第17話 小さな掲載
澪亜は教室に入ってきた純子を見た。
(田中さん……あれだけ撮影スタッフさんにご迷惑をおかけしたのに……)
澪亜にとって純子の態度は理解不能であった。
「雑誌出して」
純子がぶっきらぼうに言う。
取り巻き女子は指示されていたのか、恭しく鞄から雑誌ティーンズを取り出して、純子に持ってきましたアピールのため掲げてみせた。
「今月号も分厚いわね。私のページだけでいいのに」
純子は顎を上げて嬉しそうに笑い、雑誌を取り巻き女子に持たせたまま、澪亜たちへと近づいた。
クラスメイトはなんとなく気まずそうに一歩下がる。
「あらあら、白豚と委員長も私のページを見ているのね。どうもありがとう」
純子はちひろの机に広げられたティーンズを見て、口角を上げた。
完全に自分の勝ちを信じている顔だ。
「そういえばどこかの没落令嬢が撮影現場に来ていたけど? どうせこーんな小さい一コマの掲載でしょうね。ホント滑稽だわ〜」
純子がケラケラと指のジェスチャーつきで、笑いながら近づいてくる。
親指と人差し指で作られたサイズはピンポン玉くらいであった。
黙っていないのはちひろだった。
「あらぁ? こーんな小さな掲載ですって。皆さん聞きましたか?」
ちひろが笑顔で雑誌を持ち上げ、皆が見えるように特集表紙を広げた。
表紙は澪亜だ。
しかも超絶可愛く撮られた写真であり、純子がブリジットにわがままを言って撮ってもらった、特別セットが背景である。
余裕の表情であった純子はビシリと身体が固まった。
「はぁ? はぁ〜ッ?」
眉間にしわを寄せ、ちひろの持っているティーンズをひったくろうと手を伸ばした。
だが運動神経抜群のちひろはさっと雑誌を上げる。
見るなら自分のを見たら? という表情だ。
(またこの雰囲気になってしまった……苦手だよ……)
澪亜は何も言わずにじっとすることにした。
「チッ。おい、雑誌――」
純子が舌打ちをして、取り巻き女子を見ずに机を指さす。
「は、はい!」
雑誌を持っていた女子がちひろの前の席に雑誌を置いて、特集ページを開いた。
「す、すごく可愛い……」
彼女は純子に見せるつもりが、澪亜の魅力に引き込まれてしまった。
そんなことをつぶやく彼女を見て、純子は遠慮なしに頭をはたいた。
結構いい音がした。
「あんた何見てんのよ。早く私のページを開いて」
「すみません……!」
頭をさすりながら、彼女がページをめくる。
次の二ページもすべて澪亜がモデルだ。
「わあ……」
澪亜の可憐さに声が漏れてしまい、業を煮やした純子が彼女を肩をつかんで強引に雑誌から引き剥がした。
「どけ。私に見せろ――」
バンと机に両手を置き、純子が食い入るように雑誌へ視線を落とす。
みるみるうちに純子の表情が怒りのものへと変化した。
「なんなの?! なんでこいつが合計三ページも載ってるのよ!!」
怒りにまかせて純子が拳で机をぶっ叩いた。
「ふざけんじゃないわよ!! 私だって一ページしか載ったことないのよ?! どういうことよ! あんたどんな手を使ったのよッ?!」
射殺すように純子が澪亜を睨む。
純子の態度に慣れてきている澪亜は冷静に見つめ返した。
「ご縁があってお誘いいただきました」
「はあ?」
奥歯を噛み締めて額に血管を浮かべる純子。
般若のような形相に周囲は引いた。
今にも暴れだしそうだったので、さすがにまずいと取り巻き女子たちがあわてて止めに入った。
「きっと純子さんは次のページですよ!」「有名フォトグラファーに撮ってもらったんですよね?!」「五ページ分くらいあるんじゃないですか!?」
暴れ馬を落ち着かせる調教師のように、皆がゆっくりと純子に近づく。
取り巻き女子の声で我に返った純子は、自分が澪亜を羨ましがっていると思われていたら心外だという考えに思い至ったのか、周囲を見て、ふうと息を吐いた。
「そうね。私はもっと多く掲載されているはずよね」
さらりと髪の毛をわざとらしく手ですいてみせる純子。
自分は余裕だと思われたいらしい。
「こんなことで怒るなんてバカのすることよ」
手遅れ&ブーメランではあるが、澪亜とちひろ以外のクラスメイトたちはアハハと愛想笑いをしている。敵対したら何をされるかわからないからだった。
「なんたって私は、フランス人の有名フォトグラファーに撮ってもらったんですから。有名フォトグラファーに!」
