第四節~戦闘開始~

 サタンが失敗を悟ったのは、聞き覚えがあり、また聞きたくなかった男の声が、館を覆い隠す白煙の中から響いてきた時である。


「まったく、また威勢のよい攻撃をしかけてくれたものだな。我が天使の力があったゆえ吹き飛びこそしなかったが、無傷ともいかぬとは。これは館の修復が大変ではないか」


 その声は男らしく、落ち着きのなかにわずかながら嘲笑の念がこもっていた。

 

 煙が晴れて現れたのは、サタンを止めるため待ち構えていた月界防衛軍大将軍のケルトである。


サタン渾身の一撃は、ケルトが召喚した金色に輝く天使によってほぼ完全に止められていた。


 館に与えた損害といえば、至近距離の爆風による軽微な破損程度である。

 

 サタンは急に機嫌を悪くした。


 計画は失敗に終わり、先の一撃で魔力を相当消費してしまったのだ。


 このような万が一を考慮して緻密な計算をもとに魔力を集約したわけだが、万が一は起こっていいものではない。


 そも今回の作戦は、武力頼りというよりは月宮の巫女を捕虜にした『無血開城』だ。


 理由は単純で、前回の侵攻時、彼女たちと防衛軍が協力して抵抗してきた際の浄化力の強さを味わっていたからである。


 全面戦争でも勝ち筋がゼロと言うわけではないが、今回は成功する可能性が高いと思われる作戦をとったわけだ。


 ゆえに大魔界軍は奇襲で先手を撃ち、首尾よく巫女たちを抑えるため深夜帯を決行時間と定め、多量の魔力を消費して月界を護る二重の界包結界を破壊。


 サタンは月宮の館を破壊するべくさらに多量の魔力を渾身の一撃に込めたのである。


 ゆえに魔力の浪費は軽視できず、彼は今から始まるケルトとの決戦を限られた魔力で戦い抜かねばならないのだ。


 負けるとは思わないが、彼は弱者のほかに己が計画をいたずらに狂わせられることが大嫌いだった。


サタンの両眼に直視しがたい憤怒の眼光が揺らめく。


「……きさま、よくも我の計画を頓挫とんざさせてくれたな。許さぬぞ!」


「そうか。だが俺の記憶ではおぬしは一度俺に負けている」


 ケルトの余裕たっぷりの挑発でサタンの表情がさらに険しさを増す。


「――そうだ。以前の戦いで俺は、子どもの貴様に敗北した」


 当時を振り返るように語り、悔しさに歯が軋む音がした。


「だが今は違う! 今回のこととかつての恨み、いまここで償わせてやる。覚悟しろ!」


「ふっ、威勢は良いがおぬしは今の攻撃で魔力を大きく消費した。もはや私に勝つ術はない」


 ケルトは不敵な笑みでサタンを見返し、サタンの暗く強烈な眼光がその笑みをはじき返す。


「黙れ、それはやってみなければわからぬだろうが! 消えてもらうぞ、大将軍レインバードよ」


「残念ながら、その要求には応えられぬな」


 彼らは二度目の対峙であり、互いに雄敵であることを理解している。緊迫する静寂の中でふたりの顔は真剣そのものになり、激しい視線でにらみ合った。


「行くぞ、サタン!」


「来いっ! 瞬きのうちに葬ってくれるわ!」


 ケルトが先んじて動き、サタンがそれに応じる。


 ここに軍を束ねる総帥同士の決闘が始まった。

 

