第6話 聖なるトライデント


「悪しきものを浄化します! 行ってください!」


 号令一下、浄化音符が和音を響かせて矢のごとく飛んだ。


 フォルテの弓矢をイメージした浄化攻撃は結界を殴っている魔物たちへ次々と刺さる。


 ジャン、ジャン、ジャーンと刺さるごとに音階が上がっていくのが、戦闘中であるのに上品で優雅であった。ウサちゃんはきゅっきゅと喜んでいる。


 小さな花火のように音符が弾け、魔物が消滅していく。

 キラリと光るのはドロップアイテムの魔石のようだ。


「スキル〈魔物探知〉――場所はわかっていますよ! 浄化音符さん、撃ち漏らさないで!」


 遠隔攻撃で余裕の出てきた澪亜は、スキルを併用して、音符の矢を追尾状態にする。


 連弩のように次々に矢が射出される。


 手強いのはリザードマンだ。

 剣で浄化音符の矢を弾いて、魔物たちを後退させ始めた。


 時折見せる不可思議な動きはスキルによるものらしい。


 澪亜は気持ちを落ち着かせるべく、深く息を吐いた。


(魔物がリザードマンの行動に従っています。指揮官でしょうか? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――でも馬はいませんね。なら直接!)


 澪亜は杖を掲げてファンタジー映画で観た三叉の鉾、トライデントを想像した。


 澪亜の頭上に浄化音符が集まっていき、大きなトライデントに変形していく。


「お願いします!」


 ピアノ音をこぼしながら、トライデントがギュンと射出された。


「まあ」


 本人も驚く驚異的なスピードで飛翔し、ベートーベンの運命を奏でつつデビルリザードマンへと殺到する。


「ギャア! ギャア!」


 リーダー格のデビルリザードマンは剣でトライデントを二度、三度弾く。


 運命を奏でるトライデントはくるくると空中で回り、ぴたりとデビルリザードマンへ照準を合わせて何度も向かう。曲に合わせて踊るフィギュアスケーターのようだ。


(なぜ曲が運命なのでしょう――いえそんなことより!)


「トライデントさん!」


 トライデントと剣が十合打ち合った瞬間、澪亜が杖を横に振った。


(イメージ通りに、お願い!)


 分裂するイメージで魔力を送り込むと、トライデントが二つになった。

 突然得物が二つになり、リザードマンが目を見開く。

 焦った剣ではトライデントを打ち落とせなかった。


「ギイヤァァァァッ!」


 トライデントが二本、胸に突き立った。断末魔が響いてデビルリザードマンが浄化されて消失した。


 魔石と武器がドロップする。

 リーダー格がいなくなった魔物たちは結界への攻撃をやめて逃げ始めた。


 森と結界の境目にはドロップした魔石が落ち、浄化照明の光で輝いている。


「ウサちゃん、戦っている人たちを助けましょう!」

「きゅう!」


 澪亜の肩にウサちゃんが飛び乗る。


 恐怖はない。ただ、困っている人を助けたいという思いが澪亜の背中を押していた。


「きゅっきゅう」

「了解いたしました。結界を使いますね」


 ウサちゃんの助言のもと、澪亜は結界魔法で自分とウサちゃんを保護する。


 脳内で『レベルアップしました――』という無機質なアナウンスが流れているが、気にしない。


 澪亜は神殿の結界を越えて、走り出した。


(外の世界……こんなにイヤな感じがするの?)


 結界の外に出るのは初めてだ。


 冷たくて不快な空気が漂っている。聖女になって、瘴気や悪意に敏感になっていることに、澪亜は気づいていなかった。


(ジョギングしていてよかった)


 日課にしているジョギングのおかげか、澪亜は軽快に森を進んでいく。

 周囲を照らすために、大量の浄化音符を照明代わりに出して遠くまで飛ばした。


 夜の森に似つかわしくない明るさが落ち、木々が長い影を作った。


「見えてきました!」


 スキル〈魔物探知〉で魔物が密集している方向に走り、澪亜はついに人影を見つけた。

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