第18話 プレゼント
純子は学校をサボって自宅に帰るなり、鞄を玄関先に放り投げた。
キャップ付きレンズで撮影されていた屈辱の事実を知って、腸が煮えくり返っている。
「おい! かたしておけよ!」
雇っている家政婦に怒鳴り散らし、怒りを隠さずどすどすと階段を上がって自室に入った。
純子の部屋は二十畳。ピンクっぽいファンシーな作りになっている。
「くそっ! あの白豚!」
純子は本棚に入れてあった雑誌ティーンズを出して壁に投げつけた。
どさりと雑誌が落ちる。
「パパに電話してやる。ぜってー潰してやるからな」
制服のポケットからスマホを取り出し、画面を操作して耳に当てた。
呼び出し音が十回ほど鳴って、留守電に切り替わった。
父親は仕事中のようだ。
「なんで出ないの?! 仕事ばっかしてんなよ!」
イライラして今度はベッドにスマホを投げつけた。
「平等院……あいつの顔見てるとムカついてくる……! 涼しい顔しやがって……ちょっと可愛くなったぐらいで調子乗ってんじゃねえぞ……」
澪亜の冷静な顔を思い出したのか、純子は奥歯を噛み締めた。
「ああっ! まじムカつく!」
純子はベッドに身を投げて、その勢いのまま枕に右ストレートをおみまいした。
質のいい枕は純子の拳を簡単に受け止めて、衝撃を吸収した。
大した反応を示さない枕がここ最近の澪亜に思えてしまい、胸のムカムカがより強くなってしまった。
「没落した貧乏人のくせに……大人しく私に殴られりゃいいんだよ……てかあいつ、スマホも持ってないとかウケるんですけど〜」
投げたスマホを手に取り、澪亜を小馬鹿にして気持ちを落ち着かせる。
純子はベッドに仰向けになって、スマホの画面ロックを解除し、SNSアプリを開いた。
イラついたときはSNSにぶりっ子してつぶやくのが純子の癖だった。
一万人のフォロワーに慰めてもらうと、自尊心が回復するのだ。
だが、自分のアカウントを見て純子は怒りで顔を赤くした。
『純子ちゃん特集の表紙じゃないじゃん笑』『この前有名フォトグラファーに撮ってもらったって言ってなかった?』『この子たまに大げさだよね』
以前書き込んだ、次のティーンズには大きく載るよ、という情報が間違っていたため、フォロワーからかなりのツッコミが入っている。
しかも、今回掲載された写真の出来映えがよくなかったせいか、フォロワーが五百人ほど減っていた。
「はあぁ? こいつら何様なの?!」
純子は急いで指を動かし、コメントを読んでいく。
何かあったんだよ、というフォローのコメントは少なく、ほとんどが掲載されてないじゃん、という否定的なものであった。
「っざけんな! フォロワー減ってるし!」
一万人が九千五百人になってしまい、純子は焦った。
フォロワーが五桁だと見栄えがいい。
自慢の材料が減るのはいただけなかった。
必死になって火消しに回る。
『特集表紙のレイアとかいうモデルがコネっぽい』
『一生懸命やったのに載ってないの悲しい』
『頼まれたからモデルやったのに……』
こんなあることないこと……いや、ほぼないことを書き込んで、印象操作に躍起になった。
取り巻き女子たちにメッセージを飛ばし、私の言葉にコメントしろ、と指示も出す。
効果があるかわからない作業を一時間ほどして、純子はようやくベッドから起き上がった。
開きっぱなしのSNSアプリに目を落とし、鼻で笑って口を歪ませた。
「こいつらホントバカ」
言った自分がSNSに依存ぎみな気がしないでもない。
「てか平等院なんてスマホすら持ってないじゃん? バカで貧乏でクソ豚じゃん?」
純子はそう言って笑い、自室のドアを開けて「おいババア! お茶とお菓子一分以内!」と家政婦に叫んだ。
