第10話 魔物とけが人


 それから澪亜は時間の許す限り、浄化魔法を練習した。


 どうやら浄化魔法はヒカリダマが手伝ってくれる魔法のようだ。唱えるとヒカリダマが出現して、花火のように弾ける。


 ただ、どれだけ魔力を込めてもあまり効果範囲が大きくならなかった。

 せいぜいが、畳一畳分を浄化できる程度だ。


 これでは森の浄化など夢のまた夢だ。


(なんか違和感があるよね。もっと違う方法がいいのかもしれない)


 色々と試したところ、浄化魔法はヒカリダマの丸型の状態から、別の形状へ変化できることに気づいた。


 さらに一時間ほど裏庭で練習する。

 澪亜は休憩を取ることにして、聖水をウサちゃんと飲んだ。


「うーん、剣の形、槍の形……ファンタジー映画みたいにやってみたけどなんか違うんだよね……ウサちゃん、どう思いますか?」

「きゅっきゅう……」


 ウサちゃんが前歯を出してウサ耳を曲げた。悩んでいるらしい。

 そして「きゅう」と鳴いて前足を上げた。


「まあ。ニンジンの形は試したでしょう?」

「きゅっきゅう」


 そうだったね、とウサちゃんがウサ耳をぴこぴこ動かした。

 会話が成立しているのはスキル言語理解のおかげだろうか。


「ああ……そういえばヒカリダマさんはピアノが好きだよね……よし、試してみよう」


 澪亜は座っていた芝生から立ち上がり、敷いていたハンカチを丁寧に払うと、両手を前へ突き出した。


 想像するのは音符のマークだ。

 ピアノが好きな自分には合っている気がした。


「聖魔法――浄化!」


 澪亜が唱えると、金色の音符が両手からバラバラと飛び出した。

 ハープのような調べを奏でながら、浄化の音符が次々と空中で踊る。


「素敵だわ」


 澪亜は踊っている音符を見て満面の笑みを浮かべ、行ってください、と森の方向へと飛ばした。


 軽自動車ほどのかたまりになった浄化音符が森の方向へと飛んでいき、結界を飛び出してパキンと弾け飛んだ。ピアノの和音が響き、その周辺が一気に浄化された。


「やったわ! 成功!」


 嬉しくなってぴょんと飛び上がる澪亜。

 ウサちゃんも跳ぶ。

 スカートがひるがえった。


「よし、この方向性で練習していこう。もっと練習したいけど、もう時間がないね……。それじゃあウサちゃん、寂しいけど……私、そろそろ現実世界に帰らないと……」

「きゅう……」


 ウサちゃんがウサ耳をしおれさせた。


 澪亜はウサちゃんを抱いてもふもふと撫でて、練習を切り上げることにした。


 いつか現実世界にウサちゃんを連れていければと思う。



      ◯




 次の日――


 夏休みも残りわずかとなってきた。


 澪亜はまだ鞠江に異世界の存在を言えないでいる。聖魔法“治癒”を試すのはためらわれた。


 直感で両目は治るだろうと思うも、誰にも使ったことがないため、自信がない。


(まだ時間はあるし、決心したらおばあさまに伝えよう……)


 一時保留にして、異世界へと澪亜は向かった。

 もう鏡で自分の姿を見ることに忌避感はない。

 ある程度の自尊心は取り戻しつつある。


 もっとも、自分の容姿に明確な自信があるかと聞かれたら、澪亜は「まったくありません」と答えるだろう。いきなり痩せたため、心と容姿がうまくマッチングしていないような感覚だ。鏡を見ても、本当に自分なのかな、と疑問に思ってしまう。


「アイテムボックスさん」


 澪亜は手慣れた動作でアイテムボックスから靴を出した。


「あ、そっか。聖女装備にすぐ着替えちゃえばいいのか」


 聖女装備に変更すればいいことに気づき、澪亜は脳裏に聖女を着た自分を思い浮かべる。


 ぴかりと全身が光に覆われ、聖女装備への自動早着替えが行われた。

 何度やっても癖になりそうな感覚だ。面白い。


(昔見たピュアミクちゃんみたいだよね。ちょっと思い出すなぁ……)


 母親が唯一許してくれたアニメがピュアミクちゃんという番組だった。お金持ちのお嬢さまは見る番組一つにしても厳選されるらしい。確かに思い返せば、博愛の心を育むいいアニメであったなと澪亜はしみじみ思った。


(聖女装備に着替えたし、裏庭に行こう!)


 裏庭に行ってウサちゃんと合流し、今日も浄化魔法の練習だ。


 朝から昼にかけて練習し、お昼ご飯を祖母鞠江と食べ、また異世界に戻ってきて練習をする。


 しばらくすると、不意にウサちゃんが「きゅいきゅい!」と鳴いた。


「どうしたのですか? あ――」


 澪亜の胸に不快感が広がっていく。

 瘴気が発生しているみたいだ。


 不快感を感じる森の方向を見ると、人間が大きな動物から逃げている姿が見えた。


 距離にして五十メートル先だ。

 追われている人数は二名で、命からがら結界内に滑り込んだ。


「大変だわ!」


 澪亜は二人の身体が鮮血に染まっているのが見え、駆け出した。ウサちゃんもついてくる。


 大きな動物は黄金の結界を嫌がったのか、遠ざかっていった。


「大丈夫ですか?! お怪我は?!」


 そう言いながら駆けつけ、倒れた二人を見下ろした。


「なんてひどい……急いで治癒を――」


 一人は男性、もう一人は女性だ。


 男性のほうは筋骨隆々な剣士らしき人物で、仰向けに倒れており、胸に大きな裂傷がある。


 女性は細身で耳が長く、ファンタジーに出てくるエルフのような美しい人物だ。軽装に弓を持っている。彼女は顔を蒼白にしてガチガチと歯を合わせて震えていた。


「きゅう!」


 ウサちゃんが頑張れと言ってくれた。


 澪亜はうなずき、両手をかざして初めて人間へ治癒魔法を使った。

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