第24話 攻撃力についての考察


 半球状の結界を魔物が取り囲み、 ガラス窓に顔を張り付けるようにして、「早く出てこい」と結界を乱暴に叩いている。


 その数は数百まで膨れ上がっていた。


 だが、結界は澪亜の心を映したように曇りのない黄金色をしており、魔物の打撃を受けてもびくともしない。


(攻撃力が足りないなら、皆さんの武器に浄化魔法をまとわせればいいんじゃないかな?)


 アイデアを思いついて澪亜が立ち上がった。


 結界内で休息していた冒険者約百名、後方部隊のドワーフ族二十名、街道の設計者、戦いの記録係が顔を上げた。


「レイア、何か思いついたの?」


 寝転がっていたエルフのフォルテが、ゆっくり起き上がった。


「はい。少し試したいことがあります」


(どんなときでも状況確認――)


 優秀なビジネスマンであった父の様々な教えが澪亜の脳内には保管されている。

 大きな瞳を何度か開閉し、澪亜はライヒニックの杖を握った。


(自分のステータスを――鑑定――)


 念じると、澪亜の目の前に半透明のステータスボードが出現した。


――――――――――――――――――

平等院澪亜

 ◯職業:聖女

  レベル71

  体力/1700(+300)

  魔力/7100(+3200)

  知力/7100(+3200)

  幸運/7100(+5200)

  魅力/8800(+8900)

 ◯一般スキル

 〈楽器演奏〉ピアノ・ヴァイオリン

 〈料理〉和食・洋食

 〈礼儀〉貴族作法・茶道・華道・習字

 〈演技〉役者

 ◯聖女スキル

 〈聖魔法〉

  聖水作成――聖水操作

  治癒――遠隔治癒

  結界――連続結界・魔術結界・物理結界・瘴気結界

  保護――(ウサちゃん・剣士ゼファー・弓士フォルテ・鍛冶師シュミット・ドワーフ族十九名・冒険者百名を保護中)

  浄化――浄化音符/運搬係(トルコ行進曲)・お掃除隊(水上の音楽)・三叉の矛(運命)・音符剣(剣の舞)

 〈癒やしの波動〉

 〈癒やしの微笑み〉

 〈癒やしの眼差し〉

 〈芸術家の被写体〉new!

 〈上級鑑定〉new!

 〈完全言語理解〉

 〈アイテムボックス〉

 〈オーバーテイム〉

 〈危機回避〉

 〈邪悪探知〉

 〈絶対領域〉

 〈魔物探知〉

 〈幸運の二重演奏〉

 ◯加護

 〈ララマリア神殿の加護〉

 ◯装備品

  聖女の聖衣

  ライヒニックの聖杖

  ライヒニックのスカート

  ライヒニックの白タイツ

  ライヒニックの空靴

  鑑定阻害の指輪

――――――――――――――――――


 澪亜は自分のステータスを確認して、眉に力を入れた。


(67から71にレベルが上がっている。これはありがたいけど……もっとレベルが上がってほしいな。きっと魔力が足りないから、一気に魔物を撃退できないんだよね)


 ゲーム知識はゼロであるが、高いほうがいいと理解できる。


(あと、スキル保護で保護している人数が増えてるよ……結界内に入ってもらったからかな?)


 保護の部分をさらに鑑定してみても、“保護しています”としか説明が出てこない。謎が多いスキルだった。


(魔物のレベルは……?)


 ひとまずスキル保護は考えから外し、結界を殴りつけている邪悪な魔物へと視線を向け、鑑定を使った。


――――――――――

虐殺コングJr

 ◯職業:殴り屋

  レベル99

  体力/37000

  魔力/1000

  知力/100

  幸運/5

  魅力/1000(同族のみ)

 ・魔の森奥地に住む大猿。攻撃力/9900

――――――――――


(物騒なお名前……。Jrということは、虐殺さんにもお父さまがいらっしゃるのでしょうか?)


