第25話 聖女の涙
1―A学級委員長である桃井ちひろは家に帰宅して、自室に入った。
制服姿のまま、ぼふりとベッドに身体を投げ出した。
癖のない黒髪がベッドの上で不規則に流れる。
クールでモデル体型の美人。中学時代は頼れる先輩、第一位。ちひろは中学校で男子からはもちろん、女子からも告白されたことがあった。
ちひろは、理知的な瞳を天井に向けた。
「平等院さん――澪亜さんがとんでもない美人になってるとは……」
漏れてくる心の声が自室に溶ける。
澪亜の純真無垢な笑顔と、優しい眼差しを思い出して、頬がゆるんだ。
「あれズルい……ダイエット頑張ったんだな……」
入学してすぐの頃、澪亜と会話をして、心根の美しい女の子だと衝撃を受けたものだ。
ちひろは澪亜がいじめられている現場を目撃してから、ずっと気にかけていた。
どうにかしてあげたいと毎日思っていたが、田中純子はバカそうに見えて小狡い立ち回りをしてくる。こちらが論破しようとする前に父親の件を出してくるのだ。教師の前で、決定的なミスもしない。
今日は澪亜の変わりようにかなり動揺していたみたいだが、普段なら大っぴらに澪亜をなじったりはしないのだ。
田中純子という女子は、相手の嫌がることを本能で理解しているタイプだ。
ちひろは歯がゆい思いをしながら夏休みを過ごし、新学期を向かえた。そして、澪亜が天から舞い降りた聖女みたいな見た目に変わっていた。驚きは相当なものだった。
「夏休みに何があったんだろう? 田中の前だとおどおどしてたのに今日は堂々としてた……あと美少女で美人すぎ。あの笑顔ヤバい。なんかオーラ出てた。ギャグじゃなくて」
考えていたらまた澪亜の笑顔を思い出し、頬が熱くなる。
鳶色の瞳が愛しそうに弧を描くのがたまらない。
心臓の鼓動が早くなってきた。
ついでに、澪亜から友達になってほしいと言われたときのことを思い出し、顔がにやけてきた。
ぽわぽわした雰囲気に、しっかりしていそうで抜けている性格が可愛くて面白い。
もっと早く仲良くなってればな、と思いながら、いやーあの美人ぶりよ、と澪亜のことばかり考えてしまう。
ちひろは「いかんいかん」と首を振って起き上がった。
「問題点があるとすれば、本人にまったく自覚がないところか。女学院で超絶人気が出そう……いや確実に出る……。妹にしたいとか先輩たちが集まりそうだし、同性でもいいから付き合いたいとか言い出す子が出てくるな。私が緩衝材にならないと――」
ちひろは一つうなずいて、ベッドの上であぐらをかいて腕を組んだ。
お嬢さまモードは結構疲れるので、一人のときは割と自由にするタイプである。
「そういえば澪亜さんって成績は常に上位だし、元ご令嬢だし、誰にでも優しいし、ピアノはプロ級でおばあさまがプロピアニスト。英語とフランス語も話せるとか……。これ……太ってる見た目で霞んでいたけど、あの子すごい子なんじゃ……?」
ちひろは澪亜がどんな人物なのか考察したら、背筋がぞわっとした。
偉人と出逢ったような高揚感が湧いてくる。
「澪亜さんと友達になれたのってすごいこと?」
ちひろは知らないが、澪亜は地球に一人しかいない聖女である。
地球史上で聖女と友達になった地球人は、後にも先にも彼女しかいないであろう。
五十連ガチャで五十個SSRが出るぐらいの引きだ。
そんなこととはつゆ知らず、ちひろは首を横に振った。
澪亜のスペックが高いから友達になったわけではない。友達になりたかったから、ずっと話しかけてきたのだ。
ちひろがそこまで考えると、階下から名前を呼ぶ声が聞こえた。
めずらしく父親が早く帰ってきたらしい。
「はーい」
と返事をして、ちひろは制服のままリビングへ下りた。
待っていた父から「田中さんの会社から取引を断られた」と聞いて、血の気が引いた。
覚悟はしていたが、こんなにも早いとは思わなかった。
◯
ちひろが父から詳細を聞いているそのとき、澪亜は異世界の神殿にいた。
聖女装備に身を包み、裏庭でウサちゃんを抱いている。
「ウサちゃん、今日はお友達ができました」
「きゅう?」
聞かせてよ、とウサちゃんが顔を上げた。
澪亜はもふもふとウサちゃんの柔らかい毛を撫でてうなずいた。
「前から私を気にかけてくださっていた、桃井ちひろさんです。黒髪でとても綺麗な方ですよ?」
「きゅっきゅう」
「うふふ、ありがとうございます」
「きゅ? きゅう?」
ウサちゃんが鼻をぴくぴくと動かした。
「そうなんです……ウサちゃんには隠し事はできませんね?」
澪亜は眉根を寂しげに下げた。
ウサちゃんは澪亜の空気から何かあると察したらしい。
