第31話 SNSの通知が…


 制服に着替えて駅まで歩き、電車に乗り込んだ。


(晴れていますね。いい一日になりそうです)


 朝の車内は通勤するスーツ姿の社会人や学生たちで混雑しており、満員とまではいかないが、全員がつり革を握れないぐらいの乗車率であった。


 普段から同じ時間帯の電車を利用していることもあり、目に入る七割の乗車客が見たことのある顔ぶれだ。


(いつも通りの朝ですね)


 澪亜が車内に入ると癒やしのオーラが車内にあふれ、リラクゼーション効果のあるハーブ香が焚かれたように、空気がやわらかいものになる。


「ほう……」というため息がどこかから漏れた。


 聖女になってからというもの、澪亜はとにかく目立っている。


 艶のある亜麻色の髪、大きな鳶色の瞳、抜群のスタイル。それでいて清楚でお行儀がよく、見ているだけで目の保養になる。お嬢様のような高校生が庶民らしく電車通学しているところもポイントが高い。黒塗りのハイヤーで登校していても、何らおかしくない見た目である。


(あ……いつも目が合う方……)


「ごきげんよう」


 乗車口付近に立っている二十代後半のスーツ姿の女性と目が合い、澪亜は爽やかな笑みを浮かべて会釈した。


「え? あ? は、はい……ごきげんよう?」


 彼女はまさか挨拶されると思っておらず、スマホを握ったまま、呆けたように返事をした。


 純白の制服を来た美人女子高生の笑顔がまぶしい。


「お隣、失礼いたしますね」

「ど、どうぞどうぞ」


 ちょうど彼女の隣が空いていたのでつり革を握る。

 空気を排出する音が響いて自動ドアが閉まり、電車が発車した。


(ちひろさんにメッセを送ろう)


 スマホを取り出してアプリを開き、『おはようございます。今日もいつもの時間です』と打ち込んで、プレゼントされたウサギのスタンプと一緒に送信した。


 一方、ほぼすべての乗車客が顔をほころばせていた。


 わずか数駅間だが、澪亜の存在は乗車客の誰しもが知っており、澪亜を見たいがためこの時間に乗る客もいるほどである。


 なんというか、澪亜を見ると癒やされるのだ。

 日々のストレスや、心にあったもやもやが、不思議と解消される。


 運がいいと彼女に会釈されるのも楽しみの一つであった。


 さすがに挨拶が「ごきげんよう」だとは思わなかったのか、乗車客が『癒やしの女子高生はやはりお嬢様――挨拶は“ごきげんよう”』と脳内メモに記録をしている。


 直接挨拶をされた二十代後半のスーツ女性は同僚に『例のJKにごきげんようって言われた。しばらく生きていける』とメッセージをスマホで送る。


 彼女はシステムエンジニアをしており、納期が迫っていて、今すぐにでも逃亡したい気分であったが、癒やしの三連コンボを間近で受けて心が浄化された。比喩なく、しばらく生きていけそうだった。


 同僚から『ごきげんよう? 大正時代か』というツッコミが入るも、澪亜が下車するまで無視して、しばしの癒やし効果を楽しんだ。



 何も知らない澪亜は学校の最寄り駅に電車が到着すると、スーツ姿の女性に会釈をして下車し、改札に向かった。


「澪亜さん」


 ちひろがすでに改札前にいて、小さく手を振っている。


 黒髪を長く伸ばした美人な友達の笑みを見て、澪亜も嬉しくなって上品に手を振り返した。定期を改札機にかざして彼女と合流する。


「おはようございます」

「おはようございます。今日はナンパされませんでしか?」


 ちひろが歩き出したので、隣に並ぶ。


 女学院と男子校の生徒が波になって学校へと歩いていく。女学院の白い制服と、男子校の黒い学ランが入り混じり、朝の改札前は不規則にコマが動くオセロ板のようであった。澪亜たちもその流れに乗った。


「いつも言っておりますけど、そんなことは一切ありませんよ」

「うーん、そんなはずはないんだけど……まあ澪亜さんに危険がないならいいか……。あ、それよりもインスタ始めたんですね! 昨日の写真、本当にびっくりしましたよ!」


 ちひろが宝石の原石を発見した鉱物学者のように目をキラキラさせた。


 二人が使っているアプリはインスタント・スタイルというアプリだ。略してインスタである。


 しっかり者の委員長が子どものように興奮している姿が可愛くて、澪亜は微笑みを浮かべた。


「あれは異世界で撮ったんですよ。一緒にいるのは友達のフォルテです」


 嘘偽りのない説明をすると、ちひろが新しいおもちゃを渡された小学生のように笑った。


「まあ、澪亜さんが冗談を! でも本当に素敵ですよ! 私、すぐファンになってしまいました!」

「フォルテ、可愛いですよね。目元がすっきりと伸びていて童話に出てくるエルフそのものです」


 澪亜は褒められているのがフォルテだと思い込み、満面の笑みを作った。癒やしのスキルが三連コンボで発動する。


 ちひろは一瞬意識が飛びかけたがすぐに気を取り直し、スマホをポケットから出してアプリを起動した。


「フォルテさんの特殊メイクがリアルすぎですね。この耳、どうやって作っているんでしょうか? あと澪亜さんの衣装が可愛いです。聖女って感じですね?」

「あ……そうなんです。聖女の服ですよ」


 露出度が高めな聖女装備を思い出し、頬が熱くなった。


 アップした画像は肩から上しか写っていないので、胸元や脚は写っておらず、ほっと内心で安堵した。


「へえ! いつからコスプレしているんですか?」

「ええっと……聖女になったのは夏休みが始まるくらいですね」


 コスプレというのは否定せず、聖女に転職したタイミングを思い返す。


「そうだったんですか。ああ、いいですね……私もちょっと興味があります。たまにやっているソシャゲのキャラが可愛いんですよ。コスプレしたら楽しそうですよね」


 ちひろは勉強の息抜きで人気のソシャゲをスマホでプレイしている。神話の登場人物が出てくるゲームだ。


「まあ。今度、見せていただけますか? ドワーフ……いえ、友人に見せたら衣装を作ってくれるかもしれませんよ」

「本当ですか? 楽しみにしています」


 ちひろがスマホをポケットにしまう。


 亜麻色の髪の澪亜と美しい黒髪のちひろが話している二人の姿は、漫画やドラマのワンシーンのようだ。学ラン姿の男子高校生たちが二人に憧れの視線を向けている。


 視線に気づかない二人は和やかに会話をしながら、女学院の校門をくぐった。


「あ、そういえばですね、ちひろさんにご相談がございまして……」

「なんですか?」

「こちらをご覧ください」


 澪亜がスマホの画面を見せると、ちひろが目を丸くした。


「インスタの通知が99件になってますね。まだ開いていないんですか?」

「念のためちひろさんに見ていただこうと思いまして」

「開いてもいいですか?」

「もちろんです」


 二人は昇降口の手前で止まり、通学の邪魔にならないよう校内の壁に寄った。


 ちひろが手慣れた手付きでアプリを起動させると、「まあ!」と声を上げた。




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