第11話 剣士とエルフ
澪亜が治癒魔法を使うと、二人の身体が青白い光に包まれた。
自分の身体から魔力が抜け落ちていく感覚を感じる。
二人が完治して健康状態になるイメージをしながら、集中して魔法を使い続けた。
一分ほどで男性剣士の裂傷が消え、女性エルフの顔色がよくなった。
「ふう……ウサちゃん以外に使うのは初めてでしたけど……どうにかうまくできました」
「きゅっきゅう」
ウサちゃんがねぎらうように、もふっと前足で澪亜の足を叩いた。
「ありがとうウサちゃん。人助けができてよかった……」
澪亜は胸をなでおろし、しゃがんで二人の顔を覗き込んだ。
呼吸は安定している。今は眠っているみたいだ。長旅をしてきたのか、衣類に汚れが目立つ。
アイテムボックスからハンカチを出し、聖水で濡らして、目につく範囲を拭いていった。
「……」
「……」
二人が目を覚ます気配はない。
芝生の上でずっと寝かせておくのもアレだと思い、澪亜は神殿へ運ぶことにした。
「でも、私一人で持ち上げられそうもないですね」
「きゅう。きゅっきゅう」
ウサちゃんがウサ耳をぴこぴこさせて、浄化魔法を使ったらどう? と、うながしてくる。
澪亜は小首をかしげるも、なるほど、浄化の音符を出して運んでもらえばいいのかと思いついた。できなくてもいいので、チャレンジしようと両手をかざした。
(やってみよう!)
「聖魔法――浄化音符!」
浄化音符と名付けてからは発動がずいぶん楽になったため、こうやって唱えるようにしている。
澪亜の両手からバラバラと黄金の音符が飛び出してきて、イメージした担架の形になっていく。
「いいですよ、その調子です、音符さん」
両手をかざしながら澪亜が微笑んだ。
二つの担架が完成すると、美しい和音がシャラーンと鳴り響いた。お茶目な浄化魔法である。
「ふふっ……素敵ですね」
澪亜が指揮者のように指を動かすと、スルスルと黄金の担架が男性剣士と女性エルフの背中に滑り込んでいき、ふわりと浮き上がった。
「よかった、できましたね!」
「きゅう!」
澪亜は跳び上がったウサちゃんのウサ耳とハイタッチをし、浄化音符を操って神殿まで二人を連れて戻った。
◯
二人を神殿に連れ、鎧や上着を脱がせて、武器庫の隣にあった部屋のベッドに寝かせた。男性の服を脱がすのはちょっと気後れしたが、相手のことを思うとすぐに気にならなくなった。
澪亜は二人の身体を丁寧に拭いて、一度浄化魔法で浄化した。これで邪悪なものが付着していても安心だ。
男性剣士は凛々しい顔立ちをやわらげて安心したように眠り、女性エルフは惚れ惚れする美しい寝顔で眠っている。
澪亜は二人の衣類を両手に持って、にこりと微笑んだ。
ちょうどベッドが二つあってよかったと思う。
「目を覚ますまで待ちましょう。異世界の人……エルフさんもいるから、胸がドキドキしますね?」
「きゅう?」
「あら、ウサちゃんはエルフさんと会ったことがあるのですか?」
「きゅきゅきゅう」
「ふんふん、そんなにめずらしい存在ではないんですね」
澪亜はウサちゃんと会話をしながら礼拝堂に戻り、バケツに聖水を作って衣類や鎧、剣、エルフの持っていた弓などを丁寧に洗った。
みるみるうちに汚れが落ちていくのが楽しい。
澪亜は聖水を使った掃除と洗濯にハマっていた。
現実世界の家でも節水のために聖水で洗濯している。洗剤、柔軟剤いらずでシャツなどがまったく皺にならないという優れものだ。洗濯チートである。
じゃぶりとエルフの洋服をバケツから取り出した。
見事な刺繍がされている緑色を基調とした上着だ。
「綺麗で見たことのない刺繍模様ですね。伝統工芸品でしょうか?」
