第13話 初の魔物討伐


 澪亜は悩みながらも、自分が登校を前提にし、前向きに考えていることに気づいた。


(あれ、私……あれだけ学校に行くのがいやだったのに……登校しようって思ってる?)


 何度かまばたきをして考える。


(田中さんに会うのはいやだけど……でも、登校拒否になったらおばあさまが悲しむし……それに今だったら、勇気を持って行動できるかも……)


 ちょっとだけついた自信と勇気を胸に、澪亜は大きく息を吐いた。


 一方、ゼファーとフォルテは、自分たちと行動をしてほしいというお願いは間違いだったのか? と、心配そうに澪亜を見つめていた。


 二人の視線に気づいて澪亜はハッと顔を上げた。


「申し訳ありません。考えごとをしておりました……」

「いえ、いえ、全然平気ですよ。聖女さまを眺めているだけで幸せなので、むしろご褒美です」


 ゼファーが短髪を指でぽりぽりとかいて、顔を赤くした。


 澪亜は美麗な聖女装備に身を包み、体型はスレンダー。顔つきは母と祖母ゆずりの超美人だ。そこから彼女特有の優しさがあふれ出ていて、見ているだけで幸せになれると言う彼の言葉はあながち間違いではなかった。


 ちらちらと大きな胸元に目が行ってしまうのは、男の性であろうか。だがゼファーは澪亜を女性として見るというよりは、雲の上の神域にいる女神を見ているような、そんな感覚で視界に入れていた。


「こら、聖女さまに何てこと言うの」


 ぺちりとエルフのフォルテがゼファーの頭をはたいた。


「いってーな。仕方ないだろう。聖女さまめっちゃ美人なんだから」

「まあ気持ちはわからないでもないけど……というより、美形の多いエルフですら見惚れてしまうわねぇ……」


 フォルテが碧眼を澪亜に向ける。

 澪亜はいったい何の話をしているのかわからず、「んん?」と小首をかしげた。


(エルフさんが美形だというお話でしょうか?)


「ああ、わかってない。自分の魅力に気づいていないわ。これはダメだね……可愛すぎるわね……」

「どうされましたお二人とも? まだ傷が痛みますか?」


 心配になってきた澪亜が二人の顔を覗き込む。


「大丈夫です。ピンピンしてますよ!」

「はい。私の場合は魔力欠乏だったので、問題ないですね。聖水をいただいて快調です」


 ゼファーとフォルテが元気だとアピールする。澪亜は胸をなでおろした。ウサちゃんもきゅっきゅと鳴いた。


(もう少しこの世界について色々聞きたいな……)


 澪亜が質問を投げようと思い、口を開いたそのときだった。

 ドン、と森の方向から重い音が響いた。


「なんでしょう?」


 ゼファーとフォルテはSランク冒険者らしく素早く立ち上がった。


「俺たちが様子を見てきます」

「聖女さまは神殿にいてください」


 二人がそう言い、駆け出そうとする。

 だが澪亜も立ち上がった。


「いえ、私も行きます。お二人は病み上がりですから。それに、瘴気であれば浄化できます」


 澪亜はアイテムボックスからライヒニックの聖杖を取り出した。

 ゼファーとフォルテが頼もしいですと言い、そのまま走り出そうとした。


「あっ、お待ちください」


 澪亜が待ったをかけて、干していた二人の装備を浄化音符に指示を出して移動させ、神殿に運んだ。ふよふよと二人の着ていた上質な上着、鎧、その他の装備品が浮いたままやってくる。


「もう乾いていると思いますよ」

「これって……本当に聖女さまが洗ってくださったんですか? それにこの洋服を浮かせている魔法って、聖魔法なんでしょうか?」


 ゼファーが自分の装備を受け取って、先ほどから気になっていたことを聞いてくる。


「浄化魔法を私なりにアレンジしたんです。浄化音符と名付けていますよ」


 澪亜はくるくると指を回した。シャラララーンと和音が鳴って音符が消えた。


「ありがとうございます!」

「感謝いたします! 聖女さまに服を洗っていただくなど、恐縮です……!」


 二人は装備を受け取って、手早く着替えた。


 ドン、という音が再度響く。


 どうやら森の結界を何者かが叩いているようだ。

 Sランク冒険者らしく二人は最速で支度を整え、弓と剣を手に持った。


「ああ、そうだ」


 澪亜が思いついて、浄化音符を両手から出して、別室へと向かわせた。


 楽しげな音を奏でながら黄金の音符が飛んでいき、武器庫に保管されていた剣と弓を運んできた。


「……聖女さま?」

「これは?」


 二人は黄金の音符に乗って浮かんでいる剣と弓を見上げ、食い入るように見つめる。


(そういえば鑑定はかけていなかったね――鑑定)


