第8話 フォーチュンラビット


 ジョゼフと会ってから一週間が過ぎた。


 身体は健康的なスレンダー体型で維持されている。これが本来の澪亜の適正体重のようだ。


 日課であるピアノ、ヨガ、ランニングも忘れていない。


(おばあさまにどう説明すればいいのか……ううん……)


 異世界の件が言い出しづらくて、ずるずるときてしまっていた。

 澪亜はすっかり馴染んだ礼拝堂のピアノ席で、ステンドグラスを見上げた。


(夏休みが終わるまでには必ず伝えよう……!)


 そう決めて、立ち上がった。


(よし、悩むのはやめてウサちゃんを見に行こうかな)


 澪亜はウサギのことを考え、自然と笑顔になった。


 彼女の大きな瞳が弧を描くと、見ている者も幸せになれそうだ。


 実は三日前に、怪我をしたウサギが神殿に迷い込んできたのだ。


 聖魔法“治癒”で傷を癒やし、初めて使った聖魔法“保護”を使って、今は裏庭で休息している。“保護”は傷ついた動物や人間を安心させる魔法であった。聖女らしい魔法だ。


「ウサちゃん、ウサちゃん――」


 ニコニコが止まらない澪亜。

 女子らしく、もふもふともこもこが大好きであった。


 澪亜は見違えるようにピカピカになった神殿を歩き、裏庭に出た。


 レベル50で発現した聖魔法・聖水操作のおかげで浄化作業がかなりはかどったため、神殿は完璧に浄化された。草や蔦もすべて除去済みだ。


 祖母鞠江に買ってもらった安物のワンピースを着て、神殿を嬉しそうに歩く。

 すっかりスレンダーになって事務所に所属しているモデルのようだった。

 もっとも、本人はまったく意識していないが。


「ウサちゃん、元気ですか」


 裏庭に行くと、ウサギが寝ていた。


 ウサギは瞳が虹色でやや大きめのサイズだ。澪亜に気づき、警戒したのか身構える。


「大丈夫ですよ。ここは安全ですからね」


 優しい笑みを浮かべ、澪亜が両足を揃えてしゃがみ込む。


 聖女スキル〈癒やしの波動〉〈癒やしの微笑み〉〈癒やしの眼差し〉がトリプルコンボで発動し、ウサギが警戒を解いてごろりと寝転がった。


 澪亜はそっと細い指を伸ばして、ウサギのあごを人差し指でさわる。


 ――もふっ


 そんな効果音がきこえてきそうな手触りに、澪亜はうっとり小首をかしげた。


「どうしてこんなにもふもふさんなのでしょう」


 もう、癒やししかない。


 どちらかと言うと、澪亜のほうが癒やしの波動をバンバンに出しているのだが、澪亜自身は気づいていないし、本人に効果はない。


 澪亜は肩にかけていた鞄からニンジンを取り出し、聖水で綺麗に洗ってアイテムボックスから皿を出して、その上に置いた。


「食べますか?」


 ウサギは目を輝かせてニンジンをカリカリとかじった。


「まあ、まあ」


 うふふ、とお嬢さまらしくお上品に片手で口を押さえ、澪亜は微笑んだ。

 ウサギがニンジンを食べているあいだに、少ないお小遣いで買ってきた野菜の種を植えることにした。昨日、神殿あったスコップで土を掘り起こしておいたのだ。


 澪亜は種袋を丁寧に開けて、育ちますように、と祈りながらニンジン、キャベツ、サニーレタス、トマトの種を土に入れていく。ミニ家庭菜園のできあがりだ。


「聖魔法――聖水作成、操作」


 空気中の水分から聖水を作り、スプリンクラーのようにして噴射する。


 レベル50を境に、様々なことができるようになっていた。聖水作成もそのうちの一つで、今は水がなくてもその場で作れる。便利だった。


『オーバーテイムが発動しました。ラッキーラビットをテイムしますか?』


「ひゃあ!」


 久々の脳内アナウンスに澪亜は跳び上がった。

