第15話 聖女の提案


「――ということを思いついたのですが、いかがでしょうか?」


 魔の森を浄化して街道を作る――

 その提案に、ゼファーとフォルテは表情を明るくした。


「聖女レイアさま、素晴らしいご提案です!」

「俺、感動しました!」


 フォルテが長い耳を赤くし、ゼファーは瞳をうるませて椅子から下り、ひざまずいた。


「五ヶ国を繋ぐ街道はエルフ族……全種族の悲願でございます!」

「そのとおりです!」


 澪亜も椅子からあわてて下りて二人を見つめた。

 ウサちゃんもぴょんと飛び降り、澪亜の横に座る。


「そんな大げさですよ? ただの思いつきで言っただけですから、どうか顔をお上げになってください」

「いえ。聖女さまのお力なくして悲願の達成は不可能です。私からご提案すべきところでしたのに……一緒に来てくれなど申し上げてしまい恥じるばかりです。聖女さまには神殿を守る義務がおありです。こちらを拠点にするのは当然のこと……次からはよく考えて発言いたします」

「魔の森に道を作る。聖女さまが手伝ってくれるなら最高だ!」


 フォルテは頭を垂れ、ゼファーは興奮して口調が普段の調子に戻っている。


(誰かに本気で頼りにされたの……初めてかもしれない。そっか、こんな気持ちになるんだね)


 澪亜は今までの人生で、誰かに頼られたことはない。

 父と母は澪亜を常に守ってくれていた。祖母鞠江は精神面で支えてくれる存在だ。澪亜は庇護される対象だった。


(……)


 胸の奥が熱くなって、喉が締め付けられる。また一つ、自分がここにいていいんだ。そんな理由を与えられたように感じて、澪亜は涙ぐんだ。


(もっと聖女の力を使えるようになったほうがいいね。うん。頑張ろう!)


 澪亜はうなずいて、二人に笑みを送った。


「……!」

「……ッ」


 フォルテとゼファーはそんな澪亜の表情を見て驚き、互いに視線を交換してどちらからともなくうなずいた。


 まずはフォルテが姿勢を正し、澪亜をじっと見つめた。


「聖女レイアさま。私はあなたさまに忠誠を誓います。どんな王族の誘いにもこの気持ちは動きませんでしたが、レイアさまのお人柄、聖女のお力、なによりそのお優しいお心に強く感銘を受けました」


 彼女の気持ちは本物なのか、その碧眼が揺らぐことはなく、まっすぐ澪亜を見ている。


 隣にいるゼファーも頬に力を入れた。


「俺も、聖女レイアさまに忠誠を誓います。剣を振るしか能がない自分ですけど、やっと剣士である意味がわかったような気がするんです。聖女さまのためにこの力を使いたい。どうか、あなたの家臣にしてください」


 Sランク冒険者は王族にも一目置かれる存在だ。

 引く手あまたな二人が澪亜にかしずいている。


 静謐な礼拝堂で聖女、剣士、弓士が膝をついている光景は、見る者がいないことがもったいないほど、美しい瞬間であった。


(お二人は聖女を探して危険をかえりみず、魔の森を踏破した勇者……。私は……お二人のような勇気がほしい……。今の自分なら、言いたいことを言えるかもしれない。聖女の力を授けてくださったこの世界の神さまに感謝をして――自分を信じよう――)


 澪亜は二人に出逢ったときからずっと考えていたこと。

 それを口に出そうか、出すまいか、悩んでいた。


 だが、自分をここまで評価してくれた二人に恥じる言動はできないと思い、眉を上げ、ぐっとお腹に力を入れた。


「あ、あのぅ……私からも、その、提案があるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい!」

「何なりと!」


 フォルテ、ゼファーが顔を上げた。

 澪亜は服が汚れるのも構わず膝を擦って二人に近づいた。


 考えれば考えるほど、恥ずかしい提案だ。


 なんだか頬が熱くなってくるし、本当にこんなことを言って大丈夫なのだろうかと、心の中で不安の二文字が吹き荒れる。


 それでも澪亜は鳶色の瞳を見開いて、大きく息を吐いた。


「私からの提案っ、ですが……そのぉ……」

「なんでしょう?」

「なんでも命令してくださいよ!」

「い、いえ、違うのです。その、なんというか、言いづらいのですけれど……」


 やはり気恥ずかしくなってしまい、つい人差し指同士を突き合わせてもじもじしてしまう。


 フォルテとゼファーはうら若き聖女が恥ずかしがっていることにやっと気づき、しばらく言葉を待つことにした。


「あのですね……忠誠や家臣などは必要がなくてですね……なんと言えばいいのか……」

「……」

「……」

「私と、その、お……お友達に……なってほしくてですね……」


(言った! 言ってしまった! 恥ずかしい!)