 まずは剣に鑑定をかけてみる。半透明のボードが現れた。


――――――――――――

・ライヒニックの聖剣

 攻撃力(+3500)

 疲労軽減効果

 聖なる光で悪しき瘴気を討ち滅ぼす。聖女に認められた剣士にのみ装備可能。

 ――現在、ゼファーが装備可能――

――――――――――――


 澪亜は剣の性能を見て、瘴気を討ち滅ぼすのはいいことだと思った。


 アレは悪意のかたまりでしかない。


 ただ、攻撃力や効果に関してはいまいちわからなかった。書いてあるままなのだろうと思う。


 次に弓へと鑑定をかけた。


――――――――――――

・ライヒニックの聖弓

 攻撃力(+2300)

 幸運 (+1000)

 連射+命中に大幅補正

 聖なる光で悪しき瘴気を貫く。聖女に認められた弓士にのみ装備可能。

 ――現在、フォルテが装備可能――

――――――――――――


 澪亜は笑みを浮かべて、うなずいた。


 神殿が、二人に装備品を渡してほしい。そんなふうに言っているように感じた。


「お二人が使ってください。剣と弓も喜んでいるみたいです」


 二人は熱に浮かされたみたいに頬を染めて、両手を差し出した。

 澪亜は浄化音符を操作して二人の手に剣と弓をゆっくりと落とした。


 受け取った瞬間、美しい和音の調べが鳴り響き、浄化音符は空中に霧散した。


「……聖剣……いいのでしょうか?」

「これは……エルフの里の伝承にあった……聖弓です……」


 二人も鑑定をかけたのか、事の重大さを感じて震えている。

 聖なる装備シリーズは伝承にしか出てこない代物だ。


 ゼファーが使っていた最高品質の魔剣でも攻撃力は+900。

 +3500の聖剣の性能はぶっとんでいる。


 フォルテの持っていた弓も攻撃力は+660であった。聖弓との性能差がありすぎた。


「いいのですよ。さあ、受け取ってください。早く音するの方向へ行きましょう」

「きゅっきゅきゅう」


 澪亜とウサちゃんが言うので、二人は聖剣と聖弓を取って互いにうなずき合った。


「色々言いたいことがあるのですが、まずは様子を見に行きましょう!」

「この神殿に何かあっては全人類の希望が失われると同義です」


 ゼファー、フォルテが言って、窓枠を飛び越えて芝生の大地を駆けていく。


 澪亜は窓枠を飛び越えるのは控え、神殿の入り口から出て駆け足で二人を追った。


 芝生を走るざくざくという音を聞き、ウサちゃんが並走しているのを横目に見つつ、澪亜はドンと音が鳴る方向を見た。


(大きな熊? それにしては禍々しいものを感じます。あれが魔物でしょうか? あっ、腕が四本もあります……!)


 体高五メートルはありそうな熊が、神殿の周囲を覆っている黄金の膜――結界を殴りつけている。触れるとダメージがあるのか、一撃一撃は遅い。それでも放っておくのはまずいと感じる威圧感だ。


 澪亜は素早く鑑定をかけた。


――――――――――

デビルマーダーグリズリー

 ◯職業:デビルマーダーグリズリー

  レベル75

  体力/18200

  魔力/5000

  知力/1500

  幸運/300

  魅力/1000

 ・魔の森奥地に住む熊。瘴気を吸い込んで魔物化し、ゼファーとフォルテを追っていたところ神殿を見つけ、破壊しようとしている。攻撃力/4800

――――――――――


(ゼファーさん、フォルテさんが襲われたのはこの熊だね……)