そう言って自分を鼓舞し、純子は次のページをめくった。
『読モのPIKAREEコーデ術』の見出しがあり、十数名の読者モデルが一人ずつ掲載されている。
取り巻き女子の一人が純子を見つけ、指さした。
「田中さんです!」
コーデ術特集の右端に純子が掲載されていた。
「シャツワンピースのコーデですね」
取り巻き女子の一人が言った。
純子はシャツワンピースにブーツを履いて、ポーズを取っていた。
不自然と言わざるを得ない、笑いすぎな笑みを浮かべている。
背が高いのでスタイルはまあまあよく見えた。
「さすが田中さん」「綺麗ですわ!」「めっちゃいい感じ」
取り巻き女子たちが純子をはやし立てる。
若干気をよくした純子は、胸を張ってばさりと髪をはね上げた。
「このページに載るのは前から決まっていたから、ま、当然よね」
ここですかさずちひろが立ち上がり、純子たちの見ている雑誌に指を当てた。
「田中さん? あれぇ? ずいぶん小さい掲載ですね?」
ちひろが親指と人差し指でサイズを測り始めた。
「手をどけろ! 次のページに私が載ってるんだよ! イライラすること言ってんじゃねえぞこの貧乏人!」
純子が一瞬で怒りの沸点に達し、ちひろの手を払いのける。
が、ちひろはひらりと腕を上げてかわして、涼しい顔で席に戻った。
「本当に有名フォトグラファーに撮ってもらったの? アーティストってあまりお金で動くイメージがないけど……だとしたら変よね? 田中さんがモデルやってるのってお金のおかげでしょう?」
「――ッ!」
純子は顔を真っ赤にしてちひろを睨んだ。
「そんなわけねえだろ。私に実力があるから掲載されてんの。そんなこともわからないんですかぁ?」
「そうなんですか。へえ」
ちひろは肩をすくめてみせた。
彼女はクラスメイトの誰しもが思っていたことを代弁しているにすぎない。
読モをやっているのは羨ましい。
でもそれは父親の財力と権力のおかげ。
そう皆が、心の奥底で少なからず考えていた。
「おい、ページ」
自分が載っていると信じて疑わない純子が、取り巻き女子に向かって顎をしゃくった。
はいと返事をして頭をはたかれた女子が次のページをめくる。
「……はぁ?」
純子が怒りと困惑の声を上げた。
次のページは、澪亜と読モたちが着ていたPIKAREEの洋服だけを並べたページだった。
合わせて小物も紹介している。
「……なん……どういう……、おいどけっ!!」
純子は女子を突き飛ばし、あわててページをめくった。
ぺらぺらとページをめくっても一向に自分の掲載は出てこない。
「なんだよこれ?!」
PIKAREE特集は終わってしまい、モノクロのページになってしまった。
純子は地球外生命体を見たような驚愕した表情で、乱暴な手つきでページをさかのぼっていく。
「なんで、なんで……」
ページが千切れそうな勢いでめくる純子。
鬼気迫る表情に取り巻き女子も何も言えず、ただ後ろでじっとしている。
数秒でページは澪亜が笑顔で写っているPIKAREE特集へと戻ってきた。
「……」
純子はわなわなと全身を震わせ、歯を食いしばって両頬と口角を限界まで吊り上げ、大声を上げた。
「キイイィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!」
それと同時に広げた雑誌のページを両手でつかみ、むしり取って宙へ投げた。
「ふざけんじゃねええッ! おい白豚! てめえ何したんだよ?! あのフランス人の女にてめえが何か言ったんだろ?! どうなんだよおい!」
純子は澪亜を睨んだ。
「いえ、特に何も言っておりません」
至って冷静な澪亜。自分の掲載ページを破られたのがちょっと悲しい。
「何も? ハァ?! じゃあなんで私が載ってないんだよ!」
「それは……」
(ブリジットさんがキャップをつけたまま写真を撮ってたからだけど……それを言ったら……田中さんはショックを受けるだろうし……)
どうしたものかと澪亜は逡巡した。
「その顔何か知ってるんだろ?! 答えろ白豚!」
しんと教室が静まり返った。
ここで返答する資格があるのは澪亜だけだ。
全員が答えを聞こうと、澪亜を見つめる。
(田中さんがスタッフさんを困らせていたのは事実だし、やっぱりここは本当のことを言って反省してもらったほうがいいのかもしれない)
澪亜は父の教えである「真実は時に残酷だが、人に伝えなければならないときがある」という言葉を思い出した。
「田中さん、本当にお答えしてもよろしいですか?」
「言えって言ってんだろ?! 誰に向かって聞いてるんだよ!」
「本当にいいんですね? 少なからずショックを受けるかと思いますが」
「ハァ? 私がショックゥ? おまえみたいなゴミの発言でショック受けるわけねえだろ」
「わかりました。では、お伝えいたします」
決断した澪亜は、瞳に力を込めた。
澪亜のまとっている空気が変わったことに、クラスメイトやちひろは息をのんだ。
「早く言えよ白豚」
「ブリジットさんが撮影していたとき、レンズにキャップがついていました」
「……は?」
純子は訳がわからないと怪訝な顔を作った。
「レンズにキャップがついていたのです」
キャップがついていたら写真は撮れないよね、と理解したちひろ、クラスメイト、取り巻き女子は「え?」と目が点になる。
「ブリジットさんは最初から田中さんを撮るつもりはなかったようです。大変失礼な言い方になるのですが、撮影に割り込んできた田中さんに皆さん怒っておいででした。だからブリジットさんがキャップつきでシャッターを切っていても、誰も何も言わなかったのだと思います」
「……」
「田中さん、次回からはもう少し皆さんの気持ちを慮って行動をしたほうが――」
「うるせえぇぇぇぇええええぇぇぇっ!」
「――!」
純子がビンタを繰り出した。
澪亜は咄嗟に結界魔法で頬をガードする。
パン、と音が鳴り響き、皆から澪亜は叩かれたように見えた。
「ちょっと田中! 何するのよ!」
ちひろが立ち上がって澪亜の肩を抱いた。
「うっせえ貧乏人!」
純子はかまわず叫び、また澪亜の叩こうとした。
しかし、ちひろに眼光鋭く睨まれ、かなわないと察したのか舌打ちをし、ダンと足を踏み鳴らした。
「おい白豚っ! てめえ本気で許さねえからな! あのフランス人の女もぜってーに潰してやるっ! 潰してやるっ! くそくそくそくそ!」
純子は顔をトマトみたいに赤くし、破った雑誌を地面に叩きつける。
自分の席に戻って鞄を取ると、ガン、ガン ガンと机を三つほど蹴り転がし、そのまま教室を出ていった。
取り巻き女子たちがあとを追いかけ、教室内は静かになった。
(これでよかったのでしょうか……)
「澪亜さん、大丈夫?」
ちひろが顔を覗き込んでくる。
「はい、大丈夫です。あの、咄嗟に……顔をそらしましたから。音だけですよ」
「顔に腫れはなし。よかった、澪亜さんの顔に傷ができなくて……近くで見ると可愛さパない」
心から安堵するちひろ。ついでに心の声が漏れている。
澪亜は後半の声は聞こえず、彼女の優しさに胸が熱くなった。
「ありがとうございます、ちひろさん」
「いいんですよ。友達ですから」
そう言ってちひろはクラスメイトをぐるりと見回した。
「さ、皆さん。もうすぐ始業です。片付けを手伝ってくださいませ」
ちひろが委員長らしく号令をかけると、クラスメイトたちも動き始めた。澪亜も手伝う。
やっと本来の朝の空気が戻ってきた。
千切られた雑誌の破片を拾い集め、机をもとの位置に直すと、ちひろが思い出したかのように爽やかな笑顔で口を開いた。
「皆さん、田中さんはこれぐらいでしたわね?」
ちひろは親指と人差し指で純子の掲載サイズを作った。
クラスメイトたちは困った顔を作ったり、笑いをこらえたりした。
あまり茶化すのも純子に悪いからであろう。
「あの人も困った方ですよね、本当に」
ちひろが明るく冗談っぽく言ったおかげで皆は気持ちがすっきりしたのか、穏やかな顔つきになって席についた。
「あの、ちひろさん。もう少し大きかったように思うのですが……おそらくこれくらいかと」
どこまでも真面目な澪亜。
細い指で純子の掲載サイズを正確に再現する。
澪亜がそんなことを言うものだから、ちひろと笑いをこらえていた数名がぷっと吹き出した。
「澪亜さん、やるわね」
「え? え? 私何か変なことを言ってしまいましたか?」
「いいのよ。澪亜さんはずっとそのままでいいのよ」
ぽんぽんと肩を叩かれ、澪亜はよくわからずに小首をかしげるのであった。
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