第一章 衝撃的な出会い 第二話

 前世で「お前は鹿だねぇ」と、周りから散々言われていたのを思い出す。

「その野生児みたいにすぐ怒って行動するくせを直さないと、早死にするよ」

 これは前世のお母さんの言葉だ。なかなかしんらつな評価だが、前世はそのあくへきが直らず十八で死んだのだから、あながち的外れでもない。むしろ的確だった。流石さすが母親。子供のことをよくわかっている。

 前世の悪癖は今世でも引きがれるのだろうか。もしそんな題目の実験が行われているのなら、喜んでこの記録を提出しよう。

 ──ロータス殿下におひめっこされている、この現状を。

「………」

「………」

 殿下も私も無言で顔を合わせる。

 私は顔から血の気が引いていくのがわかった。

 なぜ彼に横抱きされているのか。答えは単純。落下した私をかばってくれたのだ。飛び蹴りをらわせた私を、殿でんは宙で体勢を整えると私をかかえたまま地面に着地したのだ。

 おかげで私には怪我ひとつないが、飛び蹴りした相手に助けられたじようきように精神は傷だらけである。

 やだ、私、とんでもなくかっこ悪い。めちゃくちゃずかしい──なんて乙女おとめな思考回路よりも先にギロチンがのうかんだ。

 ああ、さようなら私の首。今世でもどうたいとおさらばだ。

 私が使用人達へのゆいごんを考えていると、ロータス殿下が声をかけてきた。

「うむ、其方そなた。怪我はないか? もう下ろしてもだいじようそうか?」

 殿下の言葉にハッと正気にもどる。あわててうなずいて、地面へ下ろしてもらう。

 ロータス殿下は私に怪我がないかだけかくにんすると、「よし」と満足気に笑った。

「しかし、おもしろいな其方。まさか蔓を飛び移って、あそこから余に蹴りを喰らわすとは想像もしなかったぞ! まったく、かいである」

 ハハハ、と殿下はごうかいに笑う。私達のさわぎにけつけ、他の参加者である令嬢やその付きいが集まってきた。

 無礼な行動をじんも責めない殿下の態度に、私は本命である進言を躊躇ためらった。

 いま引き下がれば不敬な飛び蹴りを許してくれそうなふんだ。まだ私は死にたくない。二度目の死も断頭台でなんてごめんだ。命がしければ、さっさとここから立ち去るのが最善かもしれない。

 ……だけど。

 息を切らしてこちらに走ってきているリリアを見て、私は腹をくくった。

「……助けていただきありがとうございます、ロータス殿下。しかし、おそれながら申し上げたいことがございます」

 私は地面にひざをつき、頭を下げる。

 殿下の楽しそうな声が頭上から聞こえた。

「許す。おもてを上げよ」

 私は顔を上げて、殿下と目を合わせる。

たびのことで、うらみ言をひとつ、聞いていただけないでしょうか」

「恨み言だと?」

 予想外だったのか、殿下がきょとんと呆けた顔をする。私の言葉の意味がわからないのだろう。

 そんな殿下にやっぱり腹が立って、私はとげのある声で言ってしまった。

「はい。殿下が招待なさったご令嬢の一人が、殿下のぎわのせいで怪我をしたというのに、不誠実な態度であることについてです」

「………」

 殿下は何も言わない。ただ燃えるような赤いひとみを私に向けるだけだ。

 続けろということだろう。私は殿下のはくに負けないよう、腹に力を入れた。

「此度のこんやく者選びで、招待状には茶会だと一言も書いていないと殿下はおおせでした。ですが、同様に服装の指定もありませんでした。宮廷に招待されたのなら、正装およびそれに準じる格好をして、王族にれいを示すのが王に仕える臣下の責務でございます。怪我をされたご令嬢はそれにのつとり、臣下としての礼儀を殿下に示しました。私をふくむ、他の者も同様です。しかし、殿下はいかがでしょうか」

 言葉を一度区切る。周りからの視線が痛い。殿下からの圧力がこわい。

 それでも。だからこそ。

 私は、進言を続けた。

「殿下はをてらったあまり臣下に対して不都合を押し付けられました。それに対し、『つまらない』などと私達の忠誠を顧みぬご発言──あまりにも、不誠実ではございませんか」

 遠くから父のり声が聞こえてきた。無視して、必死に殿下へうつたえる。

「私達は臣下でございます。王が死ねと命じられたのであれば喜んでこの命を差し出しましょう。しかし、その関係が成り立つのは、王が臣下に誠実である場合のみです。ロータス殿下。私達も人でございます。どれだけ王にくしてもその忠誠を顧みられないなら、いつかはなれてしまうのが人の心というもの。どうか、殿下。周りをご覧になってください。あなたに仕える臣下達の顔を──っ!」