 澪亜は体長三メートルほどありそうな虐殺コングJrを見上げた。


 名前に恥じぬ、残虐そうな見た目である。目は鋭く、口を開けるとサメのような鋭い歯がご丁寧に二列も並んでいた。噛まれたらひとたまりもない。


(虐殺さん……歯磨きが大変そうだね……)


 ちょっと感想がズレている澪亜。

 朝昼晩と歯磨きをきちんとしているからこその感想らしい。


 それと、敵も虐殺さんと呼ばれた経験は皆無であろう。


(体力値が37000と高いね。私の浄化魔法で撃退するのに時間がかかるのは、このせいかもしれない)


 虐殺コングJrあらため、歯磨き大変虐殺さんは、一心不乱に結界を殴っている。攻撃の無秩序さが殴り屋っぽかった。


 鑑定で調べてみると、やはりどの魔物も、軒並み体力値が高い。

 30000から40000の数値だ。


(人間よりも体力値が多い。体格差が関係しているのかな?)


 澪亜は試しに自動攻撃させている音符剣を、虐殺さんへと向けた。


『剣の舞』を響かせ、キラキラと光る剣が殺到する。


 歯磨き大変虐殺さんに音符剣が三本突き刺さり、大猿の身体を浄化していく。効果は抜群のようだが、やはり一度の攻撃では退治できない。


 二十数回の攻防の末、虐殺さんの浄化に成功した。


(鑑定だと魔物の攻撃力は表示されるけど、人間側は表示されないんだよね……。虐殺さんの攻撃力は9900。冒険者さんが先ほど攻撃された際、何度か盾で防御されていました。一撃で重症になることはありませんでしたから……単純な足し算と引き算ではないですね)


 澪亜は盾を持っている冒険者に断りを入れ、つい先ほど鑑定をかけている。


 盾の冒険者の体力は4900。

 虐殺さんの攻撃力は9900。


 数値だけで見ると、一撃でやられてしまう計算だ。


(攻撃力があるなら、防御力もあるのでしょう)


 そう結論づけて、澪亜はキラキラと浮いて指示待ちしている音符剣に、自動攻撃の許可を出した。『剣の舞』の旋律が鳴り響き、周囲の魔物と攻防を開始する。


(音符剣でも、退治に数分かかってしまう。今の私だとこれ以上本数を増やせない……。やっぱり冒険者皆さんたちの攻撃力を底上げして、手数を増やすのがベストかな)


 そこまで考え、澪亜は立膝をついて水筒から水を飲んでいるゼファーへと目を向けた。


「ゼファーさん」

「どした、聖女さま」


 ゼファーがおどけた口調で言った。


「今から持っている剣に浄化魔法をまとわせます。剣を抜いてもらってもよろしいですか?」

「ああ、いいぜ」


 ゼファーが立ち上がり、水筒をアイテムボックスへしまって、シャンと音を鳴らして聖剣を引き抜いた。


 そこへ澪亜が浄化音符を回転させるように、まとわせる。


「おお、剣が光っているぜ!」


 浄化魔法の効果か、聖剣の輝きが増した。


「……これは……ちょっと難しいです……」


 磁石で跳ね返されるような感触があり、魔法を維持するのが難しい。


「すみません、一度解除いたします」

「おう」

「ありがとうございました。聖剣ではない剣でも試してみたいのですが、予備の剣はお持ちでしょうか?」

「じゃあこっちでやってみてくれ」


 ゼファーが腰に差していた短剣を抜いた。


 澪亜は集中して浄化音符を出し、ゆっくりと短剣を覆っていく。

 今度はコーティングするようなイメージでやってみた。


 先ほどよりもうまくいったような気がするが、やはり継続時間が短く、集中が途切れたところで、ジャジャーンと和音が鳴って浄化音符が霧散した。


(この方向性であっているような気がするんだけど……)


