第24話 一緒に下校


 始業式が終わり、生徒たちが三々五々、教室から出ていく。


 クラスメイトは純子たちがいないことに安堵した様子で、仲良しグループで帰っていく。お嬢さまたちはきっと澪亜と純子の話に花を咲かせるであろう。


(何度でも言い続けよう……)


 澪亜が純子のことを考えていると、隣の席の桃井委員長が話しかけてきた。


「平等院さん? 今日、このあとご用事はありますか?」

「いえ、特にありませんよ」

「その、よければなんですが、一緒に帰りませんか?」


 桃井委員長は凛とした相貌を恥ずかしげに伏せ、頬を赤くしている。


 一学期からずっと澪亜を誘いたかった彼女にとって、念願を叶える言葉だった。自然に言ったつもりが妙に澪亜を意識してしまい、きっぱりした性格の彼女らしくない言い方になった。


「え……そのぉ、いいんですか?」


 澪亜は驚いた。

 まさか彼女のほうから誘ってくれるとは思っていなかった。


「ええ、平等院さんさえよければ」

「まあ、まあ! もちろんです! 嬉しいっ」


 澪亜は興奮した様子で頬を赤くし、うんうんと何度もうなずいた。


 大きな瞳が喜びで弧を描き、〈癒やしの波動〉〈癒やしの微笑み〉〈癒やしの眼差し〉が全開で発動する。魔力もちょっと漏れてしまい、ヒカリダマが何粒が浮いて消えた。


「〜〜〜っ」


 桃井委員長はこんなにも素直に喜ぶ澪亜を見て、嬉しさが伝播し、思わず口を右手で押さえた。可愛すぎてどうにかなりそうだわ、と心の中でつぶやいている。澪亜から光が漏れた気がするが、光の具合だろうとあまり気にしなかった。


「あの……そんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」

「はいっ。桃井さんと仲良くなりたいってずっと思っていたんです。それが桃井さんからお誘いいただけるなんて……感激で天まで昇る気持ちです」

「オーケーオーケー、落ち着いて、落ち着いてください」

「はい。落ち着きますね」


 ニコニコと笑みを浮かべ、邪気のない顔を桃井に向ける澪亜。

 落ち着きたいのは桃井委員長のほうである。


「直視していると私の心臓が危険な気がするわ」

「どこかお加減が悪いのですか?」


(それは大変だよ。こっそり聖魔法を使ってあげないと……!)


「ああ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくって……。そうそう、平等院さん、あまり遅くなると見回りが来てしまいます。行きましょう」

「そうですね、まいりましょう」


 桃井委員長が鞄を手に取ったので、澪亜もそれに続く。

 二人で教室から出て、昇降口に向かった。


「それにしても……平等院さん、本当に変わりましたね。前からお嬢さまオーラがありましたが、今は違うものも感じます。神々しいと言えばいいのか……。あと、なんというか、理想体型というか、細いけど出るところは出てるというか……」


 桃井がしげしげと澪亜を眺める。


「あ、ひどいですよ。まだお肉が残ってるのがバレちゃいましたか?」


 澪亜はそう言って、自分のお腹をむにっとつまんだ。

 全然わかっていない。


「平べったいです。お肉なんてどこにあるのかしら?」

「ちょっとつまめますよ? 昔はもっとぷにぷにでしたけれど」

「そんなのことないと思います――」


 桃井が澪亜のお腹をちょいとつまんだ。

 少しだけつまめる。ほんの気持ち程度だ。


「あ……あのぉ……あ……く、くすぐったいですよ?」

「あ、ごめんなさい。つい」


 澪亜が顔を赤くしたので、桃井はパッと手を離した。


「それよりもお加減は問題なさそうですか?」

「平気です。そんなに心配しないでも大丈夫です。言葉の綾ですから」


(聖魔法――治癒)