元ご令嬢の澪亜も唸る一品である。
「ハンガーはアイテムボックスに入ってないんだよね……あ、浄化音符さんにまた頼んでみようかな?」
澪亜は手をかざして浄化音符を呼び出すと、ハンガーになってほしいとお願いした。
音符たちは楽しげに和音を響かせながらエルフの上着に入り込んでいき、ハンガーの形になって、宙に浮かんだ。
「便利な魔法ですねぇ。そのまま窓の外の光と風が当たるところに……そうそう、そこがいいですね」
ウサちゃんがウサ耳で音符に指示を出している。
澪亜は楽しそうにそれを見ながら魔法を操作する。
洗濯物を下げた音符ハンガーが窓から出て、宙に浮いた。陽の光にあたって黄金音符がキラキラと輝いている。
澪亜はその調子で二人の服をすべて干した。
弓と剣も念のため日に当てておいた。
「弓と剣はかなり傷んでいるみたいですね。素人目に見てもあまり持ちそうにないです」
風で揺れている異世界の洗濯物を見ながら、澪亜は腕を組んだ。
しばらく考え、そういえばと思いだした。
「起きてお腹が空いていたら大変です。ウサちゃん、一時間ほど現実世界に戻りますね。二人を見ていてくれますか?」
「きゅっきゅう!」
了解とウサちゃんが前足をもふりと上げた。
「いってきます」
澪亜は現実世界の服に自動早着替えし、鏡をくぐって家に戻った。
昼食を作るついでに多めに米を炊いて、おにぎりを作っておく。
祖母鞠江と昼ごはんを食べてから、おにぎりが乗った皿を持って、異世界に戻った。
戻ったらすぐに聖女装備へと変更する。
背中が空いている大胆なデザインだが、妙に着心地がいい。寝るときも着ていたい。やみつきになりそうだった。
「一時間以上経っちゃったね。お二人は大丈夫かしら」
着替えと同時に自動で出てきたライヒニックの聖杖はアイテムボックスへしまい、鏡の部屋から礼拝堂へと出る。
ステンドグラスがこぼれる礼拝堂に、男性剣士と女性エルフがたたずんでいた。
「まあ。起きてらっしゃる」
澪亜はつぶやいた。
二人はあっけに取られているのか声に気づかず、礼拝堂を眺め、外に浮いている洗濯物とウサちゃんを見ている。
「あれって俺たちの服だよな?」
「ええ、そうみたいね……キラキラ光る魔法で浮いているわ……」
「あとさ、このラビット……鑑定したらフォーチュンラビットだった……」
「伝説の聖獣じゃないの……」
「魔の森に神殿があるなんて……」
「占いおばばの予言は本当だったのね……」
見ている光景が信じられないのか、目を点にしながらお互いに言い合っている。
(元気になってよかった……)
澪亜は二人が無事であったことに安堵し、後遺症など痛みがないか気になった。
「お二人とも、お加減は大丈夫でしょうか?」
心配になってきて、皿のおにぎりが倒れないよう足早で礼拝堂の中心に向かう。
男性剣士と女性エルフは澪亜の声に驚いて、振り返った。
「まあ、まあ、傷口はふさがっていますね? お顔のお色も大丈夫そうですね?」
近づいて、剣士、エルフの順番で身体をしげしげと検分する澪亜。
二人は澪亜を見て、驚きのあまり魂が抜けたみたいに無反応になった。目だけは澪亜の亜麻色の髪と鳶色の瞳を追って動いている。
「よかったです……。お二人とも気を失っていたんですよ……?」
澪亜が心配そうに微笑むと、〈癒やしの微笑み〉が発動して二人が一気に覚醒した。
「聖女さまが――」
「実在したわ!」
突然、大声を張り上げる剣士とエルフ。
「はうっ!」
澪亜はびっくりして持っていた皿を取り落としそうになった。
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