 身体が軽くなったのでかなり跳んでいる。


 澪亜はきょろきょろと周囲を見回し、ウサギを見ると、身体が光り輝いていることに気づいた。


「ウサちゃんが輝いています」

『オーバーテイムの効果発動――ラッキーラビットはフォーチュンラビットに進化可能。進化後、テイムいたしますか?』

「あの〜、テイムするとウサちゃんはどうなりますか? あと進化、ですか?」

『テイムいたしますか?』


 相変わらず融通のきかないアナウンスだ。

 澪亜は慣れているので気持ちを切り替え、「はい、テイムします」と答えた。


『かしこまりました』


 すると、ウサギがまばゆく光り輝いた。


 光は五秒ほどで収束する。光の中から、先ほどと見た目の変わらないウサギが現れた。


「きゅ?」


 ウサギが澪亜を見て首をかしげた。

 あまりの可愛さに澪亜は「まあ、まあ」と両手で頬を押さえてまたしゃがみ込んだ。


「ウサちゃん、あなた進化したのですか? ダーウィンさんも驚きですねぇ」


 ゲーム関連の知識がない澪亜はよくわからずにウサギのあごを撫でた。

 ウサギが気持ちよさそうに喉を鳴らす。


 先ほどよりもずっとウサギと自分がつながっているような気がして、澪亜は幸せな気持ちになった。


「あ、そうだ。鑑定――」


 思い出してウサギを鑑定してみる。

 横に半透明のボードが現れた。


――――――――――――――――――

ウサちゃん

 ◯職業:フォーチュンラビット

  レベル1

  体力/100

  魔力/50

  知力/50

  幸運/77777

  魅力/7777

 ◯スキル

 〈癒やしの波動〉

 ◯聖女レイアにテイムされたフォーチュンラビット。近くにいる者に幸運を与える伝説の聖獣。聖女にのみテイム可能。

――――――――――――――――――――


 澪亜は説明文を見て、うんうんとうなずいた。


(癒やしの波動〜。出てる出てる。私はあなたに会えて幸運だよ、ウサちゃん)


 ずっとウサちゃんと呼んでいたせいで、名前がウサちゃんになっている。そこはあまり気にならないらしい。


「きゅきゅ」


 ニンジンを食べ終えたウサちゃんが澪亜の膝によじ登った。

 これには澪亜もたまらず「可愛いですぅ」と声を上げた。


 澪亜はウサちゃんを抱き上げてもふもふを堪能し、神殿の外を見た。


「ウサちゃんは向こうから来たのですか? 黄金の膜でできた結界がありましたね? あちらを通って来たのですか?」

「きゅ」


 なんとなく肯定している気がする。

 澪亜は笑みを浮かべた。


「神殿を守るようにして球状に黄金の結界が張られていました。芝生の内側は安全です。外側は邪悪な雰囲気のする森ですよ? ウサちゃんが怪我をしたのは森の中ですかねぇ? ここは、この世界のどこなのでしょうか……?」


 疑問が浮かんできて、それとなくウサちゃんに質問を投げてみる。


「きゅう?」


 ウサちゃんが腕の中で首をかしげる。

 澪亜は右手で優しくウサちゃんを撫でて、まだ見ぬ森をじっと見つめた。


「きゅうきゅう」


 ウサちゃんが緊張した気持ちを感じ取ったのか、スキル〈癒やしの波動〉を使った。


 澪亜は「ほわぁ〜、ウサちゃんが可愛いです。あまり考えすぎても仕方がありませんね?」と言って、自分も知らず知らず〈癒やしの波動〉を行使した。


 今度はウサちゃんが「きゅう〜」と鳴いて、澪亜の胸に顔をうずめた。


 しばらく裏庭には澪亜の「ほわぁ〜」とウサちゃんの「きゅう〜」と鳴く声が響いた。


 異世界の神殿は、癒やしのオーラに包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る