第13話 どうやらモデルらしい
澪亜は純子から離れた席に座った。
(田中さん……学校で読者モデルの撮影があるって言ってたけど、まさか一緒だったなんて)
澪亜はちらりと純子を見た。
純子が睨んでくる。
「なんなの? あんたなんでここいにいんの?」
イライラした様子で、純子が足を組み替えた。
彼女は流行のシンプルガーリー系のワンピースを着ている。靴は親に買ってもらったのか、ブランドものの高級なレザーブーツだ。
パッと見は、それなりに美人なJKとして人気が出そうな女の子、という感じではあるが、態度の悪さを知っている業界人からの評価は低い。
親のコネと権力があるため、無碍にできないところも厄介であった。
本人としては実力でここまできたと信じており、雑誌のレギュラーを獲得できると確信している。残念ながら評判と実力も足りていないため、雑誌関係者がのらりくらりとレギュラーメンバー入りすることを断っているのが現状であった。わがままな純子は切りたいが、田中グループの広告は捨てがたい。そんな状態だ。
「はあ……貧乏人はこれだから……。制服で来るとかあり得ないし」
純子は最前線のモデル気取りで、澪亜を鼻で笑った。
「やはりそうでしょうか」
(そうだよね……皆さん制服でもいいよって言ってくれるけど、休日だし、よくなかったかな)
全然そんなことはないのだが、一度気になるとずっと気になってしまうのが洋服の怖いところだ。
「バカなの? 現場にはオシャレして来るの当たり前でしょ。てかなんでここにいんの?」
「ご縁があってお呼びいただきました」
「はあ? ごえん〜?」
純子がスマホを机に放り投げて、じろりと澪亜を睨んだ。
「あんた本当に調子乗ってんね? ちょっと痩せたぐらいで声がかかるとかあり得ないし」
「いえ、デザイナーのジョゼフさんと偶然お知り合いになって――」
純子が机をバンと叩いた。
他の読者モデルたちが、一斉に純子を見た。
「ジョゼフって誰も会ったことないの。どんな人かほとんど知られてないし、デザイナーの名前だけが独り歩きしてんの。私がパパにお願いしても会えないんだから、あんたみたいな没落貧乏クソ令嬢が会えるわけないだろ」
純子が吐き捨てるように言った。
(また邪悪探知が反応してる……)
澪亜は純子の中に渦巻いている悪意を感じた。
「どうせ胸の脂肪でもオッサンに触らせて、読モやりたいって言ったんだろ?」
「胸の脂肪?」
澪亜は何のことかわからず、小首をかしげた。
「ハッ。あんたみたいな初心者はゴミみたいに小さい写真しか載らないから」
純子はせせら笑い、放り投げたスマホを手にとって、SNSに投稿する文章を打ち始めた。
内容は『これから撮影‼ 緊張すっごいけど頑張ります♡』とか打っている。
椅子にふんぞり返っているので文章と行動がまったく合っていない。
それとなく会話を聞いていた他の女の子たちも、スマホをいじり始めた。純子が気に入らない女子に絡むのはいつものことらしい。一人、初めて撮影をするらしい子はびっくりして固まっていた。
(小さく掲載されるだけでも、頑張ろう。きっといい経験になるよ)
前向きな澪亜。
「もう帰ったら? あんたいる意味なくない?」
純子がスマホから顔を上げずに言った。
「いえ、ご依頼を受けた以上、帰りません」
「……チッ」
純子が聞こえるように舌打ちを打った。
やめなさい、と言いたい。
イヤな空気のまま時間が経過し、スタッフの小笠原が部屋に入ってきた。
「皆さんの出番です。名前を呼んだら来てくださいね。あちらで着替えていただきます」
ボブカットの小笠原が名前を呼んでいく。
順場に呼ばれて退室し、純子も呼ばれた。
去り際に澪亜の座っている椅子を蹴って、退室した。
(まあ……)
さすがの澪亜も不快に思った――と思いきや「痛くなかったでしょうか」と純子の足を心配した。
