第16話 一度お別れ
フォルテ、ゼファーと友達になった澪亜は、二人に自分が異世界人であること、鏡で世界を行き来できること、日本という国から来たこと、その世界には魔法がないこと、その代わりに科学文明が発展していることなどを伝えた。
「あまり驚くことじゃないわね」
フォルテがうなずき、ゼファーも肯定する。
「異世界人は過去の歴史で何度か現れてるぜ。まあ、レイアみたいに鏡で行ったり来たりってのは聞いたことがないけどさ」
「そうなのですね? よければお二人をおばあさまにご紹介したいのですが……」
澪亜はまだ祖母鞠江に異世界の件を伝えていない。
(今日帰ったら、おばあさまに言おう。それで、おばあさまの両目を聖魔法で……治そう。お二人にできたんだもの。きっとうまくいくよ)
考えているレイアの肩を、フォルテがぽんと叩いた。
「気にしないで。澪亜の住むニホンって街に行ってみたいけど、別に無理しなくてもいいわよ」
「そうだぜ、気にすんな。なんせ俺らはマブダチだからな」
にかりと笑って親指を立てるゼファー。
「はい」
澪亜は二人の優しさに笑みを浮かべてうなずいた。
ゼファーが〈癒やしの微笑み〉のせいか頬をゆるませ、フォルテが「聖女さまが寛容な方でよかったわ」とつぶやく。
「レイア。そういえば、その鏡に鑑定はかけたの? ちょっと気になるわね」
「かけていません。すっかり抜け落ちていました」
「じゃあ見に行きましょうよ。私、見てみたいわ」
「きゅっきゅう」
フォルテが言い、ウサちゃんも反応する。
澪亜はウサちゃんを抱き上げ、真っ白な部屋へ二人を案内した。
「こちらがそうです。祖母が大切にしていた鏡で、手を触れると吸い込まれて向こうの世界へ移動できます」
木彫りの枠に収まっている全身鏡は、室内でも鮮やかな光彩を浮かべている。
澪亜は独特な雰囲気を持つ鏡を眺めてから、脳内で鑑定と唱えた。
鏡の横に半透明のボードが浮かんだ。
『世渡りの鏡――ライヒニックが作った世界と世界を繋ぐ鏡。聖女の資格を持つ者。女神の加護を持つ者のみ使うことができる』
(聖女の資格を持つ者……だから私は異世界に来ることができたのか)
澪亜がボードを見ていると、フォルテとゼファーも鑑定を使ったのか、唸り声を上げた。
「聖女か加護持ちだけが使えるのね」
「どのみち俺たちは使えないな」
「そうね。加護持ちは魔物との闘争で血脈が途絶えているわ。実質、使用できるのは聖女であるレイアだけね」
フォルテの解説に、澪亜は残念に思った。
「きゅっきゅう……」
ウサちゃんも澪亜の腕の中で落ち込んでいる。加護なしのウサちゃんも現実世界への移動はできない。
「残念ですね、ウサちゃん……」
澪亜はウサちゃんのお腹に顔をうずめて、もふもふと左右に動かした。
「きゅう」
「そうですね。こっちにいるときはいつも一緒ですよ?」
「きゅっ」
そんな聖女と聖獣を見て、フォルテは「聖女さまとフォーチュンラビット可愛い。持って帰りたい」と言い、ゼファーは「異世界行って見たかったぜ」と新しい冒険ができないことを悔しがった。
その後、時間になったので、澪亜は現実世界に帰ることにした。聖剣と聖弓をゼファー、フォルテにあずけ、神殿を自由に使っていいと伝えた。
そもそも澪亜の所有物でないので、二人が使うことになんの躊躇もない。
「ありがとうレイア。私たちは一晩休んで、王国へ報告に行くわ」
「ああ。みんな吉報を待ってるからな」
「そうですか……わかりました」
(お二人は王国へ一度戻るのか……寂しいなぁ……)
澪亜は何度かうなずいて感情を飲み込むと、気持ちを切り替えた。
「それでは、私もできる限りのお手伝いをいたします。こちらに聖水を溜めておきます。いつでも飲んでくださいね。水筒に入れていただいても、もちろん大丈夫です」
澪亜は神殿の裏手にあった調理場で聖水作成し、大壺に聖水をこぼれるぎりぎりまで入れた。
さらに心配した表情で、フォルテとゼファーを見つめた。
「お部屋は自由に使ってくださいませ。裏手の野菜は一日で実が生えてきますので、お好きに食べて結構です。管理人のウサちゃんに念のためお伺いを立ててからお願いいたします」
「きゅっ」
ウサちゃんが胸を張る。
「歯磨きと洗顔は聖水を使ってください。とっても綺麗になります。瘴気は完全に駆除しましたが、万が一現れたら聖水をふりかけてくださいね。あと、礼拝堂にある聖女の実は食べないようにお願いします。聖女候補以外が食べるとひどく苦いみたいですので。それから――」
