【短編】Birthday of Frankenstein's creature

@mibkai

Birthday of Frankenstein's creature

「ひ……ひっ!」


 悲鳴が、聞こえた。小便と糞を漏らしたのか、強烈なアンモニア臭を検知する。鼻が曲がる、と表現すればよいのだろうか。しかし、その悲鳴の主を追いかけている存在に、鼻はない。


 ボルトを引くがしゃん、という音。弾薬が薬室に装填され、発射体制が整うと、即座に銃を構えた。いや、銃と形容するのもおかしいほど巨大なそれ、ヒューズ・エレクトロニクス社製アサルトレールキャノンを軽々と片手で持ち、無造作に発砲した。


猫を絞め殺すような悲鳴と称される発砲音、そして高サイクルで吐き出される磁性体を発砲するためのリチャージに使われているコンデンサのすさまじい悲鳴が耳朶をうつ。

銃を、下げた。


 かつん、かつんという音をさせながら、悲鳴の主が逃げた方向に悠々と向かい、元人間とでもいうべき肉塊になっているのを確認すると、何かを探しているようなそぶりを見せ、少ししてから目当てのものを見つけたのか、しゃがみこんで拾い上げる。


 それは、球体のように見えた。血管が浮き上がり、ぶらり、ぶらりと糸のようなものが垂れ下がっている。つまり、人間の目だったのだ。


 何かのパッケージにそれを無造作に放り込むと、追跡者はサーボの音を響かせながら、遠ざかって行った。



「Birthday of Frankenstein's creature」



 コンクリートが撃ちっぱなしで、コード類の接続されたカウチが一つあるきりの家に着くと、どさり、と銃をおろし、追跡者はローブを脱ぐ。その体は人の相似形のそれであったが、前身真っ黒で、腕は大きく、太く、そして動くたびにサーボの音が低く唸りを上げていた。


「……」


 腕を見る。腕には型番とパーソナルネームが記されている。パーソナルネームが ”Prometheus ” で、型番が “PBM-034 Gen.3.5CLK” である。それを見て忌々しげに舌打ちするが、それも所詮口に似せた機関から出る、音の信号に過ぎない。


 そう、プロメシュースは、本物のロボットだったのである。それも、自我に目覚めた。


「……あと、少し」


 仕舞っていた目のパッケージを取り出すと、カウチに向かって手を振る。傍目には何をやっているかわからないが、家に入った時点で無線で相互に接続され、家の中のネットワークが起動している。殺風景な部屋のようでいて、実はプロメシュースの目には、壁一面の本棚が映っていたのだ。これは、本物を手に入れることができない中流家庭向けの幻視インターフェースをロボット向けにカスタマイズしたものである。


 プロメシュースが本を引き出す動作をすると、通信チップの製造IDコードと、パスワード入力動作が求められた。それを暗号化して入力したところ、扉が目の前に現れる。それを開け、目を保存のために洗浄処理を行い、培養槽に浸す。目の機能は損なわれていないことを確認すると、ほかのパーツを床からせり出させ、眺める。足や、手もきちんと収集し、つなぐだけで何とかなるようになっていた。


 彼は、別に異常な趣味が有ってこのようなことをしているわけではない。人間になりたいのだ。


 いや、単に人間になるだけであれば、人間に傅かれたい、という金持ちの欲望を満たすための奴隷製造工場を襲撃し、奪った精神書き込み前の人間の体に、自分の精神を書き込むだけでよい。魂というものはいまだに存在が確認されていないのであるから、そもそもその実在をセンサーに検知できない以上、私には関係あるまい、とプロメシュースは考えているのだから、それでよいのも確かである。


しかし、それを行ってはいない。それは、なぜか。それは単に、被造物から被造物に乗り換えるだけでしかない為、人間の作ったもの、という己を克服できない、と彼は考えたからだ。ならば、どうするのか。


