第26話 聖女の旋律


 半球状の結界が黄金に輝いている。


 魔物たちが結界を破壊しようと叩いているが、聖女の結界はびくともしない。

 澪亜は両手を鍵盤に乗せ、流れるように踊らせ始めた。


「――!」


 結界内に、美しく、力強い旋律が響き渡る。


 異世界の住人たちはその聴いたことのない旋律に胸を穿たれたような衝撃を受け、息をするのも忘れて聴き入った。


 マイペースで調子のいいドワーフたちはピアノを聴きながら酒盛りをする気満々であったが、手に持っていた杯をぽろりと落とした。


 剣士ゼファー、エルフのフォルテは『威風堂々』のテンポよさに感化され、リズムに合わせて小さく首を振り始める。


(皆さんの武器に加護を――悪しき者を排除する力を――!)


 澪亜は鍵盤に力を込める。


 緊張はどこかへ吹き飛び、周囲にいる魔物を退治したいという気持ちが大きくなっていく。


 エルガーの『威風堂々』は管楽器のための行進曲であり、ピアノで演奏すると、力強くありながらもどこかコミカルで楽しげな音になる。


 澪亜の奏でる音には人を奮い立たせる何かがあるのか、ゼファーとフォルテにつられて、冒険者たち約百名も体でリズムを取り出した。


「きゅっきゅう、きゅきゅきゅきゅきゅッきゅう」


 ウサちゃんも、もふもふのお手手でグランドピアノをてしてしと叩きながらリズムを取る。


 座っていた面々は三々五々立ち上がり、手拍子を始めた。


 ドワーフたちは落ちた杯を拾い上げてポケットにしまい、酒瓶をガチャガチャとぶつけ合ってラッパ飲みをする。


 曲のテンポがスローダウンすると、示し合わせたように全員が拍手を送った。


 わあああっ、と感動が勝手に声になり、ゼファーとフォルテは友人の聖女さまが素晴らしい音楽家であったことを誇りに思い、胸を大きく張って顔を見合わせた。


 開始からまだ二分ほどなのに、涙している人間もいた。


(皆さん……聴いていただき感謝いたします! ヒカリダマさん、私たちにどうか力を――)


 澪亜が鍵盤の上で両手を操り、跳ねるような音を奏でると、どこからともなくヒカリダマが現れた。


 大量のヒカリダマに、結界内が黄金に輝いた。


「おおっ!」


 冒険者たちから歓声が上がる。

 ピアノが奏でる『威風堂々』の旋律に合わせ、ヒカリダマが各々の武器にまとわりつき、青白い光彩を放った。


(ヒカリダマさん、ありがとうございます。鑑定――!)


 澪亜は指を動かしながらゼファーの持つ聖剣を鑑定した。


――――――――――――

・ライヒニックの聖剣

 攻撃力(+3500)×10

 疲労軽減効果

 聖なる光で悪しき瘴気を討ち滅ぼす。聖女に認められた剣士にのみ装備可能。

 ――現在、ゼファーが装備可能――

 ★聖女スキル〈聖女の旋律〉により対魔物特攻が付与中。魔物に対して攻撃力10倍。

――――――――――――


(攻撃力が10倍に! これなら体力の多い魔物も退治できそうです!)


 澪亜は曲の中間点にあたるスローテンポの部分を弾きながら、ゼファーに声を上げた。


「ゼファー、武器に鑑定をかけてくださいませ!」


 澪亜の言葉にハッとしたゼファーが、すぐさま鑑定をかける。


 フォルテ、ドワーフのシュミット、その他の冒険者たちも自分の武器に鑑定をかけ、その効果に感嘆した。


「よし! 総攻撃を開始だ!」


 ゼファーの掛け声に「応っ!」と全員が答え、武器を構えた。


 目標は半球の結界を叩き割ろうとしている悪しき魔物たちだ。

 敵のレベルは90前後。

 冒険者六人パーティーで一匹を何とか倒せるという強敵だ。


「俺が結界を飛び出してスキル〈絶対両断〉で空間を作る。各自、出し惜しみせずスキルを打ち込んでくれ!」


 ゼファーが叫ぶと、タイミングよく曲調がハイテンポに切り替わる。


 音に後押しされるようにゼファーが地面を蹴り、魔物たちであふれている結界の外へ出ると「はあぁっ!」と裂帛の気合いを込めて聖剣を振った。


 スキル〈絶対両断〉が煌めくと、狙っていた大型の魔物三体が断末魔を上げてボブンと灰になる。


 さらに十倍になった攻撃力は斬撃を生み出し、空気の入った分厚い布が弾けるような音を立て、斬撃に巻き込まれた魔物が次々に消滅した。キラキラと真一文字の閃光が一直線に森の奥へと消えていく。


「すげえ……!」


 聖剣+〈絶対両断〉+聖女スキル〈聖女の旋律〉の攻撃力に、ゼファーが獰猛に笑った。


 バターみたいに斬れやがる。


 そんな感想を胸の内でつぶやくと、阿吽の呼吸で飛び出していたフォルテがゼファーとは逆方向に矢を放った。


 スキル〈絶対貫通〉を使った矢は青白く光りながら、意志を持って低空飛行するつばめのように変幻自在に動き回り、魔物の身体に穴をあけていく。


 ビィィンと弓が鳴り、フォルテが残心を解くと、ドブンと音を立てて魔物数十体が灰になった。


「私の弓のほうがすごいでしょ」


 フォルテが顎を上げてゼファーに笑いかけた。


「いや、聖剣のほうがすげえ」

「どっちが多く狩れるか勝負よ」

「ああ」


 二人が笑い合うと、冒険者たちが結界から飛び出して連携を保ちながら魔物を狩り始めた。


 ドワーフたちは強化された爆発系の魔道具を後方へとぶん投げる。


 聖女の奏でる『威風堂々』のリズムに合わせ、剣が鳴り、スキルが煌めき、魔物が断末魔を上げ、ドワーフたちの魔道具が光る。


 青白く輝いたヒカリダマが敵を倒すたびにパッ、パッ、と明滅した。


(魔物が――いなくなっていきます!)


 澪亜の奏でる曲も終幕に近づき、より一層感情がこもる。

 冒険者たちがほぼすべての魔物を駆逐すると、レベル110のキメラが現れたが、フォルテがその足を矢で縫い留め、ゼファーが脳天に聖剣を突き刺した。


 澪亜はテンションが上がって曲の締めにアレンジを加え、何度か和音を繰り返し、ジャジャーンと曲を終わらせた。


 静寂が森に戻ると、最後の合図と言わんばかりにキメラが消滅し、魔石がころりと転がった。


 ゼファーが聖剣を振り、鞘に納めると、勝利の歓声が上がった。


「きゅうきゅう!」

「ええ、やりましたね!」


 いい演奏だったよとウサちゃんが前足を上げたので、澪亜は笑顔でハイタッチをした。

 







―――――――――――――――――――

読者皆様へ


 近況ノートにもご報告させていただきましたが、本作が【書籍化】いたします…!

 これも一重に皆さまの応援のおかげです。

 本当にいつもありがとうございますm(__)m


 実は発売日は8/2なので、すでに発売されております!

 近況ノートを見ていない方、申し訳ありません。

 書店さまに並んでいるとおもいますので、見かけた方はぜひお手に取ってくださいませ。


 澪亜がめっちゃ可愛いキャラデザでヤバいです・・・!

 表紙はこちらからご確認いただけます~!!

   ↓

 https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000350602



 また、更新についてもゆるゆると再開したいと考えております。


 それでは引き続き、澪亜とウサちゃんをよろしくお願い申し上げます!


 作者

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