「ちひろさんは私と仲良くすると、お父さまのお立場が危うくなるんです。なぜって? それは会社が田中さんとお父さまと大きな取引をしているからです」
「きゅう? きゅ?」
「会社というのはサービスや物を売って、お金を集める場所のことです」
「きゅう。きゅうきゅうきゅきゅ」
「ふんふん。そうですね。確かに田中さんとの取引がなくなっても、別の会社としっかり取引ができれば問題はありませんよ」
「……きゅう」
「ごめんねって? そんなこと言わないでください。ウサちゃんのおかげで、私、とっても幸せなんです」
「きゅう……きゅ」
ウサちゃんは澪亜の話を聞いて、身体をふるふると震わせた。
澪亜の力になれないことがひどく悲しいみたいだった。
ウサ耳を垂らして澪亜を上目遣いに見上げ、つぶらな瞳に涙を浮かべている。
「ウサちゃん……」
澪亜も悲しくなってきて、涙があふれてきた。
ウサちゃんが自分を想ってくれていることがわかり、ぎゅっとウサちゃんを抱きしめた。
「きゅう……」
「ウサちゃん……ありがとう……」
ぽたりと澪亜の涙がウサちゃんに落ちた。
そのときだった。
まばゆい光がウサちゃんの身体を包み、ヒカリダマが大量に宙を舞い始めた。
「まあ。ど、どうしたのでしょう?」
澪亜は指で涙をすくい、目を細めて光るウサちゃんの身体を眺める。
数秒間ウサちゃんの身体が光り輝いて、澪亜の両腕にヒカリダマが集まってくる。
収まるまでしばらく待っていると、ゆっくりと光が収束して、名残惜しそうにヒカリダマが消えた。
澪亜は何度かまばたきをして、そっとウサちゃんを撫でた。
「……なんだったのでしょう」
「きゅう?」
『おめでとうございます。聖獣が加護を得ました。新しいスキルを習得しました』
「――っ!」
急なアナウンスに澪亜はびくりと肩を震わせ、ウサちゃんもウサ耳をピンと伸ばした。
「加護、でしょうか?」
澪亜はアナウンスに尋ねる。
いつもどおり、返事はなかった。
「相変わらず無愛想さんですね……」
「きゅっきゅう」
ウサちゃんも同意している。
「こういうときは、鑑定――」
澪亜はまずウサちゃんを鑑定した。
ウサちゃんの横に半透明のボードが出現する。
――――――――――――――――――
ウサちゃん
◯職業:フォーチュンラビット
レベル1
体力/100
魔力/50
知力/50
幸運/77777
魅力/7777
◯スキル
〈癒やしの波動〉
〈幸運の二重演奏〉new
◯加護
〈聖女レイアの加護〉new
――――――――――――――――――――
(スキル、〈幸運の二重演奏〉……?)
澪亜はスキル部分へさらに鑑定をかけた。
『幸運の二重演奏――聖女が楽器を演奏し、その場にフォーチュンラビットがいると発動する。演奏を聴いていた者に大幅な幸運値バフが付与される。任意で対象者の選択が可能。効果は一週間前後』
鑑定結果を見て、澪亜はううん、と可愛らしく唸った。
(バフとはなんでしょう……?)
早速、ウサちゃんに結果を伝える。
物知りな聖獣のウサちゃんが、バフとは一時的に性能を強化することだよ、と教えてくれた。本人も自分のスキルについて理解しているみたいだ。
「なるほど、勉強になりますね」
レイアはアイテムボックスからメモを取り出して念のため記録を残した。
次に気になっていた〈聖女レイアの加護〉へと鑑定をかける。
『聖女レイアの加護――聖女の涙が聖獣へ落ちたとき、一億分の一の確率で発現する加護。遠くにいても互いの存在を認識できる。世渡りの鏡など、女神が作ったアイテムの使用も可能になる』
鑑定の文字を呼んで、澪亜は「まあ!」と声を上げてウサちゃんを持ち上げた。その場でくるくると回転する。
「ウサちゃん! これで現実世界にウサちゃんが来れますよ!」
「きゅう! きゅっきゅう!」
「もうウサちゃんが一人で寂しく過ごす必要もありませんね?! ああ、嬉しいです」
「きゅうー」
ウサちゃんが「もう寂しくないよ。やったね」と鳴いている。
澪亜が回転をやめて、ウサちゃんのお腹に顔をうずめた。
ウサちゃんのお腹は太陽の匂いがした。
「きゅう? きゅっ、きゅう」
「まあ、まあ! そうですね! それがいいです! きっといいことが起こりますよ!」
澪亜はウサちゃんの提案を聞いて名案だと思った。
自分のステータスにも鑑定をかけ、〈幸運の二重演奏〉が発現していることを確認する。
澪亜はウサちゃんを抱き、すぐに現実世界へ戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます