第29話 コメントが殺到しているようです


 澪亜が居間に入ると、パソコンをいじっていた鞠江が顔を上げた。


「おかえりなさい」

「ただいま戻りました」


 澪亜はちゃぶ台の前にある座布団に正座した。


 後ろをついてきていたウサちゃんがぴょんと飛び乗り、膝の上で丸くなる。腿の上が柔らかくて温かくなり、澪亜は目を細めた。


 鞠江がウサちゃんの背中に手を伸ばし、もふもふと撫でながら、


「異世界はどうだった?」


 と聞いてきた。


聖なる街道セントグレイス作戦が開始されまして、今日は五キロ前進しました」

「へぇ〜。冒険してるわね、澪亜」

「そうですね……。異世界には本当に感謝しております。皆さん、本当に優しくて素敵な方ばかりなんですよ」

「ふふっ……澪亜がいい子だから、みんな優しくしてくれるのよ」


 鞠江がウサちゃんから手を離し、楽しそうに笑う。


 今までいじめられて暗かった孫が今は溌剌としていて嬉しいようだ。


「あ、そうそう。私が立ち上げたYチューブのチャンネルなんだけど、澪亜を出してほしいってコメントが殺到しているのよ。どうしましょう」

「え? そうなのですか?」

「ほら、この間撮った動画よ」

「あちらで? なぜでしょう?」

「あなたが私と似て美人だからに決まってるでしょ」

「そんなことはないと思うのですが……」


 澪亜は頬を赤くしてうつむいた。


「ジョゼフさんも澪亜のことを褒めていたわよ。私も雑誌を見て素敵だと思ったわ。ブランドの専属モデルになるくらいなんだから、ね?」


 鞠江が柔らかく微笑みを送ってくれる。


 どこまでも自分を想ってくれている祖母の存在に、澪亜は胸が熱くなった。


「おばあさま……。頭ではわかっているのですが、どうにも自分の容姿に自信が持てないのです……。いきなり言われても、戸惑いが大きいというか……」

「まあ、まあ、いいのよ。無理しなくたって」


 軽い調子で鞠江が言った。


「澪亜を気に入ってくれる人が大勢いるってこと。それだけは覚えておくといいわね。味方がたくさんいるって思うだけで気持ちも楽になるでしょう?」

「そうかもしれませんね。ありがとうございます」


 鞠江のアドバイスに、澪亜は神妙にうなずいた。


 ちひろやフォルテから可愛いと言われるのは嬉しいが、素直に受け取れない自分もいる。ダイエットに成功してから日も浅いので、まだまだ心と身体の距離は遠い。


 もっとも、ちひろとフォルテの言う「可愛い」は澪亜の容姿だけでなく、中身がいじらしくて可愛いという意味を多分に含んでいるのだが、澪亜はまったくわかっていなかった。


「私が若い頃はね、ファンがたくさんいたのよ。ほら、私って美人でピアノが上手かったから。おしゃべりも好きだし」


 楽しそうに鞠江がウインクをしてきて、澪亜はくすりと笑った。


 鞠江の明るさに何度救われたかわからない。


(おばあさまはいつでも魅力的だなぁ……)


「それで話を戻すけどね、来週から駅前で音楽祭が一週間開かれるのよ」

「そうなのですか?」

「そうそう。それでね、駅の広場にグランドピアノが設置されるの。澪亜、それを弾いてみない?」

「あの……私が弾いていいのでしょうか」

「誰でも参加自由なのよ。ほら、海外だと駅にピアノが置いてあったりするでしょ?」

「そういえば、パリの空港にありましたね」


 まだ両親が健在だった頃、旅行先のフランス空港のロビーにピアノが設置されていた。


 弾ける人はどうぞご自由に、という趣旨だったように思う。


 思い返せば空港だけでなく、大きな駅にもピアノが置いてあった気がした。


「自由に弾いて音楽祭を盛り上げようっていう企画ね。それでね――」


 鞠江がいたずらをするような顔つきで澪亜の目を覗き込んだ。


「澪亜にピアノを弾いてもらって、その動画を撮影してYチューブに投稿したいの」

「私のピアノを? ……それはちょっと……考えると緊張してしまいますけれど……」

「澪亜もそろそろ人前での演奏に慣れたほうがいいわよ。せっかく毎日練習しているのだから、皆さんに聴いていただきましょう。一人で弾くのとは別の楽しさがあるわよ」


 確かに、今日の戦闘中に弾いたピアノは楽しかった。


 冒険者とドワーフたちが百名ほどいてちょっと緊張したが、あの場で感じた一体感は日常生活で得難い感覚だ。


「はい、わかりました。挑戦してみます」


 澪亜がお上品にうなずくと、鞠江が嬉しそうに手を叩いた。


「いいわね、いいわね。異世界に行って本当に澪亜は前向きになったわ! 異世界に感謝しないといけないわねぇ」

「きゅっきゅう」


 鞠江の言葉にウサちゃんが「ピアノ弾くなら一緒に行く」と言っている。


「ほら、ウサちゃんも行くって言ってるわよ〜」


 鞠江はウサちゃんの言っていることは完全には理解できていないが、なんとなく雰囲気で察している節があった。


「ウサちゃんも来てくれるなら心強いです」


 そう言って澪亜は笑いながら、膝の上で丸くなっているウサちゃんの首のお肉を揉んだ。


 座っているせいで首にマフラーを巻いたみたいに、お肉が盛り上がっている。ぷにぷにと言えばいいのか、ぶにぶにと表現すればいいのか、何とも言えない触り心地だ。最近はここを触るのがお気に入りだった。


「きゅう」


 よきにはからえ、とウサちゃんが鼻をぴくぴくさせる。


 駅前のピアノ演奏は休日に行くと決め、澪亜はフォルテから譲り受けた金塊について相談することにした。


 アイテムボックスからサイコロサイズにカットされた金を取り出し、ちゃぶ台に並べた。


 ウサちゃんがちゃぶ台に顎を乗せ、「ただの食べれない石だけど」と鼻を鳴らした。








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漫画版はこちら!

パルシィ

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ピクシブコミック

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