第7話 ドワーフの伝承


 ドワーフ族のシュミットは握りしめた槌を振り上げた。


「どっしゃあああ!」


 野太い雄叫びとともに槌が振り下ろされ、ダークフレイムドッグが首元からぐしゃりと真っ二つになる。


「くそう! キリがねえぞ!」


 王都から魔の森の中心部に進んで一週間、ようやく目的地が見えてきたところで、大量の魔物が襲撃してきた。


 魔物のレベルは50〜80と高い。

 スキル持ち、職業持ちの魔物が多数いる。

 平均レベル50のドワーフたちにとって、厳しい戦いになっていた。


「円陣を崩すな! 中央の聖なる炎を絶やすなよ!」


 現在、ドワーフ十名が炎を背にして円形に陣取っており、円陣の内側には負傷して動けないドワーフが十名寝転がっていた。


 聖灰を利用した焚き火で微弱な結界を作り、自分たちを防御している。これを聖なる炎と呼んでいた。


 聖なる炎はあくまで緊急時に使用する魔除けだ。


 炎の光を魔物が嫌がる、虫よけ虫除けみたいなもので、高レベルの魔物にはあまり効果がない。それでも、ある程度の威嚇にはなっており、低レベルの魔物は遠巻きにこの戦闘を見ていた。強者の食い残し。おこぼれに期待しているようだ。


「くそっ」

「グルルル――」


 凶悪な形相をしているダークフレイムドッグが、よだれを垂らしながらゆっくりと円陣の周囲を回っている。数は二十匹ほど。


 その他にもゼリー状のスライムが遠巻きから眺め、剣を持ったデビルリザードマンが剣士職業を持つドワーフと打ち合いをしていた。


「閃光弾を使え!」


 貴重な魔道具を部下に使わせる。

 シュミットの隣にいた若い女性ドワーフが魔力を込めて、竹筒のような閃光弾を放り投げた。


 カッ――と周囲が眩しくなる。


「おらぁぁ!」


 鍛冶仕事で光に慣れているドワーフたちが、一斉に魔物を攻撃する。

 ダークフレイムドッグを五体仕留めた。


「親方! もう閃光弾はありません!」「こっちも魔道具はないっす!」「酒飲みたいっす!」


 部下たちから次々と声が上がる。

 シュミットはジリ貧の状況に歯を食いしばった。


 すると、ギィンという金属が激しくこすれる音がし、「ぎゃああっ」と叫び声が響いた。


 横を見ると、剣士職のドワーフが剣で腹を貫かれていた。

 デビルリザードマンが爬虫類のような目を向け、にやりと笑う。


「――ッ!」


 ドワーフたちに動揺が走る。


「こんなところで死ねるか。俺たちは聖女さまに会う! 聖女さまの役に立つため、この槌を振るうと決めた!」


 シュミットは叫ぶ。


 ドワーフ族、新進気鋭の鍛冶師である彼は「聖女さまが実在した!」という報告を冒険者ギルドで聞いてから、即座に行動を開始した。


 魔の森の中央部、聖女いるララマリア神殿へ、ドワーフ鍛冶師の部下たちを引き連れ向かったのだ。


 ドワーフ族には伝承があった。

 美しい聖女が魔物に襲われたドワーフ族をたった一人で助け、一族の繁栄を手伝ってくれた――そんな昔のおとぎ話だ。


 シュミットは子どもの頃から伝承を何度も聞いて、それが本当だと信じていた。


 ドワーフ族の中で百年に一人の天才と呼ばれ、王族や一流冒険者からの単独依頼を受け、二十代で多くの部下を持っていた彼は順風満帆であった。だが、いつか聖女のために槌を振るう。子どもの頃に夢見た熱い想いは消えていなかった。


 聖女が実在する。

 この話を聞いて、彼は王都を飛び出した。


「聖女さまに会うぞ! それまでは死んでも死なねえぞ!」


 シュミットが咆哮し、飛びかかってきたダークフレイムドッグを槌で打ち返した。


「あったりめえよ!」「ざけんな!」「魔物死ねぇぇ!」「酒飲むぞぉ!」


 魔道具もない。体力も限界に近い。

 気合いだけで部下たちが魔物と応戦する。

 円陣内にいる負傷者も、弓で援護する。


 だが、多勢に無勢であった。

 また一人、また一人と仲間が倒れていく。


 いつしかシュミットも魔物の攻撃で血塗れの状態になっていた。


「くそっ! くそう! 聖女さま!」


 シュミットは槌の柄に力を込めて、飛びかかってきたフレイムハイゴブリンをぶん殴った。


 ゴブリンが吹っ飛ぶ。

 だが、がら空きになった肩をフレイムドッグに噛み付かれた。


「ぐぅぅっ」


 シュミットは槌を放り投げて両手でフレイムドッグの頭をつかみ、強引に引き剥がして地面に叩きつけた。べきりとフレイムドッグの首が折れて消滅する。魔石がドロップした。


 すぐさま槌を拾い上げるが、敵は待ってくれない。


「ああああああああっ!」


 シュミットはフレイムドッグが三匹同時に殺到する光景がスローモーションに見えた。


 人間死の淵に追いやられると、景色がゆっくりになる。

 そんなことを笑いながら話していた、飲み仲間である剣士ゼファーの言葉を思い出した。


「聖女さま――」


 シュミットは祈った。


 冒険者ギルドの静止を振り切って、単独で行動したバカな自分の命はどうでもいい。


 仲間だけは助けてほしい。

 そんな祈りを、ゆっくりに動く視界の中で、シュミットは天に捧げる。


 ダークフレイムドッグが大きな口を開け、牙を見せた。


 そのときだった。


 美しいピアノの旋律が響き渡り、シュミットの周囲にいるダークフレイムドッグが弾け飛んだ。


 三体が一瞬で消滅して魔石に変化する。


「――?!」


 シュミットは目を見開いた。

 なぜ、どうして、と状況を確認しようと周囲を見ると、黄金の矢がビュンビュンと飛んできては心地よい旋律を響かせて、魔物を消滅させる。


「星が降っている?」


 いつしか見た流星群のようだ。

 流線を描いて矢が躍るように飛んでいく。


 黄金の矢はシュミットたちの奮戦を称えるように次々と魔物に突き刺さった。

 死の淵にいた仲間たちは、魔物が消滅する様を見てあっけにとられた。


「いったい何が――」

「皆さん! ご無事ですか?!」


 シュミットが声をかけようとしたところで、月夜の湖に雫がこぼれるような、心地よい声が響いた。


 シュミットは振り返る。


「――」


 そこには、亜麻色の髪を輝かせる少女がいた。

 優しげな鳶色の瞳。膨大な魔力。ひと目で聖女だとわかる不思議なオーラを放っている。


「聖女――さま」


 シュミットは神々しい聖女の姿に、子どもの頃からの夢が叶ったという思いが胸に広がっていき、全身が熱くなった。


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