第9話 聖女の装備
ウサちゃんをテイムした翌日、神殿の裏庭に来ると、植えた種が成長していた。
「まあ。もう野菜になってる」
ニンジン、キャベツ、サニーレタス、トマトが大きく実って色付いていた。
「きゅう!」
見張りをしていたのか、ウサちゃんが澪亜の足元にぴょんぴょんと跳んできた。
澪亜が両手を広げるとウサちゃんが飛び込んでくる。
「今日もウサちゃんに会えて幸せですよ」
澪亜は美しい顔をウサちゃんの身体にこすりつけた。たまらない肌触りだ。
「きゅう。きゅっきゅう」
「ふんふん、なるほど。ウサちゃんがトマトの周りに棒を立てて育ちやすくしてくれたんですか?」
「きゅう!」
ウサちゃんが耳をぴくぴくと動かした。
伝説の聖獣だけあって野菜の育て方がわかるらしい。
「きゅ〜っ、きゅ? きゅうきゅ?」
「つまみ食いをしちゃってごめんなさい? 一種類ずつ食べたの? うふふ……いいんですよ。ここはウサちゃんのお家なんですから、好きなだけ食べてくださいね」
なんとなくウサちゃんの言っていることがわかるのが楽しくて、澪亜はころころと笑いながらウサちゃんを撫でた。
(私もちょっと食べてみようかな。サニーレタスを一枚……)
サニーレタスの葉を一枚、そっと取り、聖水で洗ってから口に入れた。
(美味しいです! 水分たっぷりの甘みが口の中で弾ける!)
シャクシャクと澪亜は上品にサニーレタスを食べる。
これなら八百屋で買わなくて済むなと節約について考え、残りの半分をウサちゃんへあげた。
ウサちゃんは小さい口を小刻みに動かしてサニーレタスを食べた。可愛い。
(喉が渇いてないかな?)
アイテムボックスから皿を出して地面に置き、聖魔法・聖水作成で聖水を入れる。
喜んだウサちゃんが澪亜の腕から飛び降りて聖水を飲んだ。
澪亜は両足を揃えてしゃがみ、ウサちゃんの白くてやわらかい毛をもふもふして小首をかしげた。
「ウサちゃん。今日はですね、開かなかった神殿の扉の中に入ってみたいと思います」
「きゅう?」
聖水を飲んでいたウサちゃんが顔を上げた。
「昨日、開きましたからね?」
ウサちゃんをテイムした後、ずっと開けられなかった神殿の扉がひとりでに開いていたのだ。
時間も遅かったので今日見に行くことにしていた。
しばらくしてウサちゃんが満足したので、澪亜はウサちゃんを抱いて立ち上がった。
「では行きましょう」
裏庭から神殿へ戻り、鏡の部屋と武器庫の部屋の間にある扉の前に立った。
扉には精緻な魔法陣が描かれていて、『汝、いかなる時も、優しくあれ』と異世界語の刻印がされている。
澪亜はドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。
(デビルな昆虫は……いないみたい。よかった……)
中にアレがいることもなく、室内は光に満ちていた。
「室内に樹木が生えていますね」
「きゅう」
神殿の室内とは思えない構造になっている。壁に瑞々しい枝が這っており、部屋の中心部には新緑を彷彿とさせる木が生えていた。背丈は二mほどだ。
澪亜とウサちゃんは室内へ進む。
樹木にはガラスケースが埋め込まれており、そこには美麗な装飾の洋服と杖が保管されていた。
「なんて綺麗なのでしょう……」
思わずため息を漏らし、澪亜はガラスケースを指でなぞった。
すると脳内アナウンスが響いた。
『条件を満たしました――聖女の装備を受け取りますか?』
「……!」
びっくりしたが、声は上げずに済んだ。
ウサちゃんが「きゅう?」と首をひねっている。
『神殿を浄化した聖女にのみ許される、聖女の装備品です』
「聖女の装備品……」
めずらしく解説付きのアナウンスに、澪亜はもう一度、ガラスケースを見た。
聖衣、杖、スカート、タイツ、靴が入っている。まるで聖なる白い魔法使いのような洋服に、澪亜の心は躍った。
しばらく考えてから、澪亜は口を開いた。
「私なんかが受け取っていいものなのでしょうか? とても大切にされている洋服に見えます。勝手に神殿に入ってきた私には相応しくないように思えます」
『ララマリアの歴史で、この聖女の装備にふさわしい人間が現れたことはありません。あなた以外に適正者はいません。受け取りますか?』
「私が初めてなのですか?」
『――受け取りますか?』
アナウンスがいつもの調子に戻ってしまった。
澪亜は腕に抱いているウサちゃんを見下ろす。
「きゅう」
ウサちゃんは肯定している。
澪亜は大きく息を吐いて覚悟を決め、うなずいた。
「はい。受け取ります」
『かしこまりました』
アナウンスが響くとヒカリダマが現れて、ガラスケースの聖女装備がまばゆく輝いた。
ヒカリダマが離れると、驚くことに服がガラスケースから消えており、光が澪亜の身体に飛び込んできた。ウサちゃんが驚いて澪亜の身体から飛び降りた。
「――!」
驚いたのもつかの間、澪亜の全身が光に包まれていき、数秒して輝きが収束した。
気づけば、澪亜の全身が聖女装備になっていた。
「まあ! 魔法みたいです!」
澪亜がちょっと見当違いなことを言いながら、両手や足を見下ろして自分の姿を確認する。
急いで鏡の部屋に行き、自分の姿を眺めた。
「とても綺麗な服ですね……素敵です」