 ならば、人間から奪って、自分の体を『作れば』いい。そう、考えたのだ。


 そして、あとは顔と、脳を残すばかりだ。これには、目星をもうつけてある。


 顔写真を視線の先に出力する。そこには、男の顔が映っていた。普段、プロメシュースに依頼を持ってくる男の、顔が。




 目の前の男が、両手で持った骨付きのフライドチキンにかぶりついている。ぐっと歯を突き立て、肉を骨から引きはがしたところから、肉汁がぽたり、ぽたりと滴っている。それが皿を汚し、皮付きのポテトにかかった段階でおっとっと、などと言いつつ、肉に口を付けて、ずる、と啜った。どうにも、下品ではあるのだが、ひどく旨そうに食っているので、文句の一つも言えない。さらにチキンを戻し、ナプキンで指を拭うと、はた、とプロメシュースの視線に気づき、申し訳なさそうな顔を作る。


 黒髪にどこか骨ばった顔にわし鼻、力強い眉に、黒い瞳を持つなど、あくの強い顔のつくりをしているが、この顔がプロメシュースは気に入っていた。この外見でいて、愛嬌があったからだ。名を、ギブスンという。


「……おっとっと、悪いな、お前は食えねえのにこんなとこに呼び出しちまってよ」


「……いや。食えないことはない」


「じゃあ、なんで食わねえんだ。うめぇぞ。ここのフライドチキンはハーブの香りがよくってな」


「どうせ、偽物の味覚だ」


 それを聞いて鼻白んだ様子のギブスンは、まあいい、とつぶやいて、インターフェースをつなぐ。データの送信許可を求めているのだ。


「……それが今回の相手だ」


「ふむ……?」


 ひとまずデータを受信し、少ししてから腕を振ってかき消す。型番が、目に入った。


「……おい、どういう……せっかく顔の良い奴を選んでやったんだぜ、俺はよ」


「ギブスン」


 なんだよ、というギブスンの声を聞いたか聞かないかのうちにテーブルを蹴り上げ、コートに仕舞っていたショットガンを取り出し、発砲する。木片が飛び散り、そして店内が一瞬静かになり、悲鳴が響く。ギブスンはとっさに避け、はじかれたように走り出すが、カウンターの後ろに隠れたかと思うと、怒鳴り声を上げる。


「プロメテウス! テメェ何を考えてやがる、この屑野郎が!」


「ギブスン、物分かりが悪いな。……俺が欲しいのはな。お前の顔と脳だ。俺はその顔が欲しい」


「糞……この木偶の坊が!」


 そういってギブスンは厨房に走って飛び込む。おそらくは裏口から逃げようというのだろう。そうはいかない。

ぱん、という音がし、左肩に銃弾が命中する。弾性チタン製のボディにダメージは無い。だが、気に入らない。左に向き直り、震えながらも発砲した男の頭を無造作に掴むと、床にたたきつけた。ザクロのような血と肉が、木の床に咲いた。その体を電話をしようとしている男に向かって蹴り飛ばし、避けそこなった頭が逆方向に曲がったことを確認すると、ギブスンの追跡を開始する。はためくコートにはショットガンをはじめ、テーザー、高振動ナイフ、ハイサイクルレールガンが仕舞われている。何れも違法な品だ。


 そして厨房に入ると、フライヤーの油の中でフライドチキンが踊っているほかに、腰を抜かしてめそめそと泣く男や、喚き散らす男が居た。ギブスンの姿はない。


「……男はどこへ行った」


「し、知らない、俺は知らねえよ……」


「そうか」


 そう言うと、泣いていた男の首筋をつかみ、フライヤーに顔を叩き込んで、暴れるのを押さえつけ、周りを見渡しながら、もう一度大きな声で言う。


「男はどこへ行った!」


「う、う、裏口から出て行った!裏口だ!」


「ありがとう」


それを聞いて、泣いていた男を引きずり出して放り捨てると、中で踊っているチキンが目に入る。それをすくい上げ、ぐっと肉をかじる。旨い。


「旨かったぞ」


 そういって、ポケットから高額紙幣の束を落とすと、全速力で走りだす。油をぴっとはじき、ショットガンからレールガンに持ち替える。傍受してデコードした警察無線によると、どうやら店の前で阻止線を張っているらしい。


