第8話 あなたの職業は


 澪亜は魔物に襲われている集団を見て、即座に浄化音符を放った。


(ファンタジー映画に出てくるドワーフ? 皆さん傷ついている!)


「浄化音符さん! 皆さんの近くにいる魔物を狙ってください!」


 黄金の矢は澪亜の指示で勢いよく飛んでいく。

 焚き火を中心にした円陣に、ピアノの旋律が響き渡る。


「があ!」「ぎゃああっ」「ピィィィッ」


 魔物が断末魔を上げて消滅する。


「皆さん! ご無事ですか?!」


 澪亜は浄化音符の矢を放ちながら、手前にいるドワーフらしき男性へ駆け寄った。


 魔物に飛びかかられた男は放心したように澪亜を見つめている。


「しっかりしてください! まだ魔物はやってきますよ?!」

「――お、おう!」


 澪亜の叱咤激励でドワーフらしき男が我に返る。


(けが人がいる。結界を張ったほうがよさそうだね)


「きゅうきゅう」


 肩に乗っているウサちゃんも同意見のようだ。


(聖魔法――結界!)


 澪亜はライヒニックの杖を掲げ、半球状の結界を作った。

 神殿を防御している結界をイメージして、敵を弾き飛ばす効果を付与して展開する。


 淡い黄金色をした結界が出現し、ドワーフたちを守った。


「これで大丈夫ですね――」

「きゅう!」

「聖女さまあぶねえ!」


 ギィンと金属音が響く。


 結界の内側に滑り込んだリザードマンの剣を、ドワーフの男が槌で受け止めた。


 間一髪であった。

 澪亜は背筋が凍る思いであったが、すぐに「ありがとうございます」と言って浄化音符を剣の形にした。


(トライデントだと他の方に当たるかもしれない。小回りがきく剣にして――)


 ゼファーの剣を思い出し、イメージして作り出した。


「お願いします!」


 浄化音符の剣が三本空中に浮かび、運動会でよく使われる“剣の舞”を奏でながら一斉に攻撃を開始した。曲に合わせて剣が舞い、音符が弾ける。


「うらぁ!」


 鍔迫り合いをしていたドワーフが浄化音符を見て飛び退った。

 リザードマンも素早く後退する。


(自動で攻撃してください――)


 澪亜が魔力を送り込む。

 剣は澪亜の思いに呼応し、軽快な剣戟を放った。

 しかしリザードマンも負けていない。魔物らしからぬ鮮やかな剣技で攻撃を弾いていく。


「聖女さま、あいつがリーダー格だ!」

「そのようですね」


 ドワーフが言い、澪亜はうなずいた。


(――鑑定)


――――――――――

デビルリザードマン

 ◯職業:魔剣士

  レベル95

  体力/20000

  魔力/5000

  知力/5000

  幸運/100

  魅力/2500

 ・魔の森奥地に住むリザードマン。剣士である冒険者を殺害して剣士職業を得る。数々のスキルを保有。攻撃力/4800

――――――――――


 澪亜はレベルの高さに驚き、さらに浄化音符の剣を追加した。


「おお!」「すげえ魔法だ!」


 ドワーフたちから歓声が上がる。


「きゅっきゅう」


 ウサちゃんが油断するなと鳴いた。


「わかっております」


 デビルリザードマンが浄化音符の剣をよけ、聖なる炎である焚き火を蹴り飛ばした。


 炎が消え、澪亜は浄化照明を頭上で光らせる。


 剣戟と美しい和音が鳴り、剣の舞が森に戦いの調べを響かせている。

 デビルリザードマンの大きな剣が空を裂き、浄化音符がキラキラと残滓の軌跡を残した。


(剣を合わせるたびに浄化音符が小さくなっている……この魔物、他とは違うようです)


