第30話 王都では


 異世界ララマリア――魔の森を抜けたゼファーとフォルテは人族の中心部、王都へたどり着いていた。


 王国の旗がはためき、道はレンガで舗装され、人々が行き交っている。


 魔法文明によって独自の進化を遂げた人族の国には様々な人種が入り乱れていた。


 来るもの拒まず、去る者追わず。

 扉を大きく開いている王都で一旗揚げようという若者も大勢いる。


 人で賑わう街並みを見て、剣士ゼファーが顔をしかめた。


「一年前に比べて人が減ったか?」


 そんな独り言に、エルフのフォルテが口を開いた。


「ええ、間違いなく減っているわ。職をなくした者も多くいるみたいね」


 フォルテは路地裏にいる物乞いたちを見て、ため息とも舌打ちとも取れる声を漏らした。


「持って数年って宰相閣下の言葉はガチらしいな」

「そうね、ガチね」


 王都流行の若者言葉を使いながら、二人は足早に王城へと進む。


 ゼファーが気を取り直そうと、おどけて両手を広げ、剣柄を叩いた。


「それよりもさ、この聖剣を見たらみんな何て言うと思うよ?」


 フォルテが調子を合わせ、やれやれと自分の背にかけている弓をそっと撫でた。


「バカ言わないで。聖剣よりも聖弓のほうがカッコいいわよ。エルフはみーんなこっちをうらやましがるわ」

「はっ、これだからエルフ族はねぇ。剣の素晴らしさがわかんねえのかな?」


 赤い短髪の頭をかいて、ゼファーが両手で自分の耳を引っ張った。

 これにはフォルテも対抗心が燃えてきたのか、美しい顔を両手で思い切り引き伸ばし、ゼファーを見た。


「人族、お金、名誉、最高」


 フォルテがふざけて言うと、ゼファーが手を離して大笑いした。


「ギャハハハッ! ひでえ顔だな! 悪かった悪かった、降参だ」

「聖剣も聖弓も、すべて聖女レイアが授けてくれたものだわ。どちらがいいとか、ないわね」

「そりゃそうだ」


 ゼファーはレイアの微笑みを思い出すように、剣柄を握った。


「今は人族もエルフ族も関係ないでしょ」


 手を離し、フォルテが瞳を輝かせる。


「だな。宰相閣下への話はまかせるぜ。聖女さまとララマリア神殿は実在したって伝えないとな」

「まかせてちょうだい」

「まかせた」

「って、あんたお偉いさんとの会談、いつも私にしゃべらせてるじゃない」

「そうだっけ?」


 ゼファーがとぼけた調子で言い、前に出す足の速度を速くした。


「あ、こら、待ちなさい」

「早く行こうぜ」


 ゼファーの早歩きに、フォルテがついていく。

 王城へはそう時間がかからずに到着した。



      ◯



 二人はSランク冒険者として破格の待遇を受けている。

 ゼファーとフォルテは荘厳な謁見の間へすぐさま通された。


 国王と宰相は現在行われていた仕事をすべて切り上げ、謁見の間へやってきた。


「うむ。ご苦労であった。まずは二人が無事戻ってきた幸運を喜ぼう」


 入室した国王が人の良さそうな笑みを浮かべた。

 部屋にいた文官が一斉に膝をついた。


「ハッ、ありがとうございます!」

「ありがたき幸せに存じます」


 ゼファー、フォルテが胸に手を当てて一礼する。


「うむ、うむ、よき、よき」


 国王が笑みを浮かべてうなずいた。

 背は低く、白ひげが地面に付きそうなほど長い。

 温厚な人物で有名だ。


 また、幸運値がずば抜けて高い4500というのも彼の特徴であった。

 国民は国王を敬愛してラッキーキングという愛称で呼んでいる。


「よっこらせ。皆も楽にせい」


 国王が玉座に腰を下ろすと、文官たちが立ち上がった。

 それと同時に、国王のあとをついてきた黒服に身を包んだ男が重々しく口を開いた。


「無事なようだな」


 一言だけつぶやき、国王の横へ立つ。


「宰相閣下、相変わらず鉄仮面だなぁ〜」

「笑った顔、見たことないわよね」

「ラッキーキングと鉄仮面を見ると、帰ってきたなって感じがするけどさ」

「そうね」


 ゼファーとフォルテが立ったまま、こそこそと言い合う。


「して、いかがであったか? まずは結論から聞こう」


