第32話 クラスの注目


「フォロワーが二百人も増えていますよ!」


(本当だ……フォロワー数203……。こんなに増えて大丈夫かな?)


 予想外の数字に驚いた。


「さすが澪亜さんですね。あ、フォロワーにフォトグラファーのブリジットさんと、デザイナーのジョゼフさんのお名前がありますよ。PIKALEEの公式アカウントにもフォローされています! ああっ、ティーンズ専属モデル高崎詠美ちゃんがコメントしてる!」

「ティーンズの表紙を飾っている方ですか?」

「“聖女とエルフで米三杯食べれます”だそうです……! え〜、しかもフォローされてるし! 澪亜さん、これはフォロバしたほうがいいですよ!」


 興奮した様子のちひろがスマホを手渡してくる。

 受け取って高崎詠美のアカウントへ飛び、フォローした。


(皆さんお優しいですね……。これもフォルテとおばあさまのおかげですね)


 これがどれだけすごいことなのかいまいちピンときていない澪亜は、フォローしてくれた人たちの優しさを想って温かい気持ちになった。人に褒められるのは嬉しいし、楽しんでもらえることに喜びを感じる。


 自分も他人にもっと優しくしようと思えた。


 興奮冷めやらぬちひろに手を引かれて教室に入り、席について二人でインスタの返信やフォローバックをしていると、普段と違う様子の委員長を見てクラスメイトが数人集まってきた。


「ごきげんよう、桃井委員長。どうかされたのですか?」


 クラスメイトの一人に話しかけられ、ちひろが澪亜を見て「お話ししても大丈夫ですか?」と確認をしてきた。


「はい、大丈夫です」


 澪亜の快諾を得て、ちひろが「澪亜さんが大変なことになっているんです」と言って、自分のスマホで開いている澪亜のアカウントを見せた。


 集まっていたクラスメイトが「ティーンズの詠美ちゃん?!」「PIKALEE公式にもフォローされているのですね!」「まあ、素敵!」と称賛の声が響く。


「昨日始めたばかりなのに本当にありがたいことですね。私もイイネをたくさん押そうと思います」


 澪亜がお淑やかにうなずき、ブリジット、ジョゼフ、高崎詠美の画像にイイネを押していく。飾らない態度と癒やしのオーラにクラスメイトたちからほっこりとした笑顔がこぼれた。


 昼下がりの草原に蝶が舞っているような、のんびりした空気が教室内に漂う。


「次はどんな写真をアップするのですか?」


 ちひろが聞いてくる。


「そうですね。どういったものがいいのでしょうか?」


 澪亜が質問を返すと、皆が一斉に声を上げた。


「私はPIKALEEのコーデが見たいです」「モデル前にするお化粧の様子とか見たい」「ピアノを弾いているところもいいのではないかしら?」


 アドバイスや願望が飛び交い、ちひろは「ウサちゃんも見たいですね」と言う。


 意見をありがたく受け取り、一つずつ実践していこうと思った。色々な自分を見せていくのも、今までかぶっていた殻を破るような心持ちになっていいのではないかと感じる。


 しばらく数人で話していると、がらりと教室のドアが開いた。


「あーあ、コメント返すのが大変で寝不足〜」


 田中純子とその取り巻き三人が入室し、教室の空気が一変した。


 取り巻き女子の一人が、揉み手をせんばかりに身を低くして、皆に聞こえるような声を上げた。


「有名人とツーショットですよね? うらやましいです」


 純子がさも当たり前ですと言いたげに「ふん」と鼻を鳴らし、自分の席に鞄をかけて、どかりと席に座った。


「まあね。向こうが撮りたいって言うから仕方なくね」

「ドラマに出ていた俳優ですよね?」「すごーい」「さすが純子さん」


 取り巻きのよく訓練されたよいしょに純子はさらに気を良くして、大げさに手で額を押さえてやれやれとため息を吐いた。


「まー、私くらいになるとね。お父さまの付き合いもあるから毎日大変なの。イイネが300もついて、コメントも来てて、本当に困ったわぁ」


 純子はインスタに売出し中の俳優とのツーショットをアップしていた。


 向こうに頼まれて仕方なくと言ったが、その実、父のコネをこねくり回してドラマの撮影現場に押しかけ、無理を押して写真を撮っただけである。自尊心を維持するための行動力はある意味称賛に値した。


 金の絡んだ仕込み写真であるのは間違いないが、俳優との写真は中々に効果があって、フォロワー数が百ほど増えていた。


 ちなみに俳優の知名度はぼちぼちといったところである。主役級ではないが、ドラマのキーになる役で二話ほど出演しているようだ。純子の父親と言えど、国民的俳優に娘をけしかけることはできなかった。


「いいでしょう? ね?」


 純子は得意満面だ。


 先日、カメラレンズにキャップがついていたという屈辱で粉々になりかけたプライドを、どうにか持ち直している。


「どこかの平等院とか言う白豚はスマホも持ってないみたいだけどね〜」


 ちらりと澪亜を見て、小馬鹿にしたようにケラケラと笑った。


(うーん……やっぱり邪悪探知が反応するね。どうして田中さんは私に悪意を向けるんだろう?)


 思考回路がさっぱり理解できない澪亜は静かに会釈した。


「田中さん、おはようございます。スマホは先日購入いたしましたよ」

「は? 生意気〜。あんたはガラケーで十分でしょ」


 純子の言葉に、取り巻き連中がわざとらしく嘲笑を浮かべる。


「よくわかりませんが、ガラケーも便利だと思いますよ?」

「インスタも知らないのに知ったかぶりはやめろよ。たまたまモデルに呼ばれて調子こいてるのムカつくし〜、ホント最悪。学校もう来んなよ」


 相変わらずな純子の態度を見て、ちひろが口を開いた。


「あらあら、澪亜さんは昨日からインスタをはじめましたよ」


 純子がぴくりと眉を動かし、スタイリストにセットさせた髪を撫で付けた。


「興味ありませ〜ん。私のフォロワー数は9600超えてますから〜。没落貧乏ご令嬢さまのアカウントなんて価値はゼロで〜す」

「あら、おかしいですね? この前まで一万人いると言っていませんでしたか?」

「はあぁぁぁぁッ? 黙れ貧乏人。百も二百も誤差なんだよ」


 顔を赤くして、純子がガンと近くの机を蹴った。


(いつもの言い合いが始まってしまった……ほどほどにお願いしたいです……)


 澪亜の祈りが届いたのか、担任の教師が予鈴の前に教室に入ってきてくれた。どうやら掲示物が多めにあったらしく、生徒に挨拶をしながら、黒板横のボードに貼り付け始めた。


 純子が不機嫌そうに視線を外し、ようやく教室の空気が穏やかになった。


「あまり気にしないほうがいいですよ」


 ちひろが言うと予鈴が響き、クラスメイトたちが自分の席へと戻っていく。


「そうですね」

「澪亜さんは言い返すのが苦手なようなので、その辺は私にまかせてください。あの手の人間はつけ上がらせると攻撃を続けてきますから」

「申し訳ありません……田中さんの感情が理解できず、言葉が出てこないんです」

「正直言って、私も理解はできません。でも、やられっぱなしがよくないことだけは知っています」


 ちひろがキリリと顔を引き締めた。


 クラスメイトが全員席につくと本鈴が鳴って、ホームルームが開始された。





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