十分ほど時間が経過すると、小笠原が澪亜を呼びにきた。
「おまたせいたしました。澪亜さん、こちらです」
「はい」
澪亜は立ち上がって、更衣室に案内された。
「澪亜さんはこちらを着てください」
白を基調としたコーデュロイミニスカートのセットアップだ。
インナーにはセーターを合わせるようだ。
「かしこまりました」
(なんて素敵なお洋服……ジョゼフさんがデザインしたのかぁ……すごいな)
澪亜はハンガーにかけられた服を手に取った。
「はい。着替えてくださいね」
「わかりました」
「……」
「……」
澪亜は更衣室から出ていかない小笠原を見て、小首をかしげた。
「あの、小笠原さま? どうかされましたか?」
「いえ、着替える姿を見ようかと思いまして」
しれっと言うスタッフ小笠原。
「澪亜さんスタイルいいじゃないですか。瞳に潤いをいただこうかなと」
「いえ、いえ、ダメです。恥ずかしいので退室してくださいませ」
澪亜が持っている服で身体を隠した。
「ピュアだな〜。癒やされるな〜。あまり困らせるとブリジットさん怒るな〜」
小笠原はそんなことを言いつつ退室し、「着替え終わったらスタジオに着てくださいね」とドア越しに伝言して去っていった。
「はい。承知いたしました」
(よかった)
澪亜は安堵して着替えを始めた。
◯
コーデュロイミニスカートのセットアップに身を包み、澪亜は鏡を見た。
(素敵……痩せてこんなふうに服が着れるなんて……)
身体をひねって何度も確認する。
ミニスカートはほとんど穿いたことはないが、いつも異世界で着ている聖女装備が結構短いスカートなので、そこまで違和感はない。
(行きましょう……!)
澪亜は更衣室から出て、スタジオへ向かった。
失礼しますと扉を開けると、すでに読者モデルたちの撮影が始まっていた。
(田中さん、ポーズが決まってる)
純子が椅子に座って笑みを浮かべている。
カメラマンが「もうちょっと自然に」と言ってシャッターを切る。
純子がむっとした顔を作ると、パンツスーツの女性があわててカメラマンに耳打ちをした。
「……」
企業の令嬢と聞いて、カメラマンがわざとらしい笑顔を貼り付けて「いい感じです」とシャッターをパシャパシャ切る。
純子が得意満面といった具合で、ポーズを取っている。
「読者モデルのコーナーは高校生が新しいブランドを着たらこうなる! というものですよ。十名で2ページを使う予定です」
「あ、小笠原さん」
話しかけてきたのは小笠原だ。
続いてカメラをぶら下げたブリジットが楽しげにやってきた。
『ブラボー、レイア! ジョゼフが選んだ女性だけあるわね。あ、ジョゼフはそのうち来ると思うわ』
『素敵な洋服に感激しています』
澪亜が言うと、ブリジットが笑顔になった。
『さ、早く撮りましょう。右のセットを使うわよ』
ブリジットが澪亜の手を取って引いていく。
小洒落た部屋のセットが建てられていた。
『え? あの、ブリジットさん? 私も読者モデルなのであちらの皆さんと一緒なのでは?』
澪亜の言葉に、ブリジットが振り返って肩をすくめた。
『澪亜はモデルとして呼ばれたのよ? 読者モデルではないわ』
『え? ええっ?』
(ど、どういうことだろう)
手を引かれ、理解できずにいると、小笠原が補足してくれた。
「あれ、聞いていないのですか? レイアさんは読者モデルではありませんよ? 新ブランドPIKALEEコーナーの表紙になる予定です」
「表紙! 私がですか?!」
澪亜が思わず大きな声を上げた。
「もちろん雑誌の表紙じゃないですよ。コーナーの表紙です。1ページどどーんと使いますので、ご期待ください」
(ジョゼフさん! そんなこと聞いてませんよ〜!)
澪亜はブリジットに手を引かれ、スポットライトの当たるセットへ入った。
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