたそんな力持ちだった?」
「うん、何かいろいろあるみたい」
すぐにそっと下ろしてくれましたが、あまりにひょい、と持ち上げたのには心底びっくりしました。だってこのひとは決して力持ちではありません。部族の男達で相撲を取るときも一人二人は勝つことはあっても、優勝とは無縁です。
勝つ時でも力ではなく、相手の勢いを上手くそらして負けに持っていくというふうです。
「これだけじゃないよ」
驚くな驚くな、と私は自分に言い聞かせることにしました。
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