「あの、レイア? そんなに心配しなくても大丈夫よ」
フォルテが軽く苦笑いをして、嬉しそうに肩をすくめた。
「そうだぜ。俺たちは国で最強のSランク冒険者だ。飯とかは適当に食える動物を狩ってくるから平気だよ」
ゼファーが腰に装備した聖剣を嬉しそうに叩く。
「野菜があるのはありがたいわね。できるだけ持っていきましょう」
「たしかに! 一ヶ月、味気ない保存食だったからなぁ」
「それに聖水が使える時点で最強よね」
「浄化もできて生活にも使えるとか万能すぎだろ……」
二人の言葉を聞いて、澪亜はちょっと頬を赤くした。
「すみません。余計な心配でしたね? あの、お二人と別れるのが寂しくて……つい……」
澪亜がうつむいて聖女服のスカートを握る。
自分の気持ちを伝えることに慣れず、こうして恥ずかしくなってしまう。同年代の友人がいないので仕方がないと言える。平等院家が没落する前は、金持ち同士の子どもの交流もあったのだが、没落した今ではつながりは消滅している。金の切れ目が縁の切れ目とは言い得て妙であった。
何にせよ、こうして人と話すのが澪亜は嬉しくて、どうにも照れるのだ。
勝手に顔は熱くなるし、するつもりはないのにもじもじとしてしまう。
(ううう……恥ずかしい。相手に気持ちを伝えるのは大切ってお母さまが言っていたし、慣れないと……)
そんな澪亜を見てフォルテは「あああっ」と小声で悲鳴を上げ、愛しさと切なさとエルフ的な尊さメーターすべてが振り切れたのか、金髪を振り乱して仰け反った。さっきまでの頼りになるお姉さんキャラはどこに行ったのだろうか。
ゼファーは「くっ、これがエルフ族の言う尊いってヤツか?! 意味わからんかったけど今理解した!」と胸を押さえてフォルテの肩をガタガタと思い切り揺らす。
「だ、大丈夫ですかお二人とも?! お胸が苦しいのでしょうか?! 傷がまだ治っていないのかもしれません! 聖魔法――治癒!」
澪亜があわてた様子で杖を取り出し、パァァッと治癒魔法を光らせた。
フォルテとゼファーが光に包まれる。
数秒して落ち着いた二人がふうと息を吐いた。
「大丈夫よ。尊い発作が発生しただけだから。今この瞬間治ったわ」
きりりと端正な顔を引き締め、フォルテが言った。
「トウトイ発作? それはいけません。多めに治癒魔法をかけておきます」
澪亜はさらに心配したのか、再度杖を構えた。
フォルテはそれを押し留めた。
「レイア、落ち着いて聞いてちょうだい。今後エルフ族に会ったとき、きっと同じ反応をするわ。でもそれは一時的なものだから安心して。別に悪いものじゃなくて、種族的な反応なの」
「そうなのですか? それならいいのですが……」
「エルフ族ってバカなの?」
ゼファーがちょっと呆れている。
「うっさいわね!」
「あぶなっ、あぶなぁっ! 今の裏拳、本気だったよなぁ?!」
フォルテの裏拳をかわしたゼファーが抗議する。拳の鋭さに髪の毛が二、三本飛んだ。
「エルフ族は心を大切にする種族なの! だから純粋な人とか行動を見ると、つい身体が反応しちゃうのよ!」
「変な種族」
「カッコばっかつけてるあんたに言われたくないわよ」
「カッコつけてんじゃねえの。カッコいいの」
「はいはい」
ため息をついて、フォルテが肩をすくめる。
ゼファーは実力もあり人柄もいいので、人族からはモテるのだ。ただ、自分でカッコいいと言ってしまうところが残念でもあり、彼の魅力でもあった。
澪亜は二人の間柄が一昼夜でできたものではないとわかっているのか、ニコニコと笑ってやり取りを眺めている。
それから、三人で少し談笑して、ウサちゃんをもふもふし、澪亜は別れを告げた。
「それではまたお会いいたしましょう」
「ええ、また! 必ず神殿に来るわ!」
「ああ! またな、レイア!」
「きゅっきゅう!」
「まあ、まあ、……ウサちゃんはそちらでしょう?」
一緒に現実世界へ行こうとするウサちゃんを見て、澪亜は寂しげな表情をし、フォルテ、ゼファーが微笑ましく目を細めた。
「きゅう……」
ウサちゃんはウサ耳を垂らしてとぼとぼと鏡から離れた。
澪亜は律儀に一礼をして、名残惜しくも、鏡に触れて現実世界へと戻った。
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