澪亜は聖女装備を着た自分を見て、鑑定をかけた。
――――――――――――――――――
平等院澪亜
◯職業:聖女
レベル55
体力/1200(+300)
魔力/5500(+3200)
知力/5500(+3200)
幸運/5500(+5200)
魅力/6500(+8900)
◯一般スキル
〈楽器演奏〉ピアノ・ヴァイオリン
〈料理〉和食・洋食
〈礼儀〉貴族作法・茶道・華道・習字
〈演技〉役者
◯聖女スキル
〈聖魔法〉聖水作成・聖水操作・治癒・結界・保護
〈癒やしの波動〉
〈癒やしの微笑み〉
〈癒やしの眼差し〉
〈鑑定〉
〈完全言語理解〉
〈アイテムボックス〉
〈オーバーテイム〉
〈危機回避〉
〈邪悪探知〉
〈絶対領域〉
◯加護
〈ララマリア神殿の加護〉
◯装備品
聖女の聖衣
ライヒニックの聖杖
ライヒニックのスカート
ライヒニックの白タイツ
ライヒニックの空靴
――――――――――――――――――
澪亜は鑑定結果を見て、数値が上がっていることに驚いた。
(何かを装備すると数値が上がるんだ……なるほど。ライヒニックって名前で統一されているんだね。高名な方なのかしら……。あ……結構大胆な服だな……これ、かなり恥ずかしいかも……)
澪亜は半身になって背中を見た。
聖女の聖衣は背中がばっくり空いていた。
(スカートのリボンが可愛い)
腰のあたりには凝ったリボンの装飾があり、金の刺繍とレースがふんだんに使われている。スカート、タイツ、靴は着心地がよかった。
杖はファンタジーっぽく宝石がついている。
澪亜はなんとなくポーズを取ってみた。
中々、様になっている。
(ちょっと恥ずかしいけど、このまま過ごそうかな……。でも、着替えるのが大変そう。現実世界の服にすぐ着替えられればいいけど――)
澪亜がそこまで考えると、ぴかりと聖女装備が光って、服装がもとのワンピースへと変わった。杖も手元から消えている。
「あら? 聖女の装備さん、どこにいったの?」
あわてて言うと、ぴかりと身体が光って聖女装備が戻ってくる。
「えっ――すごいわ! 魔法道具なのかな?」
舞台俳優も驚きの早着替えだ。
澪亜についてきたウサちゃんが背後で「きゅうきゅう」と鳴いている。
「だよね? すごく便利だよね?」
澪亜はウサちゃんに話しかけて笑みを浮かべ、何度か早着替えを試してみた。光って数秒で聖女装備に変更される。これなら現実世界へ帰るときも楽ちんだ。
さすがに現実世界で聖女装備は恥ずかしいので、異世界は聖女装備。現実世界は私服。そんな形で過ごそうと思った。
「あ、お礼を言わないと」
澪亜は樹木の部屋に戻って、聖女装備の貸し出しに感謝した。
不思議な部屋で聖女服に身を包んだ澪亜が祈りを捧げる。
どこからどう見ても、聖女が祈りを捧げているように見えた。ウサちゃんも静かにしている。
(この世界に来れて……本当によかったです。ありがとうございます……この幸運に感謝申し上げます……。私もララマリアの世界に貢献したと存じます……)
真剣に祈りを捧げて、澪亜は顔を上げた。
すると、アナウンスが頭の中に流れた。
『浄化魔法を習得いたしました――ステータス欄で確認ができます』
(浄化魔法?)
澪亜はちょっと驚くも、すぐに落ち着いた様子で、ステータスを出現させる。
半透明のボードが現れた。
――――――――――――――――――
平等院澪亜
◯職業:聖女
レベル55
体力/1200(+300)
魔力/5500(+3200)
知力/5500(+3200)
幸運/5500(+5200)
魅力/6500(+8900)
◯一般スキル
〈楽器演奏〉ピアノ・ヴァイオリン
〈料理〉和食・洋食
〈礼儀〉貴族作法・茶道・華道・習字
〈演技〉役者
◯聖女スキル
〈聖魔法〉聖水作成・聖水操作・治癒・結界・保護・浄化new
〈癒やしの波動〉
〈癒やしの微笑み〉
〈癒やしの眼差し〉
〈鑑定〉
〈完全言語理解〉
〈アイテムボックス〉
〈オーバーテイム〉
〈危機回避〉
〈邪悪探知〉
〈絶対領域〉
◯加護
〈ララマリア神殿の加護〉
◯装備品
聖女の聖衣
ライヒニックの聖杖
ライヒニックのスカート
ライヒニックの白タイツ
ライヒニックの空靴
――――――――――――――――――
浄化魔法――聖女専用の魔法だ。
澪亜は鑑定を使って浄化魔法の詳細を見てみる。
『聖魔法・浄化――聖女のみに許された聖魔法。精霊の力を増幅させて指定した範囲を浄化する。瘴気に特効あり。習熟度で効果が変わる。要練習』
要練習の文字を見て、澪亜は無性にワクワクしてきた。
(神殿の周りにある森を浄化するのはどうかな……うん……とてもいいことのような気がしてきたよ。そうと決まったら練習あるのみ……かな!)
澪亜は勤勉な女子である。
練習とか訓練とか、そういう言葉を聞くと、自分が理想に近づくような気がして嬉しくなる。ウサちゃんが「きゅう」と鼻息を荒くした。どうやらウサちゃんも浄化の練習に付き合ってくれるらしい。
(また一つ、この世界に私のいる意味を見つけた気がする……!)
澪亜はステータスボードを眺めながら、ウサちゃんに笑みを投げた。
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