第23話 聖なる街道作戦


 異世界で『聖なる街道セントグレイス作戦』が始動した頃、自宅では鞠江がスマホで動画編集をしていた。


 澪亜の治癒魔法で両目が完治し、視力は両目2.0だ。

 細かい文字まではっきり見える。


 鞠江は鼻歌交じりに指を動かして、有名Yチューバーの動画を参考にしながら編集を進めていく。


「効果的に字幕入れないとねぇ」


 十代に負けない、イケてる六十代のばあちゃんである。


 昔から新しいもの好きで、ピアニスト時代は最新電子機器を買ったり、人気の観光地は誰よりも先に行ったりと時代を先取りしてきた。


 目が見えるようになった鞠江は毎日が楽しくて仕方なかった。


「これも澪亜のおかげだね……私も異世界に行ってみたいもんだよ」


 そんなつぶやきをしながら、指を動かす鞠江。


 それから一時間ほどで、先日ライブ中継をした動画の編集が終わった。


『孫は気づいていませ~ん♪』


 澪亜が話している間ずっとテロップが流れており、鞠江は自分で編集した動画を見直してころころと楽しそうに笑った。帰ってきた澪亜に見せて驚かせようと思う。


 本人に無許可なのは大丈夫なのかと言いたいが、これには理由があった。


「あの子は私より素晴らしいピアニストになるわ。だから、人前に出る訓練をしなくちゃいけない」


 鞠江は澪亜の才能を誰よりも信じており、彼女が望むならプロのピアニストとして将来活躍してほしかった。


 そのためには人前に出る、慣れが必要だ。


 緊張して実力を出せないピアニストは多い。


 モデルはその入り口として非常にいいと鞠江は思っていたが、モデルとピアニストは見せ方や見え方がまったく違う。その点、Yチューブの動画はピアノの演奏をアップしたりもできるので、慣れるためにはいいだろうという考えだ。


「あの子、私が頼んだらやってくれると思うけど……大丈夫かねぇ?」


 澪亜の実力は鞠江が認めるほどであるが、大人数の前で演奏を披露した経験がなかった。


 いつも演奏を聴いていたのは父、母、鞠江である。

 先日、友人のちひろとその父親に演奏してみせたのも、少人数だ。


「動画を撮るなんて言ったら緊張でカチコチになりそうだけど……」


 鞠江はしゃべりながら、ぽちぽちとスマホの画面を操作して動画をアップロードした。


 まあ、それもこれも、慣れないとね。

 そんなことを思いながら、鞠江は管理している自分のYチューブアカウントへ飛んだ。


「あの子、私の若い頃に似て美人だから登録者が増えるわ~」


 おほほほ、と冗談っぽく鞠江が高らかに笑った。

 つい最近開設したチャンネル、『ピアノばあちゃんと孫』は一日で登録者が千人増えた。


 エプロン姿の澪亜のおかげだろう。


 動画のタイトルも『超美人な孫JKが動画撮ってること知らないドッキリ』という、いかにも皆が興味を持ちそうなものだ。このばあちゃん、やはりデキる。


「あの子と二人でやれることがあるのは楽しいねぇ」


 そして、なんだかんだ言っても、鞠江は孫である澪亜が可愛くて仕方なかった。


 今後も一緒に動画配信ができたら嬉しいと思う。

 大勢の前でピアノの連弾なんかもやりたい。

 孫とピアノのコンサートを開くなんてのもいいな、と想像する。


 夢がふくらむイケてるばあちゃん。


「できたね」


 アップロードが無事終わったので、鞠江はスマホを持ってピアノがある部屋に移動し、鍵盤の蓋を開けた。



      ○



 鞠江が自宅でピアノを弾いている頃、澪亜は聖女服を着て杖を振っていた。


「――浄化!」


 パッ、と音符が弾けて大型昆虫の形をした魔物が黒い霧になった。

 現在、ララマリア神殿から一キロ付近で魔物と交戦中だ。


「キリがありませんね……!」


 当初はまったく問題なかった。


 一匹、二匹の魔物が出現するだけで、人数で勝る冒険者たちがあっさり退治をしてくれた。


 澪亜はドワーフ族が埋めた浄化のトーチに聖魔法を込める、簡単なお仕事だった。


 これなら割と早く王国に到着するかも、と澪亜が思い、流れ作業で五百メートルほど進むと、魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。


 そこからは困難を極めた。


 退治して、隙を見て浄化のトーチを埋めて街道の安全を確保し、また進む。

 浄化のトーチが作動する前に何度か押し返され、一進一退といった具合になった。


 どうにか追加で五百メートル進み、現在一キロ付近まで到達している。


 だが、魔物は次から次へと湧いてくる。魔物側からしたら、自分たちの縄張りを勝手に浄化され、怒り狂っているのだろう。自分の家を勝手に改築されたようなものだろうか。蜂の巣をつついたような騒ぎだ。


「遠隔治癒――連続結界!」


 澪亜はレベル95の魔物と戦って苦戦している、ゼファーとフォルテに治癒を飛ばした。


 ヒカリダマがわーいと嬉しそうに二人の体に飛び込んだ。


「わりい!」

「助かったわ!」


 傷口が一瞬でふさがった二人が礼を言い、防御から攻撃へと転じる。

 続いて澪亜たちのいる後方部隊に、結界が張り直され、半円球の光幕が二重に展開された。


 後方部隊は澪亜を先頭に、ドワーフ族二十名、魔力切れの冒険者数名、街道の設計者、戦いの記録係、あとはウサちゃんがいる。


 結界をおろそかにすると一瞬で被害が出るだろう。


(大型の魔物が十五匹、中型はいっぱい……レベルも高い!)


 澪亜はスキル鑑定を使って周囲を把握しようとする。


「きゅっきゅう」


 ウサちゃんも眉間にしわを寄せながらニンジンを食べている。食べるか警戒するか、どちらかにしてほしい。


(強いですね。魔の森でも魔物の生息域があって、レベルで棲み分けなどあるのでしょうか?)


 ララマリア神殿から奥に進むにつれ、魔物が強力になっているような気がした。

 敵のレベルは90前後だ。


 冒険者たちが六人パーティーを組んで、被害を出しながら一匹倒せるという強さで、何人か重傷を負っている。その都度、澪亜が治癒しているため、気が抜けない状態であった。


「浄化音符――三又の矛!」


 澪亜が聖魔法を使うと浄化音符が黄金に輝いて飛び出し、トライデントに変形した。


 ジャジャジャジャーン、と運命が鳴り響き、結界の背後を強襲してきた超巨大なクワガタっぽい魔物を貫いた。


 一撃で魔物が霧散する。


「おおおっ!」「聖女さますげえ」「浄化魔法!」


 結界内にいるドワーフから歓声が上がった。

 彼らも魔道具を使って冒険者を援護している。


 シュミットが指示を出して、ドロップアイテムを集めて即席で補助系魔道具を作ったりもしていた。


 ドワーフたちの怒声と、魔道具の破裂音、澪亜の浄化音符が奏でる音楽。

 結界内も大騒ぎである。


「遠隔治癒――浄化――浄化音符・音符剣!」


(こういうときこそ落ち着いて、冷静に……!)


 澪亜は的確に、その場で必要な魔法を飛ばしていく。

 まとめて魔物を退治する浄化魔法を使うような余裕はない。


 ゼファーたちのいる最前線へ浄化を定期的に飛ばし、治癒、結界と、とにかく忙しかった。


「きゅう」


 ウサちゃんも真剣な目でニンジンからキャベツに切り替えた。もきゅもきゅと口の動きが止まらない。こちらも修羅場であろうか。


「ラッキー、敵の急所に当たったぜ!」


 冒険者から声が上がる。

 ウサちゃんの幸運のおかげかもしれない。


「シュミットォ! 浄化のトーチはまだか?!」


 前線にいるゼファーが聖剣を振りながら叫んだ。


「所定の位置まで進んでねえ! 無理だ!」

「わかった!」


(この場所に釘付けになっているよ。どうしよう)


 澪亜はライヒニックの杖を強く握りしめた。



      ○



 二時間が経過し、前衛部隊の冒険者たちは後退を余儀なくされた。

 魔物の数がさらに増えたのだ。


 全員が澪亜の展開している結界内へと逃げ込んだ。


「レイア、結界はあとどれくらい持ちそうだ?」


 地面に座り込んで休憩しているゼファーが結界の外を見て、顔をしかめた。


 澪亜の張っている光幕の結界を、魔物たちが隙間なくぐるりと取り囲んでいる。魔物は結界が切れたら即座に攻撃を仕掛けてくるだろう。海に囲まれた小さな無人島に漂流したような、淡い絶望感が彼の胸を覆った。


「まだまだ大丈夫そうです。一日中でも平気かと思いますよ」


 澪亜は微笑みを浮かべていった。

 癒しのオーラが出て、ゼファーの不安は一瞬で心から消えた。


「それなら仮眠を取らせてもらうわ。体力を回復させないとどうにもならないわよ」


 フォルテが地面にごろりと寝転がった。


「よく眠れますね?」


 澪亜が結界の外にいる魔物たちをちらりと見て言う。


(ホラー映画よりもホラーだと思う……)


 牙がむき出しの熊とか、特大の昆虫とかがわんさかいて、しかもよだれを垂らして今か今かと結界が崩れるのを待っている。澪亜はあまり見ないように目をそむけ、ウサちゃんの白い背中を見つめた。


「悠長にしてんのもまずいだろ? 魔物が増えたらジリ貧だからな」


 ドワーフのシュミットが髭を撫でつけながら、腕を組んだ。

 彼らの後ろで座っているドワーフたちもうなずいている。


(浄化音符で一掃できないか試してみたけど、レベルが足りないのかダメだったし……)


 周囲を一気に浄化するイメージで音符を出してみたが、何となくできない、と直感でわかったのでやめたところだ。


 今は音符剣を出して魔物を自動で間引いている。


(私がどうにかしないと……。でも、どうすれば……)


「もうちょっと力があればな」

「私もよ。攻撃力が足りないわ」


 ゼファーとフォルテが言い、確かに火力不足だ、と冒険者たちもうなずく。


(攻撃力……そうか……)


 澪亜はとあることを思いついたので、試しにやってみようと立ち上がった。


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