第21話 神殿周辺の変化


 スマホをもらった日の週末――。


 澪亜はウサちゃんと異世界に来ていた。

 今日は異世界で重要な予定が入っている。


 私服から聖女服に着替え、神殿の礼拝堂に入った。


(ララマリア神殿はやっぱり落ち着くなぁ……)


 澪亜はウサちゃんを抱いたまま、美しいステンドグラスを見上げてほうとため息をついた。異国情緒あふれるデザインのステンドグラスからキラキラと太陽の光がこぼれ、白い礼拝堂に赤、緑、青、黄色などの色が落ちている。


(第二の家と言ってもいいかもしれないよね……)


 現実世界から異世界に来ると、ここが自分の原点だと感じるのだ。


「きゅう」


 ウサちゃんが腕の中で鳴いた。


「畑を見に行くんですね?」

「きゅっきゅう」


 先に行くよと言って、ウサちゃんがぴょんと澪亜の腕から跳んで裏庭へと消えていった。


 澪亜はウサちゃんの丸いもふもふした背中を見送り、礼拝堂の中央にある鳥の像の前まで歩いた。


(この鳥さんが神殿の守り神なんだよね、きっと……)


 澪亜はアイテムボックスからハンカチを取り出して、聖水を宙に作って浸し、ゆっくりと拭いていく。


「すっきりしましたね」


 まったく汚れはないのだが、自分の手で綺麗に磨くと心が洗われるようであった。

 濡れたハンカチを浄化音符で乾燥させ、アイテムボックスにしまう。

 作業が終わると窓から声がしたので、澪亜は外を見た。


「皆さん、お集まりでしょうか?」


 礼拝堂の扉を開けて外に出ると、ドワーフ族の鍛冶師と冒険者が絶え間なく作業をしていた。


 見えるだけでもざっと百名ほどであろうか。

 楽しげな声が響いている。


 ドワーフたちは浄化した森の木を切って建物を作り、冒険者は狩ってきた魔物のドロップアイテムを交換したり、武器防具の手入れをしたりと忙しい。


(始めは私一人だった神殿が……ずいぶん変わりましたね……)


 澪亜は微笑みながら歩き、ドワーフ族のシュミットを見つけたので声をかけた。


「シュミット、おはようございます。今日も精が出ますね」

「おうレイア、おはよう! あんたも早えな」


 豪快に挨拶をして、シュミットが手に持っていた木材を地面に置いた。


「あ、ごめんなさい。邪魔してしまいましたね」

「いいってことよ。聖女さまのあんたに声をかけられるのは、光栄ってもんさ」

「そんなことありませんよ」

「そういやモデルってのはどうだったんだ? 上手くできたか?」

「はい。これを見ていただきたくて――」


 澪亜はアイテムボックスから雑誌ティーンズを取り出して、自分のページをシュミットに見せた。


「ふむ……」


 シュミットは職人らしい顔つきになり、もっさりしている髭を撫でて顔を近づけた。


 雑誌には澪亜が笑顔で写っている。


「ほう、ほう。面白い服だな。はあ〜、どんな生地なんだ、これ?」

「コーデュロイという生地です」

「どうやって作る? 防御力は?」

「作り方はわかりません。防御力は……たぶんないと思います」

「防御力ゼロ?! そいつぁヤバいんじゃないか?」

「向こうの世界は魔物が出ませんから」

「あ、そうだったな。ガハハッ! 忘れてたぜ!」


 シュミットが豪快に笑い、雑誌へと視線を戻した。


「――よく撮れてるじゃねえか。撮影の魔道具で撮ったんだよな? ま、レイアなら綺麗に写って当然だと思うけどな」

「いえ、とても緊張いたしました。シュミットの金槌のお話で勇気をもらいましたよ。本当にありがとうございました」


 澪亜が丁寧に一礼する。


(あの話がなかったら、私はモデルから逃げていたかもしれない……)