 両者とも手に魔方陣を宿し、まずは遠近戦が展開された。


 ケルトは悪を浄化する金色こんじきの光線を、サタンは禍々しい闇の光線を放ち、激しく撃ち合う。


「ふっ、なかなかやるな」


「きさまこそ、わが攻撃をよく躱す」


 互いにぶつけあう言葉の応酬とともに、戦いは激しさを増しつつあった。



 一瞬の油断も許されぬ高速の撃ち合い。しかして両者が勝利条件は同じではない。


 敵の死こそが勝利の瞬間であるサタン。


 一方、ケルトの……いや、彼に限った話ではなく、月宮の支配のもとで生きる全ての民にとって、敵の浄化こそが勝ちの瞬間である。


 月に生を受け、戦う力を持つ者は皆、初代大巫女レミール朔夜の力により、攻撃で敵を無力化できるが決して殺めることはできない。


 代わりに誰もが強力な浄化魔法を身につけており、敵を殺すこと能わず。


 ゆえに彼らは、戦いで相手を無力化し、その悪属性、平和にあだなす悪しき心を浄化する、言わば『争いの種となり得る一切を殺す』ことに特化している。


 理由は朔夜の過去にあるとされるが、彼女を詳しく知る者がいないので確めるすべはなかった。


 従って、真の意味でケルトの瞬間が今夜訪れることはない。ただの防衛戦である。


 彼の完全勝利の瞬間とは、サタンたちを浄化し、悪の支配から開放したその時なのだ。


「ぬう、やはりやりおるな大将軍よ」


「ふっ、そちらもなかなかの速さだ。こうも膠着するとはな……」


「ああ、ならばどうするか」


「うむ、良かろう。私に馴染んだ得物は弓だがこちらの扱いにも不自由はせぬ」


 両者、魔剣を抜いたことで死闘は接近戦へと移行した。


 まさしく一瞬のまばたきすら許されない剣技の応酬。


 翼を広げて空を駆けめぐり、剣が一度でもぶつかればそこに無数の斬撃が生まれる。


 輝く火花と鉄が撃ちあうすさまじい金属音が月の空を戦いの色に染めた。


「きさまは誓ってここで殺してくれる! 覚悟しろ!」


「力強い決意だがおぬしは真の強さを知らぬ。たとえそちらの魔力が十全で魔力量が互いに変わらぬとしても、おぬしらが我らを滅ぼすことは決して叶わぬことよ」


「言うではないか、きさま。大口をたたいていられるのも今のうちよ。殺したあと、その腹立たしい舌も斬り刻んでくれるわ」


 二人の戦いは振りかざす剣とともに激しさを増していった。


 やがて両者ともに魔法と剣を同時に使い始め、戦いは頂点に達した。


 刃と刃が激しく絡みあい、二色の光線が互いの進路上でぶつかって大爆発を起こす。


 光線と剣とが相まみえることも多かった。


 二人の戦闘経験値はほぼ互角であり、戦いは長期戦へともつれ込んでいく。


 二人の美男が死闘を繰り広げていたころ、彼らの眼前にそびえる月宮の館、その六階を走り抜ける二人の巫女がいた。


 地下へ向かっている暦と入里夜である。


「ねえお母さん、今すごい音がしなかった? それにこの館揺れたよね」


「そうね、何があったのかしら」


 彼女たちはサタンの侵攻の速さをまだ知らなかったので、突然の音と衝撃に驚きを隠せない。


 それはサタンが放った『悪魔の滅煌デストロイ・オブ・サタン』をケルトが防いだ際の衝撃だが、六階で感じたその揺れはなかなかに凄まじいものだった。


 それはともかく、入里夜たちは緊急事態ゆえ走っているのだが、これがなかなか疲れるものだった。


 そもそも普段の生活であれば、火急の事態で急ぐ際に走る必要はない。


 館の各階に点在する瞬間移動用魔方陣に乗り、行き先を念じることで瞬間移動できるからだ。


 しかし今は事情が異なり、もし大魔界軍の斥候が館に侵入してこれを悪用し、月宮の巫女を暗殺でもされたら洒落しゃれにならないので、今は使用禁止である。


 そのため入里夜と暦は自分たちの部屋がある六階から恐ろしく長い階段を自力でくだり、地下を目指さねばならない。


 これは普段の穏やかな月界での生活では考えられず、暦に引きずられるように走ってきた入里夜だが、三階まで下りたときには大魔界の侵攻を忘れてしまうほど息があがっていた。


 二階の踊り場まできたとき、ついに入里夜の足が止まる。


「お、お母さ~ん、ちょっと休ませて……私もう限界~」


「入里夜ってばちょっと運動不足なんじゃないの、この程度で疲れるなんて」


 暦はこう言っているが、実のところ彼女が元気すぎるという表現が正しい。


「まあ疲れたのなら仕方ないわね、ちょっと待ってね」


 魔法使いにとって、これしきの疲労を回復させる程度のことは造作もない。


 暦は回復魔法を使い、入里夜を回復させようとした。


 しかし彼女は先に入里夜の異変に気づいた。娘がまるで凍りついたかのように止まっている。


「入里夜? どうしたの」


「お……お母さん、あれ、なに」


 入里夜は震える声でそう言い外を指さした。彼女の動きを止めたのは外の景色だった。


 月宮の館にある二階の踊り場は、一面硝子ガラス張りになっている。


 この高さが月界を一望でき、有事の時に外敵を発見しやすいからだ。


 普段は見張りの兵士が常駐し同時に展望スペースであり、景色もいい場所だった。


 しかし入里夜の碧い目が見たものは、遠くの空で防衛軍と大魔界軍が激しく戦う姿。


 月界において争いはほとんど起こらないことに加え、そもそも戦いを好まない彼女にとってそれは地獄絵図というべき光景だった。


「ね、ねえお母さん、なに……あれ。怖いよ」


「入里夜、落ち着いて。……そう、あれが大魔界。彼らが強いのは見れば分かるし、本気で月界を乗っ取りに来ているわ。でも私たちには彼らにない強さがあるの。だから大丈夫よ」