 ゼファーも澪亜がやろうとしている意図を理解し、「みんな、武器を出してくれ」と号令して、澪亜の前に抜き身の武器を集めた。


「ありがとうございます! もう一度試してみます。武器に浄化魔法の効果をつけられれば、きっと攻撃力が高まると思うんです」

「おお、なるほどな。俺たちは待ってるぜ! 何度でも試してくれ!」


 打開策が見え、ゼファーと冒険者たちが休憩を終了し、戦闘準備を始めた。


 ドワーフたちも補助魔道具の作成に着手する。


 澪亜は前に並べられた剣、弓、杖、槍などを見下ろし、ふうと息を吐いて集中してから、手近にあった剣へと浄化魔法を使った。


(浄化魔法を剣で包むように……集中……集中……)


 反発する音符をなだめるようにして、剣にぴたりとくっつける。しかし、すぐに音符は離れてしまった。うまくいかない。


(ダメですね……でも、あきらめない……)


 澪亜はララマリア神殿の方向へ顔を向けた。


 金槌を振って魔道具を作っているドワーフ族の背後には黄金の結界が見える。その先、結界に張り付いている魔物たちの間から、浄化のトーチで作った、街道の道しるべが見えた。


 浄化のトーチは永続的に結界を維持する魔道具で、淡い光を半球状に放っている。

 それがいくつも連続し、数珠繋ぎのようになって、一本の道になっていた。

 暗い森に一筋の光がさしているようにも見え、澪亜にはその光が異世界ララマリアの希望に見えた。


(私は聖女です。この世界に救われました。だから、絶対にあきらめません)


 何度も浄化魔法の付与にチャレンジする澪亜。


 失敗しては、音符が空中へと霧散する。

 心なしか浄化音符の和音も不満気であった。


「きゅっきゅう。きゅう?」


 ニンジン、キャベツ、レタスとの格闘を終えたウサちゃんが、大きくなった自分のお腹をぽむと叩き、「変なことしてるね」と澪亜を見上げた。


「まあ。変なことですか?」


 澪亜はウサちゃんを抱き上げ、事情を説明する。

 近くで準備運動をしているフォルテが「聖女と聖獣……尊すぎるわね」とつぶやいている。


 そんな声は聞こえていない澪亜は、ふんふんとウサちゃんの言葉を聞いて、なるほどと、うなり声を上げた。


「聖魔法の大もとであるヒカリダマさんは、人間が作った武器などがお好きでないのですね? だから失敗してしまうと……そういうことですか?」

「きゅうきゅう」

「常識なのですね。これは失礼いたしました」

「きゅう」


 澪亜が笑顔で頭を下げると、ウサちゃんが「澪亜は新米聖女だから仕方ないよ」となぐさめてくれた。ぽむ、と前足で澪亜の肩を叩く。


「ウサちゃんは聖獣へと進化して、聖魔法などの知識が増えたんでしょうか? それとも前から知っていましたか?」

「きゅむ」


 うむ、とウサちゃんがうなずく。

 前々から知っていたらしい。


「きゅうきゅっ。きゅう」

「ヒカリダマさんにご褒美ですか……。たしかに、あまり好きではないお仕事には報酬が必要ですね。いつもお力を借りておりますから」


(ご褒美……何かあげられるものがあるかなぁ……あっ、そうか……ピアノ)


 澪亜は最初にヒカリダマと出逢ったときのことを思い出した。

 礼拝堂でピアノを弾くと、ヒカリダマがどこからともなく現れた。

 ひょっとすると、ヒカリダマは音楽が好きなのではないだろうか。


(そうと決まれば……)


「浄化音符――運搬係さぁん!」


 澪亜が杖を振ると、シャラーンと音を立てて黄金の音符が大量に出現した。


「少し遠いですが、礼拝堂からピアノを持ってきてくださいませ。できますでしょうか?」


 澪亜がそう言うや否や、我先にと音符が飛び出した。


 狂暴な魔物たちの間をすり抜け、数百の音符が『トルコ行進曲』を響かせながら空へと消えていった。


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