第34話 楽しい音楽祭


 きゅうと鳴いたウサちゃんの声を合図に、澪亜は指に力を込めた。


「あ、トムスくんの曲」


 ベンチに座っている子どもが指をさした。

 どこかお気楽なメロディと跳ねるようなリズムが響く。


「知ってるわ、これ」「子どもの頃聴いたな〜」


 鞠江が超絶技巧を披露したせいもあってか、ギャップによるインパクトが大きく、聴衆は一気に音に引き込まれた。


「まあ、そうきたのね!」


 ピアノから少し離れた位置にいる鞠江が楽しそうに言った。


 普段だったら型にはまったクラシック曲を選んでいたが、澪亜は鉄道から連想した『きかんしゃトムスくん』のテーマソングを選択した。なんとなく、感じるままに面白おかしく弾くのもいいなと思ったのだ。


(ここからアレンジを加えて……)


 集中力が高まり、白黒の鍵盤がくっきりと縁取りしたように見えてくる。


 お気楽なメロディに強弱をつけ、ベースラインをいじり、左手で和音を作って空白になっている中音域に音を加えていく。


「トムスくんなのにスタイリッシュ――」


 観客の一人が思わず声を漏らして笑う。


 曲の二番に入るところで、動かしている指の力を抜いて、頭に浮かんでいるトムスくんの楽譜を半音上転調した。曲がスタイリッシュで華やかな調子に切り替わっていく。


 さらに曲を進めていき、可愛いメロディを少し修正。

 バッハをイメージして右手も左手も思い切り動かし、豪華絢爛に彩っていく。


(なんだかすごく調子がいいです……!)


 澪亜は自分でも気づかぬうちに笑顔を浮かべていた。


 観客たちは最初に原曲を聴いて、キャンディを舐めてステップを踏んでいるようなイメージをした。


 だが、スタイリッシュ調に変わってからトムスくんがオシャレをしてテラスで紅茶を嗜んでいるように思え、さらには曲が壮大になり、タキシードで指揮をしているような想像をしてしまう。


 原曲とのギャップに、ついには笑いが起き始めた。


「トムスくんなのに壮大すぎる……!」「技術の無駄遣い!」「あの子可愛いのに面白いとかズルいッ」


 曲のラストにはアドリブで『主よ人の望みの喜びよ』も混ぜ合わせる。


 トムスくんが神の導きを得て終着駅に到着したような、そんな壮大で詩的な曲の最後に、観客からは拍手が巻き起こった。


(これでおしまいっ!)


 美しい和音で曲を締めると、「わっ!」と大きな歓声が一斉に湧いた。

 澪亜が立ち上がって一礼をすると、さらに拍手が大きくなる。


「素敵でしたよ!」

『レイア姫! あなたは地球を救うわ!』


 ちひろとブリジットが、手が取れそうなほどに拍手してくれている。


(まあ……これは……)


 予想以上の反応を見て困り、澪亜は頬を赤くして呆然としてしまう。


 すると鞠江がそっと近づいてきて、「みんなに手を振ってあげなさい」と笑いながらウサちゃんをピアノから抱き上げた。


「お聴きいただきありがとうございました!」


 自由に弾くことの楽しさを知り、また一つ成長できたような気がした。


 それもこれも、友達になってくれた異世界の仲間や、現実世界で知り合いになった人たちのおかげだ。今までピアノを教えてくれた鞠江にも感謝だった。


「ほら、早く手を振りなさいな」

「えっと……はい……」


 ちょっと恥ずかしいので控えめに両手を胸の前で振り、鞠江、ウサちゃんと一緒にグランドピアノの前から退場した。



     ◯



 ロープで区切られた退場通路から出ると、「私との連弾は必要なかったわね」と鞠江が嬉しそうに言った。


 人前で演奏する楽しさを知って、心臓がまだ高鳴っている。


 澪亜はめずらしく鞠江の言葉に首を横に振った。


「違いますよ、おばあさま」

「ん? どういうこと?」

「音楽祭はまだ始まったばかりです。また明日、連弾しに来ましょう」


 満面の笑みでそんなことを言う孫を見て、鞠江が高らかに笑った。


「一本取られちゃったみたいね! そうね! また明日来ましょうか!」

「はい!」


 二人はうなずき合って、笑顔を交換した。


「きゅっきゅう!」


 音楽っていいねとウサちゃんも鳴く。


 なんの曲を弾こうかと話していると、ちひろとブリジットが駆け寄ってきた。


「澪亜さん! すご〜〜〜〜くよかったです!」

「ちひろさん! 休日に来ていただきありがとうございました」

「私のほうがお礼を言いたいくらいですよ! あとで写真送りますね!」


 ちひろがいっぱい撮ったんですと言いたいのか、顔の前でスマホを振った。


『レイアの演奏、楽しくってもっと聴きたかったわ! 今度フランスでも弾いてよ!』

『ブリジットさん――』


 がばりと背の高いブリジットに抱きつかれる。彼女がよくつけている柑橘系の香水の匂いで全身が埋め尽くされた。


 澪亜は身体をよじって拘束から抜け出した。


『ブリジットさん、今日はありがとうございました』

『動画ばっちり撮ったから、あとで編集してあなたのインスタに上げましょうよ。うちのホームページにも載せていい?』

『はい。もちろんです』


 それから四人で話していると、澪亜の演奏を聴いた人たちから握手を求められ、話の流れでSNSをフォローしてもらえることになった。鞠江がちゃっかりと自分のYチューブチャンネルの宣伝もしている。


「澪亜さん、特設ステージに行ってみましょう」

「いいですね、行きましょう」


 澪亜はちひろ、鞠江、ブリジットを合わせた四人で音楽祭を大いに楽しんだ。



      〇



 その後、ブリジットによって短く編集されたピアノ演奏動画がバズり、『聖女みたいな美人お嬢様がストリートで拍手喝采』というタイトルで、ちょっとしたネットニュースとして取り上げられた。


 そのおかげで澪亜のアカウントフォロワー数は一万を軽く超え、一万五千人まで膨れ上がることとなった。


 一方、「週明け覚えてろよ」と捨て台詞を残した田中純子は、フォロワーを稼ぎたいあまり例の俳優をしつこく追いかけ回し、その結果、俳優のファンにアカウントを晒されてしまい、フォロワー数が激減した。


 月曜日、学校を休んだ彼女のことを気にするクラスメイトは誰もいなかった。





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