 鑑定結果を見て澪亜は思う。

 体力が自分の十五倍あるため、手強そうだった。


(よくわからないけど……攻撃力が4800。叩かれたら4800体力が減るのかな? 私の体力が1200と+300だから――一発でやられちゃう、とか? そもそもあんな大きな熊に殴られたら致命傷だよ)


 あくまでもステータスの数値は女神が決めた生命数値である。攻撃力が低くても急所に当たれば魔物は倒せるし、どんなに高い威力の攻撃でもあたりどころが悪ければダメージは低くなる。


 澪亜は頭の中で数値について考えつつ、杖を構える。


「きゅきゅう!」

「わかりました! 結界から出ないようにしますね!」


 ウサちゃんのアドバイスを素直に聞く澪亜。


 その間に、ドン、とまたしてもデビルマーダーグリズリーが結界を殴りつけた。

 じゅわ、と熊の触れた拳の部分が溶解する。結界が壊れる様子はない。


「さっきの借りを返すぜ……!」

「ええ、疲れた私たちを倒したからって調子に乗らないでほしいわね!」


 ゼファーとフォルテがのけぞったデビルマーダーグリズリーめがけ、結界から飛び出した。


 フォルテは弓を構え、ゼファーが疾駆する。


「――〈絶対両断〉!」

「――〈絶対貫通〉!」


 聖剣が左腕を裂き、狙いすましたように聖弓の矢が肩を貫いた。


「グオオオォォッッ――!」

「ハハッ! すげえ威力だ!」

「矢に自動で聖属性が付与されているわ! 見て! 自己修復できていない!」


 肉の焼ける音がし、聖なる武器で傷つけられた箇所から煙が上がる。デビルマーダーグリズリーは顔を凶悪にしかめて怒りの咆哮を上げた。


「この聖剣があればいける……!」

「聖弓も忘れないでよね」

「フォルテ、油断するなよ。デビルマーダーグリズリーは体力バカだ」

「わかってるわ。長期戦といきましょう」

「新スキルの具合は何となくわかったぜ。スキルクールタイム中に通常攻撃でダメージを蓄積させて――」

「ええ、スキルでとどめ。それが理想ね」


 二人は一度、距離を取る。


(お父さまが言っていた――自分にできることをできる限り冷静にやる。それが優れた人間だって……!)


「援護いたします!」


 澪亜は父の言葉を胸に気持ちを奮い立たせ、二人の役に立とうと浄化音符を呼び出し、縄状に繋げて捕縛するイメージで解き放った。足元でウサちゃんが応援している。


「浄化音符さん、お願いします!」


 黄金の音符がチェーン状に連なって飛び、デビルマーダーグリズリーの足首にシャラシャラと巻きつき、さらに這うようにして胴体、首、顔、腕をぐるぐる巻きにしていく。


「成功です!」

「きゅっきゅう!」

「ギャアアオオゥ! オオオゥ!」


 激しい痛みをともなっているのか、デビルマーダーグリズリーが悲痛な叫びを上げた。


 音符は拘束をさらに強める。


(もっと強く拘束を――)


「ゼファーさん、フォルテさん、今のうちに――」


 澪亜が杖をかざしながらそこまで言ったところで、デビルマーダーグリズリーが黒い霧に変化し、それと同時に風船が破裂するような音を響かせて爆発四散した。


 ぼふん、と焚き火の燃えカスに似た何かが、パラパラと地面へ落ちていく。


「――ッ」

「あっ――」


 ゼファーとフォルテが剣と弓を構えたままフリーズした。


 まさかデビルマーダーグリズリーが一撃で消滅するとは思わなかったらしい。長期戦を覚悟していた二人にとって青天の霹靂であった。


「……」

「……」

「……」


 無言で見つめ合う三人。


「あ、あの……浄化魔法は、効き目がいいようですね?」


 澪亜はどう言っていいのかわからず、曖昧な笑みを浮かべた。

 Sランク冒険者は言葉を失っている。


『――おめでとうございます。レベルが上がりました』


「ひゃあ!」


 脳内アナウンスが流れ、澪亜は内股で跳び上がった。

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