 表情がまったく動かない鉄仮面な宰相が、三白眼の黒い瞳をフォルテとゼファーに向けた。


 それを受け、フォルテが前へ出た。


「はい、宰相閣下。結論から申し上げます――ゼファー」

「おう」


 フォルテが視線を投げると、二人は聖弓と聖剣を抜いて掲げた。


「魔の森の中心部に、ララマリア神殿は実在しておりました。これが、何よりの証拠です」

「なんと……!」

「……」


 ラッキーキング、宰相が鑑定をかけた。


――――――――――――

・ライヒニックの聖剣

 攻撃力(+3500)

 疲労軽減効果

 聖なる光で悪しき瘴気を討ち滅ぼす。聖女に認められた剣士にのみ装備可能。

 ――現在、ゼファーが装備可能――

――――――――――――

――――――――――――

・ライヒニックの聖弓

 攻撃力(+2300)

 幸運 (+1000)

 連射+命中に大幅補正

 聖なる光で悪しき瘴気を貫く。聖女に認められた弓士にのみ装備可能。

 ――現在、フォルテが装備可能――

――――――――――――


 二人の目には聖剣と聖弓の文字が見え、さらに説明文『聖女に認められた――』という文言に驚嘆した。


「聖女さまがいたのだな?! 本当に実在しておいでだったのだな?!」

「予言は真であったか……」


 ラッキーキングは感動に打ち震えて玉座の手すりを握り、宰相は数ミリ目を細めた。


 ゼファーがにやりと笑って、剣を腰へ収めた。


「ララマリア神殿も、聖女さまも実在しましたよ! 浄化魔法もこの目で見ましたぜ! あと聖女さま――レイアって言う子なんですけど、めちゃくちゃ美人で、一緒にいるだけで癒やされるんですよ! ヤバいっす」

「こら、ゼファー」


 フォルテがたしなめるが、国王はあまり気にしていないのか、玉座から身を乗り出した。


「聖女レイアさま…………全人類の希望じゃ……」


 飄々としているラッキーキングも、かなりの苦労をしていきている。

 人類を存続させるべく、王として寝ずに政務を行っていた。


「おお……」「聖女さまが実在した!」「これで救われる」「聖女さま……」


 謁見の間にいるすべての者が、涙ながらに手を取り合っている。


「報われますな……」


 宰相が平坦な声で言う。

 国王はねぎらいの言葉だとわかるのか、首を縦に振った。


「そうじゃな……。フォルテ、ゼファーよ、聖女さまはどちらにおいでなのだ? 来城されるなら歓待せねばならん」

「聖女さまはララマリア神殿にお残りになっておられます」


 フォルテが背筋を伸ばし言った。


「何か使命があってのことじゃな?」

「はい。聖女さまは驚くべきことに、この世界の人間ではありません。チキュウ、という別の世界の住人でございます」

「別の世界の?」

「はい。現在、女学院という場所で高等教育を受けておいでです」


 フォルテは澪亜から聞いた、現実世界のことを話した。

 聖女のみ移動可能な世渡りの鏡。向こうの世界での生活があること。学生であること――。


 ラッキーキング、宰相は話を最後まで聞いて、数分話し合い、内容を飲み込んだ。


「では現在、聖女レイアさまはララマリアにおらん。そういうことじゃな?」

「そうです」

「なんと……どうしたらいいのじゃろうか……」

「はい。ですが、聖女さまからのご提案がございます。魔の森に街道を作る案です」

「街道を?」


 ラッキーキングが憂いた表情を疑問へ変えた。

 フォルテが力強くうなずいた。


「聖女レイアがララマリア神殿から魔の森への浄化を行い、王国までの道筋を作ってくださると、そうおっしゃっておいでです」

「街道! 我ら全人類の悲願ではないか!」

「はい。国王さま、宰相閣下は魔の森への人員確保を――我々は冒険者で志願者を集め、ララマリア神殿に集合したいと存じます」

「フォルテ、魔石のことも忘れるなよ」


 横で聞いていたゼファーがアイテムボックスから魔石を取り出した。

 国王と宰相が魔石へと視線をずらす。


「わかってるわ……。聖女さまがおっしゃるには、魔石を地面へ埋めて作物を栽培すると、育ちがよくなるそうです。もしこれが本当ならば、食料難に陥っている全人類の現状を打破できるでしょう」


