第3話 ジョゼフのお誘い
放課後になり、校門付近に人だかりができていた。
淑女である学院生たちが足を止め、遠巻きに何かを見ている。
「なんでしょうか?」
「芸能人でもいるんですかね?」
澪亜の問いに、ちひろが首をかしげた。
女学院も向かいの男子校も有名校だ。テレビ取材などは年に数回あった。
芸能関係に耐性のあるお嬢さまたちが色めきだっているのはめずらしい。
「ちょっと見てみましょう」
好奇心旺盛なちひろが澪亜の手を引いて、人だかりをかき分けた。
(誰かいるんだよね? 誰だろう)
澪亜も好奇心は高いほうだ。
わくわくして「ごめんあそばせ」と言いながらちひろの後へ続く。
その先にいた人物を見て、驚いた。
(あの方……)
中わけの金髪、青い瞳、高身長に長い脚。年齢は二十代半ば。
イケメンのフランス人が白いポルシェのボンネットに腰をかけて、困った顔をしていた。
映画のワンシーンみたいであった。
『まいったな……こんなに囲まれるとは……』
フランス語でつぶやいている。
(ジョゼフさん!)
夏休み、彼が困っているところへ声をかけ、一緒に日本庭園をまわった人物だ。
「ワァオ、すんごいイケメンです!」
ちひろが驚いている。
「あ、田中がいる」
純子が最前列で上目遣いにジョゼフを見上げていた。
話しかけてほしいオーラ全開であった。
『素敵な制服だ。人を選ぶデザインだけどね』
ジョゼフは何度か髪をかき上げて女学院の真っ白な制服の感想を言う。
視線を滑らせて、目的である少女を探した。
そして、亜麻色の髪を見つけたのか、パァッと白い歯を見せて笑い、ボンネットから身体を離した。
「ボ、ボンジュール……」
最前列にいた純子へと歩いてくるので、勘違いした彼女は胸に手を当てて言った。
だが、ジョゼフの目には黒髪の一般生徒は目に入っておらず、純子の横を通り過ぎて一直線に澪亜へと向かった。
『オーララ! 愛しのレイア姫!』
ざっと人垣が割れて、澪亜の前でジョゼフがひざまずいた。
『ご、ごきげんようジョゼフさん』
(えええっ! みんなが見てて恥ずかしいですよ……!)
澪亜が頬を赤くして、丁寧に一礼した。
ジョゼフが手を差し出したので、澪亜は右手を乗せた。
彼は壊れやすい宝石を扱うように澪亜の手を引いて、キスを落とした。
きゃあきゃあと生徒たちから黄色い悲鳴が上がる。
「例の子とイケメン外国人!」「ドラマの世界ですわ!」「写真! 写真を!」「薄い本を書いてくださいまし!」「お胸が熱いですわ!」
上品な言葉が校門の前で飛び交った。
「まさかの澪亜さん! 田中の顔真っ赤……お、お腹が痛いわ」
一方、ちひろはジョゼフと澪亜の見目麗しい二人に顔を赤くし、羞恥でぷるぷるしている純子を見てさらに顔を朱に染めた。腹筋崩壊の危機である。
『お立ちになってください、ジョゼフさん』
『姫のお許しのままに』
キザに言って、ジョゼフが立ち上がった。
(ジョゼフさん、学校まで来てどうしたんだろう?)
『姫はやめてくださいね。恥ずかしいですから。今日はどうされたのですか?』
『君に会いに来たんだ。先日のお礼を兼ねて、少しだけ時間をくれないかい?』
『はい、かまいませんよ。お夕飯の支度があるので五時半には帰りたいのですが、大丈夫ですか?』
『貴重な時間をありがとう』
流暢なフランス語が飛び交う。
周囲の生徒は羨望の眼差しを澪亜へ送っていた。
ジョゼフはちひろへ目を向けて、口を開いた。
『彼女はレイアの友達かい?』
『はい! とっても素敵な方です。ちひろさんです』
ジョゼフは澪亜の満面の笑みに『まぶしいね』と笑顔を返し、ちひろへ身体を向けた。
高身長のフランス人イケメンに見下され、さすがのちひろもたじろいだ。
『私の名前はジョゼフ。レイアをお借りしてもいいかな?』
ジョゼフは英語でちひろに話しかけた。
てっきりフランス語がくると思っていたちひろは、英語に安堵して、うなずいた。
『レイアさんは私のものではありません。許可など必要ないですよ』
ちひろの対応に、ジョゼフは楽しげに眉を上げた。
『さすがはレイアの友達だ』
ちひろが一礼すると、ジョゼフはポルシェへと戻り、
『さ、乗って』
と、助手席のドアを開けた。
「ちひろさん、ジョゼフさんとお話をしてまいります。今日はご一緒に帰れないのですが、いいでしょうか……?」
澪亜が申し訳なさそうに言った。
「ええ、ええ、いってらっしゃいませ! あとで詳しく聞かせてくださいね」
「はい。本当にごめんなさい」
