第17話 二人と一匹の誓い


「それではお二人とも、お身体にはお気をつけて。ごきげんよう」


 律儀に一礼し、聖女レイアが鏡にふれると、溶けるようにして吸い込まれていった。


 現実世界へと消えた聖女を見送ったエルフのフォルテと剣士のゼファーは、しばらく鏡をじっと見つめていた。


 レイアがいなくなった喪失感を飲み込むのに時間がかかる。

 二人はどちらからともなく顔を見合わせた。


「聖女さま、ヤバいな……?」


 ゼファーが呆けた顔で言った。


「ヤバいわね……」


 フォルテが長い耳をぴくりと震わせてうなずく。


「だよなぁ! ヤバいよなぁ!?」

「ええ、本気でヤバいわね!」


 二人は異世界語でヤバい、ヤバいと連呼する。「ヤバい」は王都に住む若者たちの間で流行っている言葉で、「すげえ」とか「最高」などを意味する。この辺は地球語とほぼ変わりない使い方だ。澪亜が聞いてもスキル〈完全言語理解〉の力で「ヤバい」と変換されるだろう。


 ゼファーがもどかしそうに短髪をがりがりと両手でかいて、両手を思い切り宙に上げた。


「美人で可愛すぎだろォォッ! しかも巨乳でスタイルがいいのにエロスを感じない神々しいあの感じ!」

「そうなのよ! エルフでもあんなに美しい子はいないわ!」

「しかもめっちゃいい子! あの優しい目で見られると自分が子どもになった気分になるんだよ! わかる?!」

「わかるわかる! お母さんよお母さん!」

「母性パないっ。あと慈愛の眼差しがすげえ」

「年下なのにすべて負けてる気がするわ」

「膝枕されたい……」

「私もよ……」

「ついでに頭を撫でられたい……」

「私もよ……」


 泣く子も黙るSランク冒険者の二人は聖女の話題で盛り上がる。


「きゅっきゅう」


 二人の様子を見ていたウサちゃんが「同意」と鳴いた。

 フォルテとゼファーはウサちゃんが前足を上げたのを見て、うんうんとうなずいた。


「レイアの膝はウサちゃんのものね」

「そうだな。とんだ失礼を言ったぜ」


 少し冷静になった二人は白亜の部屋から出て、礼拝堂へと戻った。


 先ほど座っていた長椅子に座り、旅の準備をすることにした。


 まずは互いのステータス確認をしようと、ゼファーがステータスボードを出現させた。


「ステータスだ。おまえのも――」

「わかってるわ」


 フォルテもステータスを表示させる。


「きゅう」


 レイアが座っていた椅子の上で丸まっているウサちゃんもボードを出した。なんとなく、仲間に入れてほしいみたいだ。


 二人はウサちゃんのステータスを見て感嘆した。


――――――――――――――――――

ウサちゃん

 ◯職業:フォーチュンラビット

  レベル1

  体力/100

  魔力/50

  知力/50

  幸運/77777

  魅力/7777

 ◯スキル

 〈癒やしの波動〉

――――――――――――――――――――


「〈癒やしの波動〉か。どうりで……」

「癒やされる理由がわかったわ」


 通常の鑑定では他人のスキルまで確認できない。レイアの鑑定は特別性であった。


「幸運が77777ってすごすぎだろ」

「王都のくじ引き屋に行ったら全部当てそうね」

「きゅう」


 ウサちゃんが「まあね」と言いたげに鼻をぴくぴく動かした。可愛い。

 最初に発見したときすでに確認していたが、あらためて見るとあり得ない幸運値だ。


 ステータスの中でも幸運は上がりにくい数値で、レベルアップ時に1〜10で上がっていく。そのため、レベルが100でも幸運値は高くて1000ほどで、ギャンブラーなど珍しい職業の人でようやく3000である。


 数値五桁の77777は異様であった。


「レイアの数値もヤバかったな?」

「ええ。さすが聖女ってところよね。幸運値も綺麗に上がっていたわ」

「レベル60で幸運値6000。しかも装備の補正で+5200だぜ?」


 ゼファーが思い出したのか、ふうとため息をついた。


「てかさ、今さらだけど勝手にステータス鑑定したの罪悪感覚えてきた」

「そうね……レイアは遠慮して私たちのステータスを見ていないみたいだったわ」

「アレあげたほうがよかったんじゃね? 鑑定阻害の指輪」

「ああ、うっかりしてた」


 フォルテが額を指で押さえた。

 レイアの存在が眩しすぎて、色々と失念している。


 ステータスは戦闘において重要な情報だ。相手に見られてしまうと対策を立てられ圧倒的不利になる。そのため、上位冒険者ランカーは必ず鑑定阻害の指輪を装備していた。


「ま、気を取り直して確認するか」

「そうね」


 ゼファー、フォルテはステータスボードが移動するイメージをする。

 半透明のボードが互いの目の前へ移動した。


――――――――――――――――――

ゼファー

 ◯職業:剣士

  レベル71

  体力/5800(+500)

