第16話 澪亜の評価
それから衣装を五回着替えて、撮影は終了した。
澪亜は制服姿に戻って一息ついた。
失敗してなんぼ、やってこい、というドワーフの教え通り、思い切りできたと思う。
(なんとか終わった……緊張したけど、これでよかったみたい。ジョゼフさんすごく喜んでくださっているし……)
『オーララ! オーララ! なんて! なんて素晴らしい写真なんだ!』
遅れてやってきたジョゼフが両手を広げて、くるくるとダンスを踊るようにスタジオで回っている。
変なデザイナーだが、イケメンフランス人なので何をやっても絵になった。
普段であれば「うるさいわね」とツッコむブリジットも、このときばかりは興奮を隠せないらしい。
『レイアをうちの看板モデルにしましょう。いえ、やっていただきましょう。ああ……なんて素晴らしいひとときだったのかしら。一瞬意識が飛んだもの』
意識が飛んだのは癒やしスキルのせいだろう。
「この写真いいな」「可愛いわぁ……」「美しいだろ?」「神々しいよね」
ブリジットの撮った写真はタブレットに出力され、全員が見れるようテーブルに置かれている。
見ているスタッフたちもいい仕事ができたとご満悦で、どれを雑誌に掲載するかと熱く話し合っていた。
「平等院さんですね?」
「はい。そうでございますけれど……?」
パンツスーツの女性が近づいてきて、名刺を差し出そうとした。
「わたくし、芸能事務所の――」
「ちょっと待ったぁ!」
「お待ちください!」
すると、スタジオにいた別の女性二人が割って入ってきた。
スーツの三人は我先にと澪亜へ名刺を出そうと揉め始めた。
私が、私が、とついには睨み合いをしだした。
(えっと、芸能事務所の方? 他のモデルさんのマネージャーさんでしょうか?)
よくわからず首をかしげる澪亜。
『君たち! レイア姫はこれから僕と宇宙を救うんだ! 勧誘しないでくれないか?!』
くるくる回っていたジョゼフが三人の女性に割り込んだ。
『またあとでゆっくり話そう、レディ諸君』
ジョゼフがキザったらしく一人ずつ手の甲にキスをしていく。
顔を赤くして、スーツの女性三人は名刺を内ポケットに収めて身を引いた。
ジョゼフは彼女たちが去っていく姿を見届けると、座っている澪亜のもとへやってきて、膝をついた。
『遅れてすまなかったね。君の頑張りは写真を見てしっかり伝わったよ』
ジョゼフが白い歯を見せて手を差し出す。
『まあ……』
澪亜は上品な所作で右手を出した。
手の甲にキスをされて頬が赤くなるも、ジョゼフが褒めてくれたことがとにかく嬉しかった。
『ジョゼフさん、ありがとうございます。私なんかにモデルができるか、自信がなかったのですが……その、やってみてとてもいい経験になりました』
澪亜は右手を引いて、胸に抱いた。
『君はとても美しくカメラに映っていたよ』
『そうでしょうか? そうだったらいいのですけれど……』
澪亜が困ったような笑みを浮かべ、ジョゼフはふっと笑った。
『君の価値を君が一番わかっていないようだね。でもいいさ。自信というのは、一つ一つの成功で見についていくものさ。これからも一歩一歩、前進していくといいよ』
『はい!』
澪亜はジョゼフの言葉に大きくうなずいた。
(やっぱりすごい人だなぁ……私に自信がないことをわかってるのに、誘ってくださって……優しい言葉をかけてくれる……)
『これが今日のギャランティだよ。受け取ってくれたまえ』
ジョゼフは立ち上がり、ジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。
『え? いえ、いえ、受け取れませんよ。私のような素人を採用してくださって……この場に来れただけでも光栄です』
お金をもらえると思ってなかった澪亜は驚いて固辞した。
『レイア、この場にいるのは全員プロだよ。そのプロたちが、君の仕事は完璧だったと言っているんだ。それをギャラなしでは、みんなの顔に泥を塗るのと一緒さ』
ジョゼフがさらりと言って、自然な動作で封筒を澪亜に握らせた。
澪亜は厚みのある封筒に目を落とした。
(多分、かなりの金額だよね……本当にいいのかな……)
すると、撮影画像を見ていたブリジットがやってきて、金髪をかき上げながら、澪亜の瞳を覗き込んだ。
『レイアは素晴らしい働きをしたわ。ぜひ受け取ってほしいの』
『いいのでしょうか……?』
『あなたは最後までピュアなのね』
にこりと笑い、ブリジットが澪亜の髪をさらりと撫でた。
『ジョゼフの言っているとおりよ。受け取ってちょうだい』
『……わかりました。ありがとうございます』
澪亜は丁寧に一礼した。
(おばあさまの苦労が少しでも減ればいいな)
封筒の重みを確かめ、祖母鞠江の喜ぶ顔を思い浮かべた。
年金とわずかなピアノレッスンの授業料で家計を支えてくれた鞠江の役に立てればと思う。もっとも、鞠江は金銭よりも、澪亜がモデルを通じて成長したことを喜びそうだが。
ジョゼフとブリジットは澪亜の嬉しそうな表情を見て安堵し、顔を見合わせて笑った。
『あ、そうそう。雑誌の発売は三週間後だよ?』
ジョゼフが思い出したように言った。
『君の家に送るからよろしくね』
ジョゼフにウインクをされ、澪亜は嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになった。
(私、雑誌に載るんだ……! すごい! ちひろさんとおばあさまに見てもらいたいよ。みんな、なんて言うだろう……ちょっと怖いけど、楽しみでもあるな……)
癒やしのオーラをビシビシ出しながらそんなことを考える澪亜。
幸せな気持ちで初めてのモデル業は終わった。
◯
三週間後、雑誌が発売された。
学校に到着すると、早速ちひろが黒髪を揺らしながら、いそいそと鞄を開いて雑誌ティーンズを机に開いた。
「澪亜さん。私、電車の中で見るのをずっと我慢していたんですよ。楽しみだわ」
「はい。一緒に見ようという約束でしたものね」
澪亜はうふふと楽しそうに笑った。
ちひろは「百万ドルの笑顔ここにあり!」と脳内でひとりごちて、分厚い雑誌をゆっくりと開いた。
「澪亜さんはどこだろう――」
ちひろは長い黒髪を耳にかけ、素早くページをめくる。
見るのを本気で我慢していたらしい。
「途中の特集ページかと思います」
澪亜が頬を赤くして言った。
ちひろとの約束で澪亜もまだ見ていない。
そわそわしてきて、指を何度も組み合わせては離した。
自分がモデルとして雑誌に出ていることも信じられないし、ちひろが見てくれるのもどこか恥ずかしい。
「そろそろでしょうか?」
ちひろがぱらぱらとページをめくっていく。
始業前の教室にはクラスメイトが半分ほどいた。
数名がちひろの席へ集まってくる。
「委員長どうしたのです?」「ティーンズですの?」「田中さんが読モで掲載されているはずですけれど」
ちひろは手を止め、ドヤ顔で口を開いた。
「いえいえ、澪亜さんが超有名デザイナーにスカウトされて、新ブランドの看板モデルとして掲載されているんです」
ちひろの言葉に、皆が息を飲んだ。
お金持ちご令嬢でもモデルになれる才能があるとは限らない。
やはりモデル業は、女子たちの憧れであった。
(皆さんに注目されてる……ああ、ちひろさん、そんな期待した目を向けられると……)
恥ずかしさが頂点に達してしまい、澪亜は両足をこすり合わせてもじもじし始めた。
「あ、あの、初めてでしたので上手くできたかは……その、保証しかねますので……あまりご期待しないでくださいませ……」
顔を真っ赤にして澪亜が言った。
集まったクラスメイトのご令嬢たちが澪亜を見て逆に頬を赤らめて、顔をそむけた。
「胸が切ないですわ」「平等院さん……やはり素敵な方だったのですね」「田中さんのせいであまり話してこなかったのが悔やまれますわ」
ちひろは澪亜を見て「Oh……」と鼻の奥をつんとさせた。
恥じらう澪亜に鼻血が出そうなようだ。
この学級委員長、大丈夫だろうか。
「おほん……さ、いきますよ、皆さん」
ちひろが鼻に力を入れつつ、ぱらりとページをめくった。
『有名デザイナージョゼフが手がける新ブランド“PIKALEE”特集!』
そんな見出しがまず目に飛び込んだ。
「――ッ!」「まあ!」「平等院さん?!」「素敵っ!」
そして特集ページの表紙は、澪亜がウサちゃんについて話している姿が映し出されていた。
本を片手に楽しそうに微笑んでいる。
白いコーデュロイのセットアップ姿はカジュアルでありつつ、上品さも失われていない。
十代の魅力が存分に引き出される服だ。
この一枚しかない。
そう言い切れる瞬間を激写した一ページであった。
「――ッ! ――ッ!」
ちひろはガチめに鼻血が出そうで、咄嗟に鼻をつまんだ。
「澪亜さんが私の知らないところに行ってしまったような……。でも、嬉しいです。本当に素敵ですよ、澪亜さん!」
ちひろが鼻をつまみながら言った。
いつも一緒にいる澪亜が遠くの存在に思え、寂しくもあり誇らしくもあった。
「あの……ありがとうございます……」
澪亜は顔が赤いまま、一礼した。
(私が……本当に私が載ってます……!)
「委員長、次のページに行ってくださいませ」「そうですわ」
そんなクラスメイトの声に後押しされ、ちひろがページをめくった。
澪亜が五種類のコーディネートで、見開き二ページ分掲載されている。
これにはちひろとクラスメイトもうなった。
どれもこれも可愛く、上品である。
洋服はカジュアルさもあって普段使いもできそうなデザインだ。
澪亜が着ることによって、ブランドの魅力が最大限に引き出されていた。
「こちらのコーデ、素敵ね」「私はブラウスとこちらのスカートを合わせたいわ」「私はこちらを――」
女子たちはどれが自分に合うか、目を皿にして探し始めた。
そこへ、騒がしくしゃべる声が教室に響いた。
「今日が雑誌の発売日でさぁ〜、私が特集の表紙なんだよね」
田中純子がばっちり決めたヘアメイクをわざとらしく手で跳ねさせ、どさりと自分の席に鞄を置いた。
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