「いいんです。それより早く行ったほうがいいですよ」
「ありがとうございます」
澪亜はちひろに一礼して、ポルシェの助手席に乗り込んだ。
ポルシェがエンジン音を響かせて消える。
ちひろは見えなくなるまで見送り、羞恥で足早にこの場を去ろうとしている純子がちょうど目の前に来たので「ボ、ボンジュール……」と言った。
純子が睨んできたのは言うまでもない。
◯
澪亜はジョゼフとドライブをし、高級カフェでケーキをごちそうになった。
彼は話題豊富で、澪亜はずっとニコニコと笑っていた。
フィアンセの写真を見せてもらい、その話題でも盛り上がった。
『ここでいいかい?』
『はい。ありがとうございました。わざわざ送っていただき、申し訳ありません』
帰りもポルシェで送ってもらい、澪亜は助手席で丁寧に一礼する。
『ああ、レイア。最後に一つだけ、話したいことがあるんだ。もう少しだけいいかい?』
シートベルトを外した澪亜はジョゼフへ鳶色の瞳を向けた。
『はい』
『ありがとう』
ジョゼフは爽やかな笑みを浮かべ、しばらくどこから話そうかと思案した。
数秒後、顔を上げて澪亜を見つめた。
『僕がデザイナーだって話はさっきしたね?』
『はい。とても素敵なお仕事だと思います』
『君に褒められると生きている意味を感じるよ』
癒やしのトリプルコンボのせいか、ジョゼフが胸に手を置いた。
『そんな。私はただの学生ですよ。働いたこともありません。本当に皆さんすごいと思います』
『君は素敵な女性だよ、レイア。前よりもよく笑うようになったね?』
『そうでしょうか?』
『君が下を向いているのは似合わない。前も言ったね?』
『はい……あのお言葉は、私の心に残っています』
ジョゼフは金髪をかき上げて、ふうと息を吐いた。
『ははっ……柄にもなく緊張してしまっているよ。初恋みたいだ。もし君に断られたらどうしようってね……』
『私にできることでしたら、お手伝いいたしますよ?』
(ジョゼフさんの言葉は……私の財産だよ。本当に感謝しています)
澪亜は心の中でお礼を何度も言った。
『――僕のブランドのモデルになってくれないかい?』
ジョゼフが真剣な目で澪亜を見つめた。
『モデル、ですか……?』
澪亜は困惑してパチパチとまばたきをした。
『えっとそれは、服を着て、写真を撮られる、モデル。ということでしょうか?』
『もちろんそうだよ。君しかいないと思ったんだ』
『そんな……』
(私がモデル……できる気がしない……)
澪亜は幼少期に「デブだね」と心無い金持ちの子どもに言われ続け、義理の妹たちに「ブサイク」と罵られ、田中純子にもっとひどい言葉を投げつけられた過去を思い出した。
鏡を見て、何度も泣いた。
なぜ自分は太っているんだろう。
なぜお母さま、おばあさまと違うんだろう。
何度も何度も自問自答してきた。
答えを見つけられないまま、異世界へ行って急激に痩せてしまった。
(どうしよう……)
心と身体がチグハグなままだ。
澪亜は顔を伏せた。
『君は美しい。君は、優しい女性だ。そして、強い女性だ』
ジョゼフがゆっくりと言葉を繋ぐ。
『……』
『君の心が、僕は好きなんだ。君という素敵な女性に、僕のデザインした服を着てもらえる栄誉をくれないかい?』
澪亜はうなずくことができなかった。
『週末、君の家に迎えを送るよ。一度だけ挑戦してみないかい?』
『……挑戦ですか?』
『何事も、やってみないとわからないからね。僕はこう見えて失敗ばかりの男だよ。でも、今までの人生で挑戦してきたことは無意味ではなかった。レイアにとって、モデルの仕事がプラスになると僕は信じている』
澪亜は顔を上げてジョゼフの目を見た。
青い瞳が自分だけを見ている。
(挑戦……)
澪亜は父が言っていた、何事も前向きに、という言葉を思い出した。
父は新しいものや流行りのものによく挑戦していたように思う。
いやぁ、あれは失敗だったな。と笑って言い、母が呆れながらも楽しげにその話を聞いていた。
父と母の楽しそうな顔を思い描いて澪亜は小さく笑った。
(一度だけ、やってみよう)
自分がモデルをできる自信は皆無であったが、やらずして断るのは違うような気がした。
それに、少なからずあこがれもあった。
澪亜はこくりとうなずいた。
固唾をのんで返答を待っていたジョゼフが「オーララ!」と両手を広げ、この日一番の大きな声を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます