第4話 選択する自由

 ジョゼフと話した後、家の居間では、祖母鞠江がタブレットを使って動画を見ていた。


 膝の上には白いもふもふのウサちゃんが収まっている。


「ただいま戻りました」


 澪亜がそう言って居間に入ると、一人と一匹が顔を上げた。


「おかえり〜。このYチューバー面白いわよ〜」

「きゅう」


 目が見えるようになった鞠江は毎日が楽しそうだ。

 お隣さんにもらったタブレットで動画サイト、Yチューブをよく見ている。


 最近では、自分の動画チャンネルも開設していた。ピアノのレッスン動画を上げる予定らしい。柔軟な考えを持っている六十代レディである。


「きゅっきゅう」


 ウサちゃんは鞠江の膝から下りて、澪亜にぴょんと飛びついた。

 おかえり、と言っている。


「まあ」


 澪亜は鞄を素早く置いて両手でキャッチし、自然な流れでウサちゃんをもふもふと撫でた。


 癒やしのトリプルコンボが自動で発動する。


「はわ〜。ウサちゃん、癒やされますぅ〜」

「きゅう〜」


 のほほんとする聖女と聖獣。

 鞠江はその光景を見て愛おしそうに目を細めた。


「ウサちゃん可愛いわねぇ。もうウサちゃんなしでは生きていけないわ」

「ええ、ええ、おばあさま。わかります」


 鞠江と澪亜は互いにうなずきあった。

 ウサちゃんは、そうでしょう? と鼻をぴくぴくさせている。可愛い。


 澪亜はお茶を入れて鞠江に出し、ウサちゃんのために聖水を作ってお皿に入れた。

 しばらく二人と一匹で雑談し、澪亜はモデルの件を鞠江に相談した。


「まあ、そんなチャンスが巡ってきたのね? あなたの幸運値が高いからかしらね?」


 やってみたシリーズからゲーム実況まで見ている鞠江はステータスへの理解が早い。


「でも、自信がないんです……」


 澪亜は背筋を伸ばした正座のまま、うつむいた。


「自分にモデルがつとまるとは思えません。一度だけ挑戦しようと思っているのですけれど……」

「まあ……」


 幼い頃から澪亜を見てきた鞠江は、葛藤が手に取るようにわかった。

 澪亜は夏休みで痩せて周囲の反応が変わった。


 自身の持っている自己像と、周囲の評価がまったく噛み合っていないのだろう。


 鞠江は温かい笑みを浮かべて澪亜の頭を撫でた。


「あなたは私の自慢の孫よ。どこで何をしていても澪亜は澪亜。でも、そうね……無理そうなら逃げちゃいなさい。選択する自由もレディの特権だからね」


 鞠江は澪亜の顔を覗き込んで、ウインクをした。


(選択する自由……)


「週末まで時間はあるわ。それまでにきちんと自分の中で整理をつけておくのがいいでしょう。中途半端な気持ちで行っても、先方様にご迷惑だから。ね?」

「はい。もう少し考えを整理してみます」

「いい子ね」

「困ったら、またおばあさまにご相談してもいいでしょうか?」

「当たり前よ。あとね澪亜、こういうときは、色んな人に相談するといいわ。客観的な評価が自己評価の助けになることもあるからね」

「わかりました」


 澪亜はこくりとうなずいた。


「おばあさま、ありがとうございます」

「いえいえ」

「きゅうきゅきゅっきゅ〜」


 ウサちゃんが「いつでも相談に乗るよ」と言っている。


「まあ。ありがとう、ウサちゃん」


 澪亜は微笑みを浮かべて、ウサちゃんをもふもふと撫でた。



      ◯



 夕食を食べながら、澪亜は鞠江からモデルとはどんな職業なのかを聞いた。


(おばあさま、詳しい……。ピアニストだと自然と芸能関係者ともつながるのかな?)


 澪亜は相槌を打ち、箸を動かす。


 ちなみに今日の献立はブリの照り焼き、味噌汁、サラダ、きゅうりのおしんこ、肉じゃがだ。


 異世界で野菜の栽培数を増やしているため、最近では八百屋を使っていない。家計に優しい異世界の菜園がありがたかった。


「最近、肌ツヤがいいのよねぇ〜」


 鞠江が肉じゃがを箸で運びながら言った。

 確かに鞠江の肌は六十代にしてはぴちぴちであった。


「聖水のおかげかしらね。あれを飲んだら普通の水は飲めないわ」


 上品に箸でじゃがいもを割り、口に運んで、コップに入れてある聖水を見つめる。


「そうかもしれませんね。私は聖水に慣れてきました」

「一度贅沢すると人間って戻れなくなるのよ。いつまでも聖水が出せるとは思わないほうがいいかもね」

「そうですね」


 にこりと澪亜は笑みを浮かべる。


(聖水便利だもんね。飲めば美味しいし、洗濯すればなんでもピカピカになるもの)


「お野菜も美味しいのよねぇ〜」

「そうなんですよ。ウサちゃんが管理してくれているんです」

「きゅっきゅう」

「私のアイテムボックスに入っているので、必要なときは言ってくださいね」


 澪亜のアイテムボックスには野菜が大量に入っている。

 聖水を撒くと一日で実がなるため、ウサちゃんが収穫したものを保管していた。


「異世界は便利づくしね。私もスキルがほしいわ〜」


 上品に中二病なことを言っている鞠江。

 澪亜は「まあ、おばあさまったら」とくすくす笑っている。

 談笑して和やかなムードで食事が終わり、澪亜は片付けを済ませて運動着に着替えた。


(寝る前に、異世界に行こうかな)


 日課のジョギング、ヨガを済ませて、澪亜はウサちゃんを呼んだ。


「ウサちゃーん。向こうに行きましょう」

「きゅ!」


 ひんやりした廊下でごろごろしていたウサちゃんが、軽快な足取りで部屋に入ってきた。


 澪亜はウサちゃんを抱き上げて、世渡りの鏡にふれる。


 ぬるりとした感触がして異世界へと移動した。

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