  魔力/2000

  知力/1800

  幸運/330

  魅力/3800

 ◯一般スキル

 〈料理〉サバイバル

 〈流儀〉冒険者の流儀

 〈生活魔法〉

 ◯剣士スキル

 〈火魔法〉レベル3

 〈水魔法〉レベル1

 〈モルダグ流剣闘術〉

 〈戦いの咆哮〉

 〈野生の勘〉

 〈危機一髪〉

 〈カウンター〉

 〈全体斬り〉

 〈連続斬り〉

 〈絶対両断〉

 〈不屈の闘志〉

 〈鋼の心臓〉

 〈鑑定〉

 〈アイテムボックス〉

 ◯装備品

  ライヒニックの聖剣

  黒鉄の服

  赤鉄の胸当て

  赤鉄の肘当て

  赤鉄の小手

  エヤンダの靴

  鑑定阻害の指輪

――――――――――――――――――


 ゼファーのステータスを見たフォルテが、「レベルが上がっているわね」とつぶやいた。


「魔の森を抜けてきたんだ。当然だろ?」

「そうね。でも、もっと強くならないと……」

「だな」


 ゼファーがにかりと笑う。


「フォルテもいい感じにステータスが上がってるな」

「レイアには負けるけどね」


 ゼファーがフォルテのステータスボードへ目を落とした。


――――――――――――――――――

フォルテ・シルフィード

 ◯職業:弓士

  レベル71

  体力/3300

  魔力/4000

  知力/4700

  幸運/570

  魅力/4200

 ◯一般スキル

 〈料理〉エルフ流・ルルーラ流・サバイバル

 〈流儀〉冒険者の流儀

 〈礼儀〉エルフ作法・貴族作法

 〈生活魔法〉

 ◯剣士スキル

 〈火魔法〉レベル1

 〈水魔法〉レベル4

 〈風魔法〉レベル7

 〈エルフ流弓術〉

 〈隠密〉

 〈隠蔽〉

 〈野生の勘〉

 〈長耳の集音〉

 〈鷹の目〉

 〈風の心〉

 〈軽業〉

 〈森の子〉

 〈連続弓射〉

 〈絶対貫通〉

 〈鑑定〉

 〈アイテムボックス〉

 ◯装備品

  ライヒニックの聖弓

  世界樹の服

  魔銀の胸当て

  ニンフの小手

  軽業師の靴

  鑑定阻害の指輪

――――――――――――――――――


 二人は互いに見たステータスの意見を言い合う。


 数値は重要であるが、戦闘における戦術、熟練度、経験も必要であることを二人は誰よりも理解していた。世界に数名しかいないSランク冒険者だけあり、抜かりや慢心はない。


 話し合いが終わると神殿から出て、芝生広場でスキルの使い心地を確認する。


 簡単な模擬戦をたっぷり時間をかけて行うと、日が沈んできた。


「飯にしよう」

「そうね」


 聖剣と聖弓にも慣れてきた。


 頃合いということで神殿に戻り、ウサちゃんから許可を得て野菜をもらい、アイテムボックスに入っている保存食と一緒に調理する。フォルテが料理上手なので、ゼファーは火起こしや片付け担当だ。


 野菜スープ、黒パン、ゼファーのアイテムボックスに入っていた鳥肉の串焼きというメニューだった。


「ウサちゃんも食べるか?」

「きゅっきゅう」


 ノン、と首を振るウサちゃん。野菜だけでいいらしい。


 調理場から礼拝堂へスープを持ってきて、フォルテが生活魔法で光玉を宙に浮かべた。


 室内が明るくなり、中央の銅像に影が伸びた。


「レイアとしばらく会えないのかぁ〜」


 スープの具をフォークでかきこみながら、ゼファーが言った。


「……残念だけど私たちの帰りを待っているみんながいるわ。涙を飲んで、早朝出発しましょう」


 上品にパンをかじるフォルテが言う。


「ま、仕方ねえよなぁ」


 ゼファーもパンにかじりつき、立て続けにスープを飲んで口の中でパンをふやかす。


 あまり行儀のいい食べ方ではないが、冒険者はいついかなるときでも戦闘できるよう、早く食べる習慣が染み付いている。ゼファーはフォルテと違って、常在戦場と通常運転を切り替えできるタイプではなかった。


「きゅう」


 ウサちゃんがサクサクとレタスを頬張っている。可愛い。

 二人はウサちゃんに癒やされながら、落ち着いた気持ちで食事を続けた。


 昨日まで魔の森で生きるか死ぬかの瀬戸際でサバイバルをしていたため、いい気分転換になっている。


「レイアの浄化魔法さ、マジでびっくりしたぜ」


 スープを飲み干したゼファーが生活魔法の光を見上げて言った。


「一瞬でボン、だぜ?」

「魔物に大幅な特攻があるのでしょうね。デビルマーダーグリズリーが一撃だもの。聖女さまでないとあり得ないわ」

「なあ……俺たちの世界、本当に助かるかもしれねえな」

「そうね……レイアが私たちの最後の希望よ」


 フォルテが今の世界情勢を思い描いているのか、ゼファーと同じように神殿の天井を見上げた。


 ララマリアの世界は崩壊寸前である。

 度重なる魔物の侵攻により、じわじわと人間、エルフ、ドワーフ、ピクシー、獣人たちの生活領域は狭くなっていた。


 一見平和に見える大都市の王都でも、破滅への脅威が背後まで迫っていることに皆が気づいている。


 これ以上、土地が魔物に踏み荒らされると食糧難に陥る。今でも国庫を開いてやりくりしている状態だ。時が経てば食料はなくなり、醜い人間同士の争いになるであろうと王国は予想していた。もって数年。王国はそういった理解のもと、現状を打破するべく動いている。


「魔石の件もあるし、絶対帰らないと」


 フォルテはレイアに言われた、魔石を栽培に使ってください、という言葉を反芻した。


 収穫量が増えればいいと願うばかりだ。


「王都に帰ろう。それで、また神殿に来よう」


 ゼファーが真剣な目をして、拳を突き出した。


「ええ」


 フォルテも拳を握り、ごつんと互いの拳を合わせる。

 全人類の期待を一身に背負った二人は大きな希望を胸に宿し、うなずき合った。


「きゅきゅう」


 そこへウサちゃんがぴょんと跳んで、もふりと前足を合わせる。


 ゼファーとフォルテが笑い、ウサちゃんの高さに合わせて腕を伸ばし、二人と一匹は拳を合わせるのだった。

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