第19話 スマホと料理


 箱を開けると、誰もが持っている機械が登場した。


「まあ、スマホ! おばあさま……よろしいんですか?」


 澪亜は嬉しくなってスマホを手に取り、そのあと毎月料金のことを考えて心配になった。


「大丈夫よ。今まで買ってあげられなくてごめんね」


 鞠江がこれまでの質素な生活を思い出し、申し訳なさそうに小さく笑う。

 澪亜に不憫な思いをさせたことを気にしているようだった。


「いいんです。おばあさまがいるから私は幸せなんです。だから、気にしないでください。それにこうして買ってもらえたので……とっても嬉しいです」

「……あなたは私に似て本当にいい子に育ったねぇ」


 鞠江が澪亜を抱いて、よしよしと頭を撫でた。


 澪亜は自分で“私に似ていい子”と言うユーモアセンス抜群の鞠江にくすりと笑い、頭を肩に乗せた。


 鞠江が手を何往復かさせると、澪亜を離して自分のポケットに手を入れた。


「実はね……じゃじゃーん」


 鞠江は澪亜と同じモデルのスマホを掲げて見せた。


「まあ! おばあさまもスマホを買ったんですね?!」

「動画配信に必要だからね。それに、これからの時代はデジタルだよ。バーチャルがよりリアルに近づくことによって、バーチャルの価値が高まるの」


 鞠江は電子機器にめっぽう強い、イケてる六十代であった。


「だから遠隔授業なのですね?」

「そうだよ。遠隔なら全国にお客さんが持てるからね。まずは動画配信をして、ある程度知名度を上げてから、最終的に授業形式に移行する予定よ」


 楽しそうに笑う鞠江。


(おばあさまはすごいな……明確な目標があって……)


 澪亜はそんな祖母を見て、自分も頑張ろうと思った。



      ◯



 それから澪亜はスマホを設定し、ちひろに電話をして番号を交換した。


(これでちひろさんとメッセできるね!)


 澪亜はスマホを胸に抱きしめて大きく息を吸い込んだ。

 異世界に行ってから、身の回りで起こる出来事がすべて楽しく思える。


(聖女になれたこと……異世界に感謝だね)


 自然と祈りを捧げる澪亜。


「きゅう」

「まあ、ウサちゃんも触ってみる?」


 使ってみたいと言うウサちゃんの前に、スマホを置いた。

 ウサちゃんが勉強机の上に跳び乗った。


「きゅ」


 もふもふもふっと前足で暗証番号を押し、画面ロックを解除するウサちゃん。めちゃめちゃ器用だった。


「まあ、まあ、すごいわねウサちゃん!」

「きゅう!」


 どうだい、とウサちゃんが鼻をぴくぴくさせる。可愛い。


「じゃあ一緒にちひろさんへメッセージを送ってみましょう?」

「きゅ」


 澪亜が首をかしげると、ウサちゃんがまかせろと鳴いた。


 ちひろへメッセージを送ると、すぐに返信がきた。


『ウサちゃんとメッセ送ってるんですか?』

『そうなのです』

『澪亜さん、写真を送ってください!』

『はい。少々お待ちくださいませ』


 澪亜はウサちゃんとインカメラで自撮りして、ちひろに写真を送った。

 もふもふの白ウサギと、肌の白い澪亜が顔をくっつけている写真だ。


 三分ほど間が空き、ちひろから返信が来た。


『秒で保存させていただきました』

『ウサちゃん可愛いですものね!』


 澪亜が細い指を動かして返信する。

 ウサちゃんは、まあね、と鼻息をふんすかさせた。


 スマホ越しにいるちひろが「永久保存版! 澪亜さんとウサちゃん可愛すぎる!」とベッドの上で悶絶しているのを、澪亜は知らない。


 それから何度かやり取りをして、ちひろにメッセージアプリ用のスタンプを大量にプレゼントしてもらったところで、時間が五時半になっていた。


(今日は異世界に行かなくていいかな……夕食の準備をしよう)


 澪亜は部屋着に着替えてエプロンをつけ、二階からキッチンに下りた。


 実は私服と部屋着がジョゼフから大量に送られてきている。ぜひ着てほしいとのことで、ありがたく使わせてもらっていた。家にいてもオシャレな聖女の完成である。


(おばあさまのピアノの音がする……ふふっ……動画配信してるのかな? 張り切ってるみたい)


 澪亜は鞠江の奏でる旋律を聴きながら、ウサちゃんとメニューを考えた。


「今日は異世界じゃがいものカマンベールチーズ焼きと、エビをおばあさまがお隣さんからもらったから……アヒージョにしてみましょうか?」

「きゅう?」

「え? にんにくを異世界から取ってくる? あらあら、いつの間に植えたのかしら?」

「きゅっきゅう。きゅきゅ、きゅう」

「私が学校に行っている間に……ウサちゃんは働きものですねぇ」


 澪亜がもふもふとウサちゃんを撫でた。


 ウサちゃんは澪亜が学校に行っている時間を、神殿の畑拡張に使っていた。


 鞠江に言って様々な植物の種を買ってきてもらい、とんでもない種類を栽培している。さすが聖獣と言っていいのだろうか。農家さんも驚きの働きっぷりだ。


 ドワーフたちに指示を出し、勝手に労働力にしているのがウサちゃんのちゃっかりしているところだった。


「きゅう!」


 ちょっとにんにく取ってくる、と澪亜の足元にいたウサちゃんがぴょんぴょん跳ねて、快にキッチンから出ていった。


「ウサちゃんは頭のいいウサギさんですね。異世界出身だからかな?」


 そうとしか思えない。


「よし。やろっか」


 エプロンのひもをしっかり締め、アイテムボックスから異世界じゃがいもを取り出した。


 よく聖水で洗ってから、一口サイズに切っていく。

 手慣れた包丁さばきだ。


 次に、お隣さんからもらったオンボロなお古のレンジで加熱し、箸で刺して、やわらかくなったのを確認して外に出した。


(異世界のじゃがいもって本当に美味しそうに見えるよね……みずみずしくって、色も鮮やかだし……)


 聖水で栽培しているおかげか、どの野菜もドレッシングなしで食べられるほど、新鮮で旨味があって美味しい。現実世界で販売したら、特別な名前がつきそうである。


「うーん……おいひい」


 澪亜は塩をつけてつまみ食いをした。

 じゃがいもの旨味と甘みが塩でさらに引き出され、口の中に広がった。


(いけない……なんてはしたない……)


 自分の行動に赤面しつつ、澪亜はグラタン用のお皿へじゃがいもを丁寧に入れた。


(あとはちひろさんにもらったチーズを切って)


 先日遊びにきたちひろがカマンベールを持ってきてくれたのだ。


 澪亜はそれを包丁で薄く切って、湯気が出ているじゃがいもを隠すように並べていく。


 塩、胡椒を振って焼く準備は完了だ。


「澪亜、澪亜。こっち見て」

「はい。どうされました?」


 鞠江に呼ばれたので、澪亜は振り返った。


「スマホで撮影できるかを試しているの。こっちに向かって話してくれる?」

「まあ」

「なんでもいいわよ」


 鞠江がスマホを片手で持って、にっこりと親指を立てる。

 そんな祖母の若々しい行動に、澪亜はお上品に手で口もとを隠して驚き、微笑んだ。


 ちなみにこのお茶目なばあちゃん、撮影ではなくライブ中継している。

 現在、Yチューブに視聴者が三十人ほど集まっていた。


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