第2章 聖女の挑戦
第1話 確認すべきこと
授業は四限。昼休みまであと三十分。
女性教師が黒板に英文を書いていた。
カリカリとチョークの音が教室に響く。
(田中さんのいやがらせがないと……ここまで平和な気持ちになるんだね)
澪亜は安売りしていた大学ノートから目を上げ、窓の外を眺めた。
白いカーテンが揺れ、青空が見える。
小鳥が木に止まって毛づくろいをしていた。
(あと、視力が上がったよね……これも聖女になったおかげかな?)
鳶色の瞳を小鳥から黒板へと移す。
集中すればチョークの微細な破片が落ちる様子が、はっきりと見えた。
(――ステータス確認)
心の中で唱えると、ノートの上に半透明のボードが浮かんだ。
澪亜はちらりと隣の席を見る。
ちょうどちひろも顔を上げたところだったのか、彼女が澪亜の視線に気づいて、微笑みを浮かべた。
黒髪でクールなちひろが笑うと、幸せな気持ちが胸に広がった。
(ちひろさんとご友人になれて本当によかった。素敵な人だね)
澪亜もにこりと笑みを浮かべる。
スキル〈癒やしの微笑み〉が自動発動して、教室内に癒やしの空気が漂った。
「……」
ちひろは一瞬だけ呆けたような顔をしたが、すぐにキリリと表情を戻し、教科書へと目を戻した。
(ちひろさんと出逢えた幸運に感謝を……)
そんな祈りを捧げながら、澪亜は浮かんでいるステータスボードへ視線を落とした。
ステータスは一般人には見えない。
聞けば、異世界人でも他者が見ている画面を勝手に覗くことはできないようだ。許可すれば、相手に自分のステータスを閲覧させることはできる。
今の澪亜はクラスメイトから見れば、ただ真面目に教科書を見ているようにしか見えなかった。
――――――――――――――――――
平等院澪亜
◯職業:聖女
レベル60
体力/1200
魔力/6000
知力/6000
幸運/6000(+2000)
魅力/7000
◯一般スキル
〈楽器演奏〉ピアノ・ヴァイオリン
〈料理〉和食・洋食
〈礼儀〉貴族作法・茶道・華道・習字
〈演技〉役者
◯聖女スキル
〈聖魔法〉聖水作成・聖水操作・治癒・結界・保護・浄化・浄化音符
〈癒やしの波動〉
〈癒やしの微笑み〉
〈癒やしの眼差し〉
〈鑑定〉
〈完全言語理解〉
〈アイテムボックス〉
〈オーバーテイム〉
〈危機回避〉
〈邪悪探知〉
〈絶対領域〉
〈魔物探知〉
〈幸運の二重演奏〉
◯加護
〈ララマリア神殿の加護〉
――――――――――――――――――
(ステータスが見れる……やっぱり夢じゃないんだね)
澪亜は異世界に行ったことや、魔法が使えることなど、朝起きたらすべてが夢みたいに消えてしまうのではないかと思い、ステータスを見てやはり現実なんだと安心した。
(夢みたいな冒険、だよね。私なんかが現実と異世界を行ったり来たりできる。きっと……お父さまとお母さまが天国から私に幸運をくれたんだ。異世界で、勇気をもらってきなさいって……きっと……)
夏休みの出来事は澪亜にとって人生の転換期と言える。
一般人から聖女への転職――。
「ふう……」
小さく息を吐いて、澪亜は窓際前方の席に座っている田中純子を見た。
今日もヘアデザイナーに整えてもらったのか、セミロングヘアは綺麗に整っている。
純子を見ても、胸のざわつきや、劣等感などを感じることはなかった。
背中を蹴られた痛みを忘れることはできないが、恨みの感情はない。今では純子の行動が疑問であり、彼女の衝動がちひろやクラスメイトに向かず、自分だけでよかったとさえ思う。
心は夕凪のように静かだ。
澪亜は純子から視線を戻した。
(現実だよね。……私だけの現実だ。指もこんなに細いよ)
澪亜はペンを置いて、細くなった自分の指を見つめた。
白くて長い指。
母と祖母鞠江の指にそっくりだ。
(いまだに信じられない。私がこんなに痩せたなんて……)
生まれてから痩せていた経験がないので、何度見ても慣れないのだ。
急激に痩せたせいか、鏡を見てもまだ何となく自分という存在が、自分の中のイメージにぴったりはまらなかった。
この奇妙な感覚は子どもの頃、サイズの合わない額縁に絵画を入れたときと似ていた。あのときも、絵画に比べてやや大きな額縁に、妙な違和感を覚えたものだ。
(慣れていくしかないよね……私は私だ。それに、異世界で勇気をもらったから)
澪亜は指を握り込み、ララマリア神殿と、剣士ゼファー、エルフのフォルテの爽やかな笑顔を思い出した。
ステータスを消して黒板を見る。
板書が終わり、ちょうど教師と目が合った。
「では平等院さん、こちらの英文を読み上げて、和訳を答えてください」
「――はい」
ちょっと驚いたが、澪亜はスラスラと英文を読んで和訳を答えた。
元から英語が得意であったことに加えて、スキル〈完全言語理解〉が発動している。完璧だ。
澪亜の発音と解答に教師が「Excellent」と評価する。
海外経験豊富なお嬢さまクラスメイトたちも、うんうんとうなずいている。
いじめっ子の純子だけは苛立たしげに澪亜を一瞥した。
(当てられても緊張しなかったよ。前はもっとたどたどしかった気がする。これって進歩だよね……? それとも聖女のおかげかな?)
澪亜は小首をかしげ、英文の説明をし始めた教師を見る。
ふと隣から視線を感じた。
ちらりと右を見ると、ちひろが口パクで「Excellent」と言っている。
(ちひろさん、帰国子女だもんね)
澪亜の流暢な英語に感心したらしい。
にこりとちひろに笑顔を送り、澪亜は前方へと目を戻した。
隣にいるちひろは「くっ……微笑みの閃光弾……黒板が見えないわ……」と誰にも聞こえないようにつぶやいた。この委員長、大丈夫だろうか。
そんなちひろには気づかず、澪亜は授業に集中しようとペンを握った。
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