「おう。まあ、なんだ? 背中がむずむずするから礼はいいよ」


 シュミットは頭をかいて、そっぽを向いた。


「あ、その雑誌ってやつ、ちょっと貸してほしいんだけどいいか? 仲間の連中に見せてやりたいんだ」

「いいですよ」


 澪亜は笑みを浮かべて、雑誌をシュミットへ渡した。


「ありがとよ」


 この雑誌がきっかけで、異世界ファッションの歴史が大きく動くのだが、澪亜もシュミットも気づいていない。


 シュミットが雑誌を受け取って礼を言うと、周囲が澪亜の存在に気づいたのか、「聖女さまだ!」と言ってにわかに騒がしくなってきた。


 澪亜は目が合った人へ律儀に一礼していく。

 すると、冒険者集団の中から見知った顔が現れた。


「おーいレイア!」

「レイア!」


 剣士ゼファーとエルフのフォルテだ。


 ゼファーはガチャガチャと胸当てなどの装備品を揺らし、フォルテは長い足を軽快に動かして走ってくる。二人とも笑顔だ。


「今日はありがとな。ニホンの学校は大丈夫なのか?」


 ゼファーが澪亜の前で急停止した。会えた嬉しさから短髪頭を手でかきながら、嬉しそうに聞いてくる。


 そんなゼファーを強引に押しのけ、フォルテが澪亜の手を握った。


「どわぁ! 何すんだよ?!」

「ゼファー邪魔――レイア、会いたかったわ! 何度もすれ違いになって悲しかったのよ!」


 エルフ特有の長い耳を上下に動かし、握っている澪亜の手をぶんぶんと振った。


「まあ、まあ」


 友人とあまりスキンシップを取ったことのない澪亜は目を白黒させ、されるがまま、顔を赤くした。会いたかった気持ちを全身で表現してくれ、この上なく嬉しい。


 うふふ、と頬を赤く染めたまま、澪亜はフォルテの興奮が収まるまで待った。癒しのコンボが三連で発動する。


「あ、ごめんね。もう一年ぐらい会ってない気分になっちゃってね」


 フォルテが舌を出して手を離した。


「ゼファー、今日はお休みなので大丈夫ですよ」


 澪亜がゼファーを見て笑顔で言った。


「フォルテ。私も会いたかったです。話したいことがたくさんあって困ります」


 二人は澪亜にとって初めての友達だ。

 何を話しても二人なら受け入れてくれるという安心感があった。


 ゼファーとフォルテは澪亜から信頼されている空気を察し、ゼファーは「へへ」と指で鼻の下をこすり、フォルテは「尊いっ」と軽くのけぞった。


(二人とはあれ以来会えてなかったからね)


 ゼファーとフォルテは腕利きの冒険者たちをララマリア神殿へ集結させるべく、二度ほど魔の森を往復している。神殿に滞在する期間が短かったせいで、澪亜とはすれ違いになっていた。


「よければ神殿でお話をしましょう。作戦開始までまだ時間はありますよね?」


 澪亜が二人に聞いた。

 ゼファーもフォルテもうなずき、三人は並んで神殿へ足を向けた。


「神殿と王国を繋ぎ、いずれは全世界へと街道を繋ぐ――『聖なる街道セントグレイス作戦』の第一歩だな」


 ゼファーが歩きながら言った。


(『聖なる街道セントグレイス作戦』……五つの種族の街道を作るという人類の生き残りをかけた作戦……。魔の森を浄化するのは私の役目だ。頑張らないと!)


 澪亜は大きく息を吐いて、暗く深い森の方向を見た。


 今日の午前九時から作戦は開始となり、作戦が完遂されるまで終了することはない。


 何年かかろうとも必ず成し遂げるという、ラッキーキングの決意が見て取れる。


 内容としては、街道予定の場所にいる魔物を蹴散らし、王国教会が預言者の言葉を信じて百年前から作っていた“浄化のトーチ”というアイテムに澪亜が聖なる力を込め、街道を永続的に守護する。安全が確保されたのち、ドワーフ族が街道を作る、という流れだ。


「レベルも上がったし、聖剣にもだいぶ慣れてきたぜ」


 ゼファーがにやりと笑って聖剣の柄を叩いた。


「王都とララマリア神殿に街道ができれば……すごいことになるわ!」


 興奮が隠せないのか、フォルテが拳を握ってみせる。


「浄化のトーチという魔道具があることに驚きです。数も数万個あるとお聞きいたしました」


(百年前から聖女が現れることを信じて、こつこつと作ってきたんだよね……いつか王都の教会にも行ってみたいな……)


 まだ見ぬ異世界の街がどんなものか想像する澪亜。

 聖女伝説を信仰している教会は、澪亜が来訪したら狂喜乱舞するであろう。



      ○



 三人は神殿に到着し、中に入った。


「やっぱり神殿いいよな」

「そうよね。落ち着くのよね」


 ゼファーとフォルテが礼拝堂を見回しながら言った。


「わかります。とても落ち着くんです」


 澪亜もうなずく。


 そのまま澪亜たちは礼拝堂で今までにあった互いの出来事を話した。

 フォルテがおしゃべりなのもあるが、会話が止まらない。


 いつしか時間は作戦時間の九時になろうとしていた。


「きゅう」


 ウサちゃんが礼拝堂に入ってきて、澪亜の膝に跳び乗ったのを合図に、会話が途切れた。


「きゅっきゅ~」


 いい汗かいた、とウサちゃんが鳴いた。


「きゅきゅきゅっきゅう、きゅうきゅう」

「ふんふん。ドワーフさんたちはなかなかいい動きをする? へえ、畑がかなり大きくなったんですね。あとで見に行きましょう」


 ドワーフたちとウサちゃんは何となく意思疎通ができるようだ。

 澪亜の通訳を聞いて、ゼファーとフォルテは腹を抱えた。


「ぷぷーっ……ドワーフたち……ウサちゃんにこき使われててウケる」

「あの頑固者たちがね、ウサちゃんがきゅうきゅう鳴くと、右へ左へ移動するから……笑えるわ」


 ゼファー、フォルテが、笑っちゃいけないが笑えてしょうがないと、顔をひくひくさせた。


 澪亜は「まあ」とお淑やかに口もとを手で押さえた。

 そんなことになっているとはまったく知らなかったのだ。

 ウサちゃんは、まあね、と大して気にしていない。


「そういえばレイア」

「どうされました?」


 そろそろ作戦開始だ。

 ゼファーが空気を変えて真剣な目で澪亜を見つめた。


「自分のステータスは確認したか? シュミットたちを助けたとき大物を退治したんだろ? レベルが上がってると思うぞ」

「あ――すっかり忘れておりました。早速、確認いたします」


 澪亜はステータスと心の中で念じ、現れた半透明のボードへと目を落とした。

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