 暦は不安に満ちた娘の顔を見て思わずそう言ってしまった。


 確かにこの世界は簡単に滅びるほどもろくはない。だが危険な状態であることも事実なのだ。


 入里夜が見せた不安の表情は、暦を冷静にした。


 彼女も今回の夜襲に対する焦りからくる不安で押しつぶされかけていたが、考えてみれば、いりやが感じる不安のほうが大きいはずではないか。


 月の大巫女はそう気づくと、それでもついて来てくれた娘に感謝の気持ちがこみ上げ、暦は無意識のうちに言葉に出していた。


「入里夜、ありがとうね」


 言われた少女はその一言に驚いた。


 窓の外を見ていたら母に「ありがとう」と言われたのだ。入里夜は思わず言い返す。


「え? お母さん?」


「あ、ううんごめんね、おかしなこと言って。その、私も無意識だったから」


 暦の返答で入里夜がふっと笑顔を取り戻した。


「ねえお母さん。私もお母さんになったら、今のお母さんの気持ちが分かるかな」


「そうね……きっと分かるわ。入里夜、少しは落ち着いた?」


 その声は入里夜を安心させた。母の口調が完全に戻っていたからである。


「うん! もう大丈夫だよ、お母さん」


 入里夜が弾むような声で言ったとき。


 外から爆音が響き、二人の巫女はおどろいて上空をみあげた。


 そこには激戦を繰り広げる天使と悪魔がいたのだ。


「どうして! 早すぎるわよ」


「どうしたの? お母さん」


「サタンがシャンバラへ来るのが早すぎるわ」


 暦の驚きようも実は必然的なことだった。


 数千年まえ、彼女はすでに一度大魔界の襲撃を経験している。


 当時の鮮明な記憶によれば、サタンらが月宮の館へ到達できたのは月界侵入後、少なくとも半日以上は経ってからだった。


 だが今回は襲撃から一時間も経っておらず、外の光景は暦にとって完全に予想外だったのである。


 月界の界包結界もシャンバラの守護結界も、決してやわな守りではない。暦にとって、すべてが異常な速さで進んでいた。


「サタンたちはきっと、何らかの方法で魔力を極限まで高めている。そうでなければこの侵攻の速さは説明がつかないもの」


「ねえお母さん、どうするの」


 入里夜が心配そうに暦をみあげる。娘に見上げられた大巫女は上空を見あげて思考した。


 一刻も早く先に進んで結界を張り直すことが得策だが、月宮の館を万が一にも破壊されればそれどころではなくなる。

 

「……っ、加勢するべきか先に行くべきか」


 ケルトを信じないわけではないが相手は魔王ということもあり、暦は判断に迷っていた。


 結果、ケルトと情報交換したいし万が一があれば加勢できるようこの場に留まることに。


 ただ今すぐ加勢に出ていけばケルトの注意が自分に向いてしまうことを考えて踊り場で待機する判断をした。


 外で死闘を続けるサタンとケルトは、もはや何度目かもわからぬ激突を経て距離をとり対峙している。


「サタン、おぬし魔力を消費しているにしては強いな」


 ケルトの評価をサタンは甘んじて受け、不敵な笑みで応じた。


「ふん、よもやきさまに褒められるとは。だがまあ魔界エイリスへの侵攻と永年の研究成果が出たというものか」


「……魔界への侵攻だと?」


 ケルトの口調が問いただすかのように変化し、サタンの表情が狂気の笑みでみたされた。


「そうだ。俺たちは千年前、きさまらに月を追いだされたあと魔界を攻めたのだ。魔法使いどもの力を奪うためにな」


「………」


 ケルトは無言ながら険しい表情でサタンの言葉を聞いている。


 だが魔界攻略の際、多くの命が残酷な死を迎えたと語られたとき、天使の両眼に激しい怒りの灼熱が輝いた。 


「きさま、己らの力のために罪なき多くの命を殺しつくしたと申すか!」


「そうだ。そこで得られた膨大な魔術や魔力は有益だったぞ。そして時間をかけわれらの魔力との中和に成功した。今回の侵攻の速さもわが力も、長年をかけた研究の成果というわけだ」


「だまれ、下郎が!」


 ケルトが空を蹴り、目に見えぬはやさで斬りかかった。


 サタンが魔剣で受けると、空間を引き裂くような金属音が空気を揺さぶり、火花と衝撃波が生み出される。


「うぬ! きさまもなかなかやりおるわ。魔力を高めた俺と互角とはなあ!」


「貴様のような悪魔は、必ずわが一族の名にかけて浄化してくれる! ぬおおおおおお!」


 ケルトの身が激しい魔力で燃えあがり、彼の速さが格段に上がった。


 サタンは相手の迫力に少し押されたが、すぐに対応しふたたび美しいとすらいえる剣技のやりとりが始まる。


「なんという奴か! この俺が結界の破壊と『悪魔の滅煌』で魔力を消費したとはいえ、ここまでとは」


 サタンの言うとおり、「天才の美少年」とうたわれたケルトも鍛錬を重ねていた。


 燃えあがる両者の闘志とともに、戦いはなお激化していく。


 このときすでに、サタンが大将軍を討ち果たすまでにかかると踏んだ想定時間を越えていた。

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