第9話 神殿へようこそ


 澪亜はドワーフたちに感謝して一礼し、シュミットを見た。


「シュミットさま。先ほどの答えですが、私は――聖女です。名前を澪亜と申します」


(職業は聖女になってるものね……あまり自覚はないけど……)


 律儀に澪亜はステータスボードを出し、皆に見えるよう前へ出した。


 食い入るように見つめたドワーフたちは、職業:聖女という項目に釘付けになり、互いに顔を見合わせ、一斉に跳び上がった。


「うおおおおおおおっ!」「聖女さま!」「聖女さまがいたぁぁ!」「すげえええ! やべええええ」「半端ねえ!」「とんでもねえ美人んんんん!」「可愛いいいいっ」


 男性ドワーフは互いに肩パンし合っている。学生のノリだ。


 女性ドワーフは澪亜を見て可愛いと言いつつ、アイテムボックスから画用紙を取り出し、デッサンを始めている。「型を作って武器の柄にする!」と息巻いていた。


 ドワーフは基本テンション高めであった。

 ウサちゃんもなぜかぴょんぴょん跳んでいる。


(聖女は可愛い職業なのでしょうか……?)


 澪亜はまったくわかっていない。

 喜んでいるドワーフたちを見て微笑みながら小首をかしげる。


 リーダーのシュミットだけは冷静に聖女であることを確認し、澪亜に深々と一礼した。


「聖女レイアさま……俺は、あなたに会いに、ここまで来た……」


 シュミットは感激に喉を震わせた。


「俺たちドワーフは、聖女さまと仕事をする……それをずっとずっと夢にしていた。だから、こいつらも俺についてきてくれたんだ……。助けてくれて、ありがとうございました……」


 涙を我慢して、シュミットがたどたどしく言った。


 豪快な人物であるシュミットが恐縮した声を出しているものだから、他のドワーフたちも感動し、手を止めて深く頭を下げる。


「まあ……」


 澪亜は聖女という職業がここまで必要とされている事実に驚き、うなずいた。


 自分が誰かの役に立てる。


 今まで役立たずであった過去を思い返すと、誰かに必要とされることに胸が熱くなった。


「こちらこそ、間に合ってよかったです」

「聖女さま……本当にいたんだな。ゼファーのバカが言ってたのは嘘じゃなかった」


 シュミットがつぶやいた。

 澪亜はゼファーの名前に反応した。


「あら? ゼファーとお知り合いですか?」

「あいつとは幼馴染なんだ。バカなやつだけど芯がある。ドワーフ族に迎え入れてもいい」

「まあ。ゼファーは無事に王国へ到着したのですね? エルフ族のフォルテという美人な女性も一緒でしたか?」


 澪亜は心配になってフォルテの安否も確認した。


「ああ、あのコンビは元気だった。もうすぐこっちに来るぞ」

「そうなのですね。では、皆さまは先行してこちらにいらっしゃったのですか?」

「それが……」


 シュミットが言いづらそうに顔を伏せた。


 独断専行で勝手にやってきて、聖女の手を煩わせてしまった手前、バツが悪い。


 澪亜はひとまず話しの先を聞くのはやめ、後ろにいるドワーフたちへと目を向けた。


「ここで話すより、一度神殿にまいりましょう。おけがが治っていない方はいらっしゃいますか?」


 澪亜の質問に、ドワーフたちは同時に首を横に振る。

 聖女の治癒魔法はあり得ないレベルの回復力であった。


 腹を貫かれた剣士は致命傷。シュミットにいたっては傷ついたまま動き回っていたので、失血死の手前である。皆、死を覚悟していた。


 治癒の回復力も彼らが澪亜を聖女だと信ずるに値しているのか、皆の顔は明るい。


(本当に大丈夫かな? シュミットさまはかなりの深手を負っていたみたいだし……)


 澪亜は、シュミットへと近づいた。


 背は澪亜と同じぐらいで、筋骨隆々だ。

 革鎧に黒いマントを装備している。


(意匠をこらした一品ですね)


 澪亜は革鎧にデザインされたハンマーと剣の紋章を見て感心した。


(それよりも……)


「傷口を見せてくださいませ」

「え? あの……聖女さま?」

「いいからお見せくださいませ。完全に治っていないかもしれません」

「大丈夫だけど」

「お腹のあたりにひどい傷口があったはずですよ。そちらを見せてくださいませ」


 澪亜の目は真剣だ。

 整った顔立ちに乗った大きな鳶色の瞳がまたたいた。


 シュミットは美しい澪亜にどぎまぎして顔を赤くし、大胆なデザインの聖女装備を見て目を逸らした。今さら気になり始めたらしい。


「さあ、お腹をお見せくださいませ」


 ずいと澪亜が詰め寄る。

 他人のためとなると恥じらいがなくなるらしい。


「お、お、おおぉ」


 シュミットは観念して革鎧の腹部を外して、服をめくり上げた。


「ふむ、ふむ。鑑定――。なるほど、大丈夫なようですね」


 澪亜の指がシュミットの腹筋を撫でる。


「は、はい」


 ドワーフたちは固唾をのんで見守っていた。


(完全にふさがっていますね。治癒魔法はすごいです。外科医はいらなくなりますね……)


 澪亜はそんなことを考えながら指を離し、お手数をおかけいたしました、とシュミットに礼を言った。


 解放されたシュミットはふうとため息を漏らした。


 伝説の聖女に腹筋を撫でられる体験は、どう表現していいかわからないものであった。



      ◯



 澪亜はウサちゃんと一緒に、ドワーフたちを神殿へ案内した。


 途中、魔物が何度か襲ってきたが、澪亜の結界に弾かれてどこかへ消えた。

 魔石はアイテムボックスに回収している。


「おおお!」「これがララマリア神殿!」「すっげえ。すっげっぞ!」「素敵ね」


 ドワーフたちは闇夜に浮かぶ純白の神殿を見て、熱っぽい声を上げた。


(頑張ってお掃除したかいがあったなぁ。神殿さんも喜んでいるみたい)


