第20話 ピアノばあちゃんと孫


 鞠江のYチューブチャンネルに澪亜が登場し、コメント欄は『孫くっそ可愛い』『ガチやん』『KAWAIIIIIIIIIIIIIII』『癒やしオーラやべえ』など書き込まれて盛り上がっていた。


「ええっと……このまま話せばよろしいのですか?」


 前髪を手で直し、澪亜は塩の瓶を持ったまま、姿勢よくスマホへ身体を向けた。

 いきなりで恥ずかしいのかちょっと顔が赤い。


「この子は私の孫でーす。私の若い頃にそっくりでーす」


 鞠江が急にテンション高めに言ったので、澪亜はあわてて一礼した。


「はじめまして。よろしくお願いいたします」

「大変にお行儀がよろしい優秀な子です。今、何を作っているんですか〜?」


 鞠江がスマホを澪亜と料理両方が映る位置に移動させる。


「いせか……こほん。お店で買ってきたじゃがいもを、カマンベールチーズ焼きにしたいと思っております」

「いいわねぇ〜。素敵」

「簡単で美味しいですよ」


 褒められると素直に嬉しいので、澪亜はニコニコと笑った。

 癒やしのオーラ全開である。


 Yチューブ上のコメント欄が、『ガチお嬢さま?』『俺氏、秒で恋に落ちる』『ちょ? ま? 天使? 聖女?』『一万年に一人のkawaii』などで埋め尽くされる。


「じゃがいもを皮ごと切ってレンジでチンして、チーズを乗せて、塩胡椒をする――」


 何も知らない澪亜は説明しながら、塩胡椒を料理に振りかけた。


「最後にお醤油を垂らして……色がつくまでオーブンで焼けば終わりです」


 澪亜は醤油を垂らし、格安で買ってきた小さなオーブンに皿を入れ、スイッチをひねった。


「焼き上がったらあとはお好みで、大葉やパセリを入れて完成です」


 澪亜は律儀にスマホへ向き直り、丁寧に一礼した。


 鞠江は流れるコメント欄を見て「グッドグッド」と喜んでいる。

 どうやらこのお茶目なおばあちゃん、最初から澪亜と一緒に動画投稿するつもりだったらしい。


 コメント欄も『グッド』『すでにうまそう』『グゥゥゥッド』などの言葉が流れた。


 まだライブ中継と知らない澪亜はふうと一息ついて、小首をかしげた。


「おばあさま? 上手く撮れていますか?」


 そう言って鞠江の見ている画面側へ回り込もうとする。


「撮れてる。撮れてるよ〜」


 あわてて鞠江が画面を見せないように、身体をひねった。


「ん? そうですか。まだ撮りますか?」

「うちの孫純粋すぎて可愛いわ〜」


 鞠江はそんなことをつぶやき、「ばっちり撮れたよ、ありがとね」と言った。


「いえいえ。またお手伝いがあれば言ってくださいませ」


 鳶色の瞳を輝かせ、澪亜が白い歯を見せて笑った。


 鞠江はスマホに向かって小声で「孫はライブ中継されていると気づいていませ〜ん」とお茶目に言った。


『おいww』『ばあちゃんwww』『孫が純真無垢w』『草wwww』


 コメント欄は大いに盛り上がり、SNS上に動画が拡散されるのであった。



      ◯



 ちひろは授業の予習を終えて背もたれに身体を預け、んんんと、背筋を伸ばした。


 きりのいいところまでやったので、休憩でYチューブでも見ようとスマホでアプリを開いた。


 最近ハマっているのはピアノ演奏の動画だ。

 父と同じくピアノ鑑賞が趣味なので、有名な配信者は網羅している。


 もう一つの趣味であるお笑いの動画を見るか迷ったが、疲れた脳にピアノの旋律がほしいと思った。


「ピアノ――ライブ中継――」


 アプリ上で検索をかける。


 検索結果が出てきて、ピンとくるサムネイル画像を探して、どんどん下へとスライドさせていく。


「これは知ってる人……弾いてみた系はちょっと気分と違う…………あれ?」


 ちひろは見知った顔を見つけて画面を戻し、即座にタップした。


『はじめまして。よろしくお願いいたします』


「澪亜さん?!」


 まさかの澪亜がエプロン姿で映っていた。


「エプロン姿可愛い、やばい、癒やされる、可愛い、美人」


 ちひろは心の声ダダ漏れでつぶやきながら、チャンネル名を確認した。


 ピアノばあちゃんと孫――


 チャンネル名はシンプルであった。


 説明概要欄には『プロピアニスト平等院鞠江のピアノ動画。レッスン受付中。たまに孫とたわむれる』と書かれている。


「おばあさまのレッスン動画? これは他のピアニストが知ったら集まりそうだな……あとおばあさまの現代への適応能力がすごい……」


 ちひろは鞠江が海外で活躍していたピアニストだと知っている。業界でも知名度は高い。


 六十代でライブ中継しているところにも感心した。

 概要欄をさっと流し見してちひろはスマホをタップし、画面に映る澪亜へと戻った。


「澪亜さん……この顔はライブ配信だってわかってないわね……でもそれが可愛い……」


 エプロン姿の澪亜がニコニコ笑いながら料理の説明をしている。


(可愛いはジャスティス)


 ちひろは速攻でチャンネル登録した。

 ライブ中継の澪亜の出番はすぐに終わったが、コメント欄は澪亜を褒めちぎる内容と、鞠江が面白いばあちゃん、という内容で埋まっていた。


「なんでチャンネル登録って一回しかできないんだろう……あと一万回したい……」


 制服姿とはまた違う澪亜の可愛さに気づき、ため息をつくちひろ。


「澪亜さん、一瞬で人気者になりそうだわ」


 そんなつぶやきを漏らしながら、ちひろはスマホを指で操作し、澪亜の登場シーンへと画面をシークした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る