第三節~出陣と侵入~

 同じころ、月界防衛軍の最高責任者である天宮あまみや 卦流音けるとは、ケンから伝令を受けて残る全軍を館の中庭に集結させていた。


 背にかかる金糸のような美しい髪は天馬の尾のごとくまとめられ、彼の頭上には金の輪が輝いている。


 着物は和装だが、それを除けば美青年といえる天使だ。


「皆の者、暦さまより新たなるご命令を承った。暦さまが結界をお張りになるまで、なんとしてもここシャンバラを守護する」


 ケルトは、紅玉ルビーのように紅く美しい瞳から兵士たちにさっと視線を送る。


「敵はサタンとやつに仕える三鬼士だ。よいか、いずれも強敵ゆえ常に防衛陣を保ち、なにがあろうとそこを突破させてはならぬ」


 彼がさらに続けようとしたとき、先行部隊として戦っている騎士団長から戦況の変化が伝えられた。


 ケルトの名を叫びながら駆け込んできたのは、もう一人の伝令係シルルである。


 瑠璃色るりいろの短髪と同色の瞳は見るものを引きつけるであろう。他の者と比較してやや小柄で、どこか幼さを残しているが、瞳には知性と落ち着きの光が宿っていた。


 ケルトは彼のほうを向きすばやく応対する。


「シルルか、どうしたのだ?」


「はい、ケルトさま。三鬼士のヴォルガに手間取っておりましたところ、一瞬のすきをつかれ、サタンがこの館へ急行しました」


「……まことか」


「はっ、申し訳ございませぬ。騎士団長ひじりさまより、ケルトさまへご報告するようにと承り、たったいま参上いたしました」


 すこし表情がくもったケルトだが、その瞳から落ちつきは失われていない。


「うむ、ヴォルガの特化型物理攻撃となればむりもない。だがドニエプルも厄介であろう。いずれにせよ全力での防衛に徹するのだ」


 そこまでを伝令係に向けて伝えると、ケルトは全軍にも聞こえるよう声をはりあげた。


「よいか、サタンは私が迎撃する。騎士団長たちには、指揮の全権をゆだねるゆえ三鬼士を分断し、都へ近づけるなと伝えよ」


「はっ! おおせのままに」


 シルルは主にうやうやしく一礼をすると、瞬間移動テレポートで騎士団長のもとへ去っていく。


 彼が消えると、ケルトは眼前にひかえる兵士たちに向きなおった。みな緊張感に引き締まった顔つきである。


「よいか、いま聞いたとおりだ。おぬしらはこれより先行隊と合流し、あとは騎士団長たちの指示に従え」


 兵士たちから承諾の声があがり、ケルトはそばに控える青年に視線をむけた。


「ケン、合流まではおぬしが指揮をとれ。私もすぐにそちらへ合流する」


「はい! おまかせを。ケルトさまもお気をつけて」


「うむ、頼んだぞケン。……では、全軍出撃!」


 出陣命令が出されると兵士たちは歓声をあげた。数百年ぶりの外敵だ。

 

 大魔界軍は翼を持ち空より攻めてくるゆえ、今回は空中戦になるだろう。


 幸い、月界防衛軍の兵士たちはほとんどが天使の血を引く者のため、空中戦は得意だ。


 彼らは次々と翼を展開し、ケンを先頭に飛び去っていった。


「……ケンもずいぶんと、頼もしい男になったものだな」


 ケンを昔から弟子として可愛がってきたケルトは、彼の成長を感じて空を見上げる。


「では俺も行くとしよう」 


 ケルトは背に美しい銀翼を展開すると、自身の敵をむかえ撃つため満天の星空へ飛び去っていった。



 そのころ大魔界のサタンは、しもべである三鬼士たちに月界防衛軍をまかせ、月宮の館をめざして飛行していた。


 黒柴こくしの翼からは、まがまがしさが溢れている。


 彼は悪の帝王にふさわしい装いだが、美しいとすらいえる美青年でもあった。


 容姿端麗で、夜空の色で染めあげたような深い紫の髪は彼の背の辺りまで伸びている。


 前髪は、彼の美顔の左半面をおおい隠していた。


 三鬼士たちと分かれて十分後、サタンはついにシャンバラへ到達した。都の外周には守護結界があり、悪属性をもつ者の侵入を拒んでいる。

 

 だが彼にとっては、紙でできた結界も同然だった。


「ふっ、このていどの結界で俺の侵入を防げると思うのか。甘く見られたものだな!」


 サタンは左手に宿した魔法陣から魔剣を取り出し、それを反対側の手でひとなでした。


 紫のまがまがしい魔剣は炎に包まれ魔炎剣となり、同時に彼の両瞳が明るい赤色に変わる。


 彼は紅い右目、紫の左目というオッドアイだが、使用する魔術の属性によってその色が変化するのだった。


「――ここだ!」


 サタンは結界の弱い部分を見さだめ、魔炎剣で強烈な斬撃を浴びせる。


 その斬撃のまえに、結界は脆かった。


 斬撃により生じたひびは水に浮く油のごとく広がり、東西南北、五キロはあろうシャンバラをおおっていた結界に無数の模様をえがく。


「この程度だとは、守護結界の名が聞いてあきれるわ」


 サタンはそう吐きすて、ひびだらけの結界に強烈な蹴りを入れた。


 はたして硝子ガラスが砕けちるような音とともに、結界は破壊されたのである。


「うわあああああッ!」「あ、悪魔だあ!」


 シャンバラの民たちが逃げまどいはじめるが、サタンは彼らに目もくれず月宮の館をめざした。


「ふん。きさまらごとき弱さの塊のような者ども、我が手をくだす価値すらない。わが力がすたれるわ」


 サタンは恐ろしく冷たい口調でそう豪語する。彼は敵みかた問わず、弱者が極端に嫌いなのだ。





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