 澪亜は浄化音符の戦いを見つめながら、治癒魔法を行使した。

 視認したけが人に対して治癒を飛ばしていく。


 行くぜ、と声を上げていそうなヒカリダマが嬉しそうに飛んでいき、ドワーフたちの身体に滑り込んだ。


「おお、傷口が」「痛くねえ!」「治癒の魔法だ!」


 瀕死であった者たちが一気に回復した。


 デビルリザードマンに腹を刺された剣士職のドワーフも立ち上がり、両手剣を握りしめて戦いに参戦した。


「うおおおっ! スキル〈全力斬り〉!」


 リザードマンに渾身の一撃を放つ。


「ギィ!」


 さすがにまずいと判断したのか、デビルリザードマンが腕を硬化させるスキルで剣を受け止めた。


「きゅう!」

「はい! 今です!」


 澪亜はウサちゃんの合図で浄化音符の剣を合体させ、大きな剣を作って突進させた。


 デビルリザードマンが剣の腹で受け止めた。

 が、浄化音符は剣を突き抜け、真っ二つに割ってデビルリザードマンに致命的な一撃を与えた。


「――ギギギギギィッ!」


 恨めしい目を向けて、デビルリザードマンが黒いもやになって消滅した。

 魔石と鱗がドロップした。


「おおおおお! やった! やったぞ!」


 ドワーフたちが歓声を上げる。

 命からがら助けられたことを喜び、全員が湧き立った。


 澪亜は死者が出ていないこと、魔物が逃げ去ったことを確認し、心から安堵して微笑みを浮かべた。


「きゅう」


 ウサちゃんも喜んでいるみたいだ。


(助けられてよかった……)


 意図せずしてスキル〈癒やしの波動〉〈癒やしの微笑み〉〈癒やしの眼差し〉が発動する。

 場の空気が和やかになった。


 すると、澪亜が声をかけたドワーフが、膝をついた。


「お初にお目にかかる。俺はドワーフ族のシュミット。あなたは……聖女さまか?」


 シュミットと自己紹介したドワーフの青年は、緑色の瞳に、大きな鷲鼻。腕は太く、長い髭を編み込んでいる。ファンタジー映画や物語に出てくるドワーフそのものだった。


(ドワーフ! やっぱり! ファンタジーだ!)


 映画好きの澪亜は内心で興奮した。

 本物のドワーフと出逢えるとは思っていなかった。


 彼の目は真剣なもので、周囲にいるドワーフたちも集まってきて、ゆっくりと澪亜の前で膝をついた。


 澪亜はちょっと困惑し、小さな笑みを浮かべてシュミットの肩に手を置いた。


「お立ちになってくださいませ、シュミットさま」


 澪亜に名前を呼ばれたシュミットはびくりと肩を震わせた。

 甘美な声の音色に驚き、胸に広がる高揚感が全身を支配する。


 澪亜という少女に名前を呼ばれただけで、どこまでも飛んでいけそうな、そんな希望のような気持ちが満ち満ちた。


「いや、聖女さまかどうか、聞くまでは立ち上がれねえ」


 それでもシュミットは首を横に振った。


「それは困ります。私はただの小娘ですよ。どうかお立ちになってください。ね?」


 澪亜が微笑みを向ける。


 肩から飛び降りたウサちゃんが「きゅっきゅう」と鳴いた。面を上げい、と言っているらしい。可愛い。


「あ、いや……まあ……その……そこまで言うなら」


 頑固者のドワーフ、シュミットであったが、近距離で癒やしのスキル三連コンボを決められてしまい、そして美少女であり美人でもある、優しい眼差しをした少女の「ね?」には逆らえなかった。


 ドワーフたちは普段であれば、しどろもどろしているシュミットを「ギャハハハ!」「ひよってやがる」など小馬鹿にしておちょくるところなのだが、ドワーフたちも澪亜の雰囲気に飲まれて「まあ、なあ?」とか「可愛いわね、ね?」とか言って頭をぽりぽりかいている。


「おめえたちも、立て」


 シュミットが言うと、部下たちが三々五々立ち上がった。


「お、おう」「可愛いすぎだわ」「断れないっすね」「酒よりも素敵だなおい」


 そんなことをつぶやき、ドワーフ総勢二十名は、澪亜と向き合った。

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