 澪亜は頭から煙が出そうなほど顔を赤くして、うつむいた。

 フォルテとゼファーはきょとんとした表情を作った。


「お友達……?」

「友達、ですか?」

「はいぃ」


 こくこくとうなずいて、澪亜は顔を両手で覆った。


 ウサちゃんも「きゅうきゅう」と鳴いて両手で自分の顔を隠している。


 やがて言葉を意味を理解して、顔を赤くしておろおろしている聖女を見つめ、二人は初めて澪亜が聖女であり、それと同時にただの純粋な少女なのだと理解した。


 こんな辺鄙な神殿に一人でいたのだ。寂しかったのだろうと想像すると胸が痛くなってくる。


 フォルテは澪亜のいじらしい気持ちに胸キュンして、「ああ。尊い」と自分の胸をかき抱き、ゼファーは「守りたいそのピュアハート」と衝動的に太ももを叩いた。


 澪亜は自分の発言が気に障ってしまったかと焦って顔を上げた。


「急に変な提案をしてしまって申し訳ありません。お二人を見たときからお友達になれたらどんなに素晴らしいかと勝手に考えてしまい……その……ぁぅ……すみません……」


 自分で言ってまた恥ずかしくなったらしい。


 恥ずかしさを紛らわすため、澪亜はウサちゃんを抱いて高速なでなでをし始めた。

 構わんよ、とウサちゃんはされるがままだ。


「レイアさま! いえ、レイア……今日から友達になりましょう!」


 フォルテは涼やかな瞳を弧に描いて、手を差し出した。嬉しいのか長い耳がぴくぴくと動いている。


「レイア! 俺たちは今日からマブダチだ! よろしく!」


 普段はお調子者で場の空気を和ませるゼファーが、にかりと笑って手を出した。


「聖女さまにマブダチってバカなの? 矢で貫かれたいの?」

「うっさいな! 別にいいだろ、友達なんだから!」


 フォルテがジト目を送り、ゼファーが言い返す。


(お二人とも……なんてお優しい!)


 澪亜は嬉しさと恥ずかしさで感情で胸がいっぱいになり、フォルテ、ゼファーと握手をして頭を下げた。


「ありがとうございます。これから、よろしくお願いいたします」

「違うでしょ、レイア。敬語はいらないわよ」

「そうだぜ。敬語はいらんよお嬢さま」

「こら」


 フォルテがゼファーの頭をはたいた。


「あいたっ」

「あんたはそうやってすぐ調子に乗る」

「別にいいだろ。レイアが友達がほしいって言うんだから。レイアはまだ十六歳なんだから、こういうときこそ年上の俺たちが導いてやらんといかんぜ」

「はいはい。まだ十八歳でしょあんたは」

「おまえも十八歳だろ?」


 澪亜は二人のやり取りが小気味よくて、くすくすと笑った。


「ああ、ごめんなさい。ゼファーがお調子者だから」

「このエルフは暴力的なんだよ聖女さま。すぐ人の頭をはたいて――あいたぁ!」

「あんたが調子に乗るからでしょう」


 澪亜はひとしきり笑って、幸せそうな笑みを二人に向けた。


「これからよろしくお願いいたします。敬語は……癖なので抜けそうもありませんが……その……えへへ……フォルテ……ゼファーとお呼びしても……?」


 名前を呼び捨てにしたことのない澪亜は躊躇しつつも、二人を呼んだ。照れ笑いして頬を染めると、〈癒やしの波動〉〈癒やしの微笑み〉〈癒やしの眼差し〉のトリプルコンボが発動してしまう。


 純粋無垢な聖女さまを見てフォルテとゼファーは顔を見合わせ、これから戦に行かんばかりの神妙な顔でうなずき合った。


「これはアレね……」

「ああ、アレだな……」

「この笑顔ならどんなやつでも陥落するわね……」

「超カタブツの宰相閣下でも……イチコロだな」

「ん? どうかされましたか?」


 澪亜は二人の話が気になって、顔を近づけた。


「いえいえ、なんでもありませんよ」

「友達になれて嬉しいなって思ったのさ!」

「ま、まあ」


 澪亜は両頬を押さえて、むにむにと口元を動かした。

 フォルテとゼファーは聖女のいじらしさにまた胸を射抜かれ、両手で心臓を押さえた。


「……そう近い未来、レイアのために死にたいと言う兵士が集まりそうね……」

「ああ……王国中から来そうだぜ……」


 二人が囁き合っていると、ウサちゃんがぴょんと跳ねた。


「きゅっきゅう!」

「まあ、まあ、うふふ……ウサちゃんもありがとう。ウサちゃんもお友達ですものね?」

「きゅう」


 ウサちゃんが片手をもふりと挙げると、フォルテ、ゼファーが声を上げて笑った。


 つられて澪亜もお淑やかに笑う。

 礼拝堂に、皆の笑い声が響いた。

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