 澪亜は自分が掃除した神殿を誇らしく思った。


 ララマリア神殿は地球にあったら間違いなく世界遺産認定されるであろう気品と歴史を兼ね備えている。それでいて、どこかほっとする空気を持っていた。


(不思議な神殿ですね……)


 澪亜は笑みを浮かべ、手を広げた。


「私が間借りしているララマリア神殿です。どうぞこちらへ」

「きゅう」


 ウサちゃんが「君たち、特別だよ」と鼻をぴくぴくさせている。

 澪亜はウサちゃんの可愛さにくすりと笑い、扉を開く。


 浄化音符の明かりを礼拝堂に入れ、ドワーフたちを導いた。


(皆さん長旅をしてきたんだね……服が汚れている……)


 明るい室内で落ち着いてドワーフたちを見ると、確かに彼らの服は旅塵で汚れ、マントはボロボロであった。


「こいつぁ……すげえ」「イメージのはるか上をいくな……」「デッサンしないと」「どこ座ったらいいんだ?」


 美しい礼拝堂に気後れして、ドワーフたちはどこにいていいのかわからず、入り口付近に突っ立っている。


 リーダーのシュミットも困惑していた。


(まずは洗濯ですね――それじゃあ)


「浄化音符さぁん」


 澪亜が楽しげに言うと、シャラーンと浄化音符が登場した。


「調理場から大瓶おおがめを持ってきてください。亀はいない? ああ、そうではなくて、そうそう、私のイメージしている、そう、大きな壺です」


 なんとなく意思疎通のできる浄化音符に指示を出す。

 黄金の軌跡を残し、トルコ行進曲を奏でながら大量の音符が礼拝堂から出ていった。


 先ほどから話しかけたそうであったシュミットが、口を開いた。


「聖女さま。あの魔法はなんだ? 音符みたいなマークが浮いてるけど」


 シュミットがひげを撫でる。

 この世界にも音楽があり、音符記号も存在していた。


「レイアで結構ですよ、シュミットさま」

「お、そうか、レイア。俺もシュミットでいいよ。さまはいらねえ」


 ドワーフは互いに名前で呼び合うのが習慣の部族だ。


 彼らは認めた者しか名前で呼ばず、仲が良くない相手には◯◯宿屋の次男とか、××武器やのオヤジとか、そういった別称で呼ぶ。


 澪亜を認めているシュミットは名前呼びを抵抗なく受け入れて答えた。


「さまを付けられるとこの辺がむずむずするぜ」


 シュミットは喉仏のあたりを指でさす。

 いや普通背中じゃね? と仲間の何人かが言っている。


 澪亜は名前呼びが少し恥ずかしかったのか、頬をちょっぴり染めて、白い歯を見せた。


「シュミット……で、よろしいですか?」

「ああ。ドワーフってのは名前で呼び合うもんだ」

「そうですか。ふふふっ……ドワーフさんは素敵ですね」


 澪亜が心に染み渡るような微笑みを浮かべる。

 シュミットは「ゔっ」と何やら感じたことのない胸のうずきを覚えた。


 他のドワーフたちも澪亜の微笑みを見て「なんだこのキモチ」「胸がちくちくするわ」「酒飲んでねえのに顔熱いぞ」など言っている。


 澪亜は皆の反応には気づかず、浄化魔法を音符の形にしたと説明を入れた。

 ドワーフたちは、聖女さま規格外すぎだろ。普通魔法の形って決まってるよな? などの考察をし始めた。


 そうこうしているうちに浄化音符が壺を三つ持ってきたので、澪亜はたっぷりと聖水を作った。


「汚れているお洋服は聖水で洗ってくださいませ」


 ドワーフたちは目が点になった。

 何言ってんだこの人、と思考停止し、そして、


「いやいやいやいや、聖水で洗うぅ?」


 と声を揃えて言った。


 澪亜はドワーフたちの反応がわからず小首をかしげた。


「はい、そうですよ? 聖水で洗うと汚れが綺麗に落ちますから」

「きゅっきゅう」


 壺の縁に飛び乗って、ウサちゃんが土で汚れた前足を入れた。

 そして前足をちゃぷんと取り出す。白くてもふもふになっていた。


「きゅうきゅ?」

「ほらね?」


 澪亜とウサちゃんが嬉しそうに言った。

 シュミットがあわてて鑑定を使い、げえと野太い声を上げた。


「いやマジで聖水だぞ?! これ全部!」

「ええええっ?!」「はああああっ?!」「全部ぅぅぅっ?!」「うせやろ!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めるドワーフたち。

 シュミットが澪亜の目を覗き込んだ。


「聖水って金貨よりも価値があるんだぞ!? それを汚え服洗うのに使ったらもったいないだろ?! ここぞってときまで取っておいたほうがいい!」

「そ、そうなのですね?」


 知らなかった澪亜は困惑した。


「でも私、いくらでも出せますよ」


 澪亜が杖を振ると、空中に聖水のかたまりが浮かぶ。


 シュミットはふよふよと浮かぶ水球にゆっくりと鑑定をかけ、びしりと固まった。


「ね?」


「せ、聖女さまやべえええええええぇええぇえっ!」


 シュミットの声が礼拝堂にこだまし、澪亜は「ひゃあ」と声に驚いて跳び上がった。

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