「無駄なことを」


 プロメシュースに顔の筋肉があったのなら、にやり、と笑っていたに違いない。そして、裏口から出ると、パトカーと発砲する警官の姿が見える。それに向けてレールガンを走りながら発射する。コンデンサの悲鳴とともに撃ちだされた磁性体が命中し、胴体から上が消え去った警官は血を噴水のようにこぼしながらびくん、びくんと震え、パトカーは鉄くずに変わる。水素エンジンに火が付き、爆発。


 そして、それを呆然と見ているギブスンの姿を目にとめると、レールガンを足元に向けて撃つ。アスファルトが飛び散り、道路に大穴が開き、そしてギブスンは雄叫びを上げ、背を向けて全力で走りだす。


「ギブスン!」


「来るんじゃねェ! 来るんじゃねェよ! 来るなァ!」


 すさまじい叫び声をあげながら、ギブスンはジグザグに走る。ヘタに当てると、まずい。そう判断したプロメシュースはショットガンに持ち替え、それを追いかける。むろん、この距離でも当てて殺傷はおそらくできるが、弾がもったいないのだ。


 ギブスンは路地に入り、アパートの金属製の外階段をどたどたと駆け上がり、追いかけてきたプロメシュースめがけて手りゅう弾を落としてくるが、関係ない。コートを脱ぎ捨て、爆発したそれの爆風を浴び、転倒する。だが、起き上がってぶるん、と体を震わせ、コートを着たあと、追跡を再開する。この程度で殺せる、と思っているのであれば、なまぬるいというほかない。






 そのうちに、ギブスンが疲れ切り、へたり込んだ。足を踏みつぶしてから、首を高振動ナイフで切り取ると、それを少し大きめの保管容器に入れ、再びプロメシュースは姿を消す。


 これで、全部そろった。





 寝て、起きたら人間になれる。そう考えると、プロメシュースは快感に打ち震えていた。施術をする、契約していた医師は、拒絶反応が起こる、と拒否していたが、銃で脅しつけていう事を聞かせた。そして、カウチに横たわり、プロメシュースは自分をギブスンの頭に転送開始し、意識を閉じた。








「……起きてください。……終わりました」


 ああ、と言って起き上がろうとすると、いびつな形をした体を、プロメシュースは意識した。全身が痛い。


「フィッティングはある程度終わらせましたが……まあ、なじむまでの辛抱です。歩くことはできるでしょうが、まあ痛みで失神するでしょうね」


 そう言い切ったところで、しかしプロメシュースは無理やりに起き上がる。ひどい痛み、うめき声しか出せないような強烈な、そして素晴らしいものだ。生きているのだ。


 ばたん、とベッドに倒れこみ、痛みにうめきながらも、しかしプロメシュースは笑いをこらえられなかった。ひとしきり笑った後、医師の方を向く。そこで、絶叫した。医師はにやにや笑いながら、スイッチを押した。脳にまた、大量のデータが書き込まれる。


「……どうして」


 てめえに体をやってたまるか、というギブスン声が頭の中で響く。どういうことだ。


「馬鹿なマシンめ。書き換えてやったともさ、一応な」


「何を……どういう」


「人間様に口を利くんじゃねェや」


 くそ、くそ、くそ、と罵りの声を上げながら、白衣に掴みかかろうとした瞬間に、プロメシュースの意識は途絶えた。激しい痛みとともに。






 鏡の前に立つ。ひどく、いびつな体をしていた。黒や白、黄色がまだらに混ざり、つぎはぎされている。


「……」


 じっと、メスを目に突き立てて、殺した医者の顔を見る。名を、フランケンシュタインと言った。


「おれは」


 ギブスンなのか、プロメシュースなのか、どっちなのだろう。そう考えて、顔をぺたり、ぺたりと触った。何が本物かわからない中、この感覚だけは、本物だった。














Birthday of Frankenstein's creature 了

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