◯
純子がSNSに色々と書き込んだ数時間後、澪亜は学校から帰宅した。
「ただいま戻りました」
古い玄関の扉を開けると、「きゅう!」とウサちゃんが走ってきた。
「まあ」
ジャンプしたウサちゃんを澪亜は鞄を持ったまま抱きかかえた。
「きゅうきゅう、きゅっきゅう」
「ふんふん。今日はニンジンと白菜とリンゴを食べたんですね? 美味しくってよかったですね」
「きゅう」
澪亜は微笑みながら、ウサちゃんの白い毛をもふもふと撫でて居間に入った。
「おばあさま?」
部屋に入ると、祖母鞠江は新調したパソコンのキーボードを叩いていた。
澪亜に気づいて鞠江が顔を上げた。
(お水の代わりに聖水を飲んでるからかな? おばあさま元気そう)
目が見えなかった頃と比べて血色がよく、表情もいきいきとしている。
鞠江が澪亜を見て笑みを浮かべた。
「おかえり。帰りの電車でナンパされなかった?」
「おばあさま……毎日その件について質問されますけど、そんなのありませんよ」
澪亜がちょっと呆れ顔で言う。
自分がナンパなどされるはずがないと信じて疑わないらしい。
「おかしわねぇ……私の目算だと一日三回はされるはずなんだけど……」
鞠江が腕を組んで唸った。
美人でナンパされまくった経験のある彼女の誤算があるとすれば、澪亜が美人すぎであることと、聖女スキルを持っていることであろう。
実のところ、ナンパしようと澪亜に話しかける猛者はいるのだが、癒やしのオーラを間近で食らって「なんか申し訳ないし、のんびりしたくなった」という気分になって全員が退散している。これが澪亜がナンパされたと思わない理由だった。
澪亜はウサちゃんの首のお肉をむにむにとマッサージしながら、パソコンを覗き込んだ。
「おばあさま、パソコンで何をされているのですか?」
「これ? 見てみる?」
「はい」
澪亜は学生鞄をちゃぶ台の脇に置き、ウサちゃんを抱いたままお淑やかに座った。茶道を習っていたおかげで正座の姿勢もいい。
「これはね、Yチューバーになる準備だよ」
鞠江が子どものように笑って言った。
「お隣さんからもらったタブレットだと音質が悪くてお話にならなかったの。でもほら、これとこれを買ったからね」
彼女が動画配信用のカメラと集音マイクをちゃぶ台に出した。
「まあ! おばあさま、すごいですねぇ」
「これで念願のピアノ遠隔レッスンができるわ〜」
「きゅっきゅう」
ウサちゃんが鼻をぴくぴくさせて、パソコンを見ている。
「これも澪亜がモデルでお金を稼いでくれたおかげだよ。先行投資の費用ができたからね。ありがとねぇ」
「いえ、おばあさまのお手伝いができて嬉しいです」
何度言われたかわからないお礼を鞠江から言われ、澪亜ははにかんだ。
「あ、そうだ。澪亜にいいものを買ってきたよ」
「なんでしょう?」
「あなたも花の女子高生だからね。はいどうぞ――!」
鞠江がリボン付きでラッピングされた小箱を取り出した。
「まあ! おばあさま! ありがとうございます!」
澪亜は突然のプレゼントに目をキラキラさせた。
(なんだろう? あまり重くないみたい……!)
プレゼントを受け取り、開けずに上から横からと眺める澪亜。
そんな仕草を可愛らしく思ったのか、鞠江は笑い、ウサちゃんはきゅうと楽しげに鳴いた。
「見てばかりじゃなくて、開けてみたら?」
うふふとお上品に笑いながら鞠江が言うと、澪亜がうなずいた。
丁寧にリボンとラッピングを外すと、街でよく見かけるデジタル関係のメーカーのロゴが見えた。
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