 これにはたまらず宰相が前へ出た。


「魔石を? 本当なのか?」

「聖女さまが言うのです。試してみる価値はあるかと」

「…………相わかった」


 宰相はこうしてはいられないと、部下を呼び、すぐに魔石栽培法を実験せよとの指示を出した。十年前から食糧難に頭を悩ませていた宰相にとって、試す価値のある案件であった。


「このタイミングでゼファー、フォルテが聖女さまを見つけた……誠にラッキーである!」


 国王が大音声で言い、立ち上がった。


「神殿と王国を繋ぎ、いずれは全世界へと街道を繋ぐ――これを女神の故郷にちなんで『聖なる街道セントグレイス作戦』と呼ぶ!」


 ゼファー、フォルテが胸を手に当て、宰相が深々と頭を下げた。

 文官らも一斉に頭を垂れる。


「兵は神速を尊ぶ。行動を開始するのじゃ!」


 号令一下、全員が一斉に動き始めた。


 ここに集まっているのは国王と宰相の考えを実行できる優秀な人材ばかりである。


 会話の内容から必要な規則、経費、人員などを算出すべく、部署ごとに謁見の間を出ていった。


「ゼファー、フォルテ、ご苦労であった。おぬしらには褒美をやらんとな」


 国王が二人を呼び、ねぎらった。


「いえ、褒美はいりません。レイア……聖女レイアもそう言うでしょう」


 フォルテが涼やかな瞳を前へ向けた。


「だな」


 ゼファーがにかりと笑う。


「ああ、褒美ってわけじゃないんだけど、一つだけいいっすか?」


 何か思いついたのか、ゼファーが宰相を見た。


「なんだ……?」

「宰相閣下がレイアと会ったら、あんたの鉄仮面がどうなるか気になるんですよ」

「ちょっ、バカ。何言ってんの?」


 フォルテがゼファーの腕を引いた。

 しかし、宰相が制して、話の続きを促した。


「聖女レイアに見つめられると、なんていうか、こう、胸の奥が熱くなるんですよ! フォルテなんてああああっ、とか叫んでましたからね。エルフ族の発作らしいです」

「尊い発作ね? 病気みたいに言わないでちょうだい」

「いや、ある意味種族的な病気だろ?」

「ひどいこと言わないでよね! このっ、このっ」

「あぶ、あぶなぁっ!」


 フォルテの拳をゼファーが間一髪で避けた。


「……ゼファーは私の顔が変わると? そう言っているのか?」


 宰相が重々しく言い、二人は気まずそうに姿勢を正した。

 国王は面白そうに聞いている。


「私は笑わん。くだらんことを言う前に働け」


 宰相はそう言い、ゼファーへ金貨の入った袋を放り投げた。

 ゼファーがキャッチし、「それはどうかな」と澪亜と宰相の邂逅を想像して笑う。


「冒険者の諸君によろしく伝えてくれい」


 国王がラッキーキングと呼ばれるにふさわしい、晴れ渡る空のような笑顔を浮かべ退出した。


 ゼファーとフォルテは二人の背中を見送り、顔を見合わせた。


「レイアに会ったら鉄仮面も剥がれるだろ?」

「だと思うわ」


 ゼファーは豪快に笑い、フォルテはくすくすと楽しげに微笑む。


 異世界ララマリアは聖女レイアを待ち望んでいた。





 第一章おわり

―――――――――――――――――――


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!

 これにて第一章は終わりでございます。

 プロットを作り次第、第二章へと入る予定です。


 レビューやコメントも本当にありがとうございます!

 大変励みになっております(*^^*)

 

 澪亜の現実↔異世界の冒険はまだ始まったばかりです。

 第二章から異世界の活動も増える予定です。

 無双&癒やし効果に今後もご期待くださいませ。


 また、応援いただけると、とても嬉しいです。

「今後に期待!」「おもろい!」「主人公かわいい!」

 そう思った方は★やいいねをよろしくお願いいたします・・・!

 

 それでは引き続き、本作をよろしくお願い申し上げます。


 作者

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