 心配性の澪亜は見つからないように自分の背中に手を回し、桃井の身体へ治癒を使った。ヒカリダマが喜び勇んで彼女に飛び込んでいく。田中純子とはえらい違いだった。


 桃井委員長はビクンと身体を跳ねさせた。


「……?」

「どうかされましたか?」

「いえ、急に身体が軽くなったから……変だなと思いまして」

「そうですか。それはよかったです」


 うふふと笑う澪亜を見て、桃井はそれ以上何も言わずに下駄箱に向かい、自分のロッカーを開けて革靴を取り出した。


「平等院さん、ごめんなさい」

「何がですか?」


 澪亜はロッカーを開けようとしていた手を止めて、桃井を見た。

 桃井の目は真剣だった。


「もっと早くあなたとこうして……話すべきでした……。一人でつらかったでしょう?」

「……桃井さんが私の救いでした……だから、そんなこと言わないでください」


 澪亜は長いまつ毛を伏せた。


 一学期、いじめられている自分を何度もフォローしてくれたのは彼女だ。


 田中純子のいじめが始まろうとするタイミングで教師を連れてきてくれたり、クラスの手伝いに誘ってくれたりと、感謝しかない。


「これからは気にせず話しかけてください。私の家のことは、私の問題ですから」

「……はい」


 いずれどうにかしたい問題であったが、今の澪亜には解決できない内容だ。

 桃井の言葉を信じる他ない。


 澪亜は下駄箱のロッカーを開けて革靴を出して履き、上履きをしまった。


「湿っぽい話は終わりにしましょう。平等院さん、途中まで帰りましょうね」

「はい。そうしましょう!」

「嬉しそうです。照れるわ……」


 桃井は後半の言葉は聞こえないように言った。


「ええ、もちろんです。前からお友達と帰るのが夢でしたから」

「友達と?」

「あっ――」


 澪亜はつい出てしまった本音にどきりとし、桃井の顔を見た。


「ごめんなさい、調子に乗ってしまいました。でも、できたら、その、これからお友達として……そのぉ……」


(ああ〜、絶対桃井さんあきれてるよ……。まだ一回しか一緒に帰ってないのに友達とか……迷惑じゃないかな……?)


 こればかりは何度言っても慣れそうもなかった。


 顔は熱くなるし、そわそわして足をこすり合わせてしまう。小さい頃、母にその癖を直しなさいと言われていたことを思い出したが、今はそれどころではなかった。


 ちらちら、もじもじと上目遣いで見られる桃井はたまったものではない。


「オーケーオーケー、わかってます。もちろん、おモチのロンロンよ」


 桃井は澪亜の純粋さにやられて、自分でもちょっと何を言ってるかわからなくなる。

 とんでもない美少女にもじもじされると色々とクルものがあるのだ。

 自分が新しい何かに目覚める前に、桃井は口を開いた。


「私たちは一学期から同じ気持ちでした。もうずっと前から友達だった。そう考えていいのではないでしょうか? でないとこんな気持ち、出てきません……」

「桃井さん……ありがとうございます」

「いいんです。それよりも私、あまり、名字で呼ばれるの好きじゃないんです。ほら、いつも桃井委員長ってみんな呼ぶから」

「そうなのですね? では、ちひろさんとお呼びしましょうか?」

「誘導してしまったみたいでごめんなさい。そう呼んでくれると嬉しいです」

「はい。おまかせください! お名前で呼ぶのはあまり慣れないので、善処いたします」


 うんと拳を可愛らしく握る澪亜。


 桃井委員長――ちひろは「田中よりよっぽどお嬢さまだよなぁ」とつぶやき、笑顔を澪亜へ向けた。


「私も澪亜さんとお呼びしてよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです」

「うっ――スマイルの破壊力がパないわ――」


 ちひろは先ほどから胸キュンが止まらない。

 お嬢さま学校に合わせたお嬢さま口調が崩れそうになる。


「どうかされましたか?」


(よかった……桃井さん……ちひろさんがいい方で幸せだよ……)


 澪亜は周囲の空気を浄化するような笑みを浮かべた。


「これはアレね……色々と守ってあげないと危なそうね……」

「んん?」

「いえ、こっちの話です。では帰りましょう」

「はい、行きましょう」


 澪亜は微笑みを浮かべたまま、ちひろに近づいた。


 ちひろもつられて笑顔になり、二人は並んで女学院を出て駅に向かった。

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