第11話 撮影へ行こう
ジョゼフから依頼されていた撮影日の当日となった。
迎えはいりませんと断っている。電車で行くつもりだ。
都内までの電車賃を鞠江からもらい、純白の制服に着替える。
本当は私服で行きたかったのだが、太っていた頃の服しかないため制服にした。さすがにだぼついた服を無理矢理着こなして都内に行くわけにはいかなかった。
(私が読者モデル……できるんでしょうか?)
ふとした不安が頭をもたげる。
澪亜は世渡りの鏡に映っている母親譲りの亜麻色の髪、整った目鼻立ちを見て、弱気になってはいけないと首を振った。
(ダメダメ。シュミットが言っていた。失敗してこいって。だから、怖がる必要なんてないんだ)
むんと両手を胸の前で握り、可愛らしく気合いを入れる。
「……」
さらに、むんと気合いを入れる。
「……」
(ああーん)
気合いもむなしく不安になったのか、澪亜はその場で足踏みをして鏡に飛び込んだ。
ぬるりとした感触とともに目の前が神殿の白い部屋になった。
「ウサちゃーん」
澪亜が呼ぶとウサちゃんがすぐに白い部屋へやってきて、そのまま澪亜の胸に飛び込んだ。
もふっとした柔らかさと温かさに澪亜の心はすぐに和んだ。
「ウサちゃん元気を分けてください」
「きゅっ」
澪亜がウサちゃんの横腹に顔を埋める。
ウサちゃんはしょうがないねご主人さまだね、と耳をぴくぴくさせた。
「ウサちゃんのお腹はお日様の匂いがしますねぇ」
「きゅう。きゅっきゅう」
「まあ、日向ぼっこを毎日しているからですって? そうですね」
澪亜はにっこりと笑い、ウサちゃんをもふもふと撫でた。
きゅうとウサちゃんが鳴く。
すると、ドワーフのシュミットがずんぐりした身体を部屋にのぞかせた。
どうやらウサちゃんを追ってきたらしい。
「レイアか?」
「シュミット。ごきげんよう」
「おう」
早朝から一仕事してきたのか、シュミットは腕まくりをしており、袖に土がついていた。
現在、ララマリア神殿を人類の拠点にすべく、ドワーフたちで施設を建てている。
まずは先行してやってくる冒険者が住むための住居。それから武器を作る鍛冶場。その他は必要に応じて作る予定だ。
「その様子だと怖気づいたみたいだな」
シュミットは彫りの深い顔に笑みを浮かべた。
「まあ……お見通しですね」
澪亜は恥ずかしくなって顔を伏せた。
シュミットはポーチから使い込んだ金槌を取り出し、前に掲げて、ぶんと振ってみせた。
「レイアなら大丈夫だ。できる」
自信に満ち溢れたシュミットに言われ、不思議と自分もできる気がしてきた。
「――はい!」
シュミットと力強い言葉に澪亜はうなずいた。
(よし。行こう!)
異世界で励ましの言葉をもらった澪亜は現実世界に戻った。
ウサちゃんは神殿に残ると言ったので、向こうに置いてきた形だ。
幸運値が77777のウサちゃんがいれば不幸な事故は起こらないだろう。澪亜も安心して出かけられる。ウサちゃんもそれがわかっているらしい。賢い聖獣であった。
澪亜は居間に下り、財布にお金が入っていることを確認して、玄関で革靴を履いた。
そして鞠江のいる居間へ顔を向けた。
「おばあさま、いってまいります」
「いってらっしゃ~い。フランス人に口説かれないようにね〜」
「ジョゼフさんはフィアンセがいますよ」
「じゃあ日本人に気をつけなさいね〜」
鞠江はタブレットからちらりと目を向け、すぐに戻した。Yチューブにハマっているので、毎日こんな具合だ。
「もう、おばあさまったら」
楽しみがあるのはいいことだと澪亜は笑った。
◯
電車を乗り継いで都内にやってきた。
妙に視線を感じる。
澪亜は日曜日なのに制服で電車に乗っているせいだと思った。
(やっぱり私服で来るべきだったかな……?)
亜麻色の髪、端正な顔、抜群のスタイル。
普通に生活していたら滅多にお目にかかれないほど美少女の澪亜は目立ちまくっていた。制服とか私服とかほぼ関係ない。
この場にちひろがいたら「言えない……みんな澪亜さんを見てるなんて……」とつぶやいただろう。
(うーん、あと……なぜか妙に道を聞かれるんだよなぁ。観光客が多いのかな?)
澪亜は改札を出て、雑踏を歩きながら小首をかしげた。
澪亜の美しさに惹かれたチャラい男たちがナンパしようと「あの、ちょっといいかな?」と話しかけ、ナンパだとは思わない澪亜に「道に迷ったのですか?」と返されることが三度繰り返された。
男たちは澪亜の声を聞くと必ず二秒ほど固まった。
そして意識が起動すると、妙に和んだ表情で「そうなんです。あ、でも、大丈夫。ありがとう」と言って去っていった。
(スマホじゃ調べられない道もあるみたいだしね)
澪亜は歩きながらひとりごちる。
ナンパ男が撤退する癒やしのオーラは強烈だった。
(私も都内はあまりわからないんだよね。いつも車だったから……)
元お嬢さまらしい感想であった。
考えていると、目的地に到着した。
撮影スタジオのあるビルだ。
比較的新しい建物なのか、外観は綺麗で一階から三階までがガラス張りになっている。
(ビルの名前は……合ってる。ここだね……。よし、行こう……)
澪亜はウサちゃんのもふもふ、シュミットの言葉を思い出し、ビルの自動ドアをくぐった。
受付で名前を言うと、待合席でお待ちくださいと言われた。
(受付の人、私の顔を見てびっくりしてたみたい……私みたいな素人がモデルで驚いたのかな? あ、やっぱり制服がよくなかったのかも。でもこれ以外にちゃんとした服はないし……)
受付嬢は澪亜の可憐さに驚いただけである。
姿勢良く座って待っていると、エレベーターからフランス人らしき金髪の女性が下りてきた。彼女は澪亜を見つけると、ビシリと音が鳴ったように固まった。
(フランス人? ひょっとしてジョゼフさんの関係者の方?)
澪亜はさっと立ち上がって丁寧に一礼した。
「Bonjour」
流暢なフランス語で挨拶をする澪亜。
その声に女性は我に返って、「オーララ!」と笑顔で澪亜に駆け寄った。
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