 最後まで言えなかったのは、父が私の頭を押さえつけてきたからだ。額が地面にくっつくような姿勢をとつぜん取らされ、たおれ込まないようとつに両手で身体を支える。

「申し訳ありません! ロータス殿下! 至らぬむすめが数々のご無礼を! どうか、ひらに、ひらにごようしやを!」

 父のあせる様子が横からひしひしと伝わってくる。王太子に対して生意気な口をく娘が、自分の娘だったらこんな必死にもなるだろう。

 それはそれとして、これで終わるつもりなんてさらさらないけど。

 私が口を開こうとすると、父はそれを察してか頭を押さえつける力を強くする。こういうときのかんは良いのが腹立つ。世間にはらちがいの娘がいることはかくせてないくせに。

 すると、私の頭上からロータス殿下が言った。

「サベージこうしやく。良い。此度は無礼講だと言ったはずだ。娘を押さえる手を退けろ」

「し、しかし」

「余はいま、其方の娘と話をしているのだ。貴公は少しだまっておれ」

 口調こそやわらかいが、その雰囲気はを言わせないものがあった。

 父はしぶしぶと私から手を離す。私が顔を上げると、殿下は微笑ほほえんだ。

「それで、其方は余に何を望んでいるのだ」

 殿下の微笑は天使のような微笑みだ。同い年だというのに思わずりようされてしまいそうになりながらも、私はずっと言いたかったことをき出すように言った。

「私達に、殿下の誠実さを示してください」

 殿下は少し困ったようにまゆじりを下げた。

「しかし、余には其方が申す誠実さというものがわからぬ。それが何か、教えてはくれないか?」

「それは──」

 自分で考えてください、と言いかけたとき、気がついた。

 殿下の目が、面白がっていることに。楽しそうに笑っていることに。

 まるでちんじゆうを観察するかのような視線に、私は察してしまった。

 私の訴えが何も届いていない。この人は、私が言いたいことをまったく理解していないんだ。

 これだけ訴えても、周りを見てくれないんだ。

「お、おい」

 私が立ち上がると、父がうでを引っ張って引き止めようとする。それをごういんはらい、殿下へおおまたで近づいた。

「うむ? なん──」


 バシン!


 ほおたたかわいた音は、中庭に思いのほか大きくひびいた。

 上がる悲鳴。背後で父が倒れる音。

 赤くなった頬を押さえた殿下が、ぼうぜんとした表情で私を見る。

 私はもうほとんど本能のまま、殿下へと怒鳴っていた。


「そういう態度が、誠実じゃないって言ってんのよ!」


 殿下がパチパチとまばたきをする。なぜおこられているのか心底理解できないのだろう。

 私は彼のむなぐらをつかむと、周りに集まった人達を指した。

「ご覧になって。ここにいる人達はあなたに命令されて集まったのよ。みなが皆、王都に領地を持っているわけじゃない。なかには馬車で何日もかけてきゆうていに来た人だっている。ドレスアップだってすぐに終わるわけじゃない。正装を用意することはもちろん、一人で着られるものじゃないから手伝いのじよも必要になる。つまりね、お金も手間も時間もかけてここに集まったの。それをあなたって人は──」

 木にぶら下がっていたときの殿でんを思い出して、胸ぐらを掴む手に力が入る。

欠伸あくびをした挙げ句に『つまらない』ですって? それが将来国を背負う男の誠実さか!? ふざけているのかしら。ええ、ふざけているんでしょうね!」

 ロータス殿下は私の言葉に顔を真っ赤にして、かたをわなわなとふるわせた。

「な、なんだと!? 余は至ってしんけんである! 余の使命を知らぬ其方に、好き勝手言われる筋合いはない!」

「他人に不都合押し付けて、自分の都合はわかってもらえると思ってんの!?」

 すかさず反論する。殿下はくちげんに慣れていないのだろう。口をぱくぱくと動かすが、何も言えていない。私は大人気なく彼にめ寄った。

「そもそも、殿下は私に反論する前に言うべきことがあるでしょう!? ふざけていないというのなら、彼女らにしかるべき態度を取ってください」

 バッと後ろで遠巻きに見ているごれいじよう達を手で示す。リリア以外にも、どろほこりかぶった女の子はたくさんいた。ドレスが破れている子や、をした子もいる。付きいの家族や使用人も似たような感じだった。

 その光景に殿下は、うっと言葉をまらせ、バツが悪そうな表情をかべた。その目はうっすらうるんでいる。

「余、余は悪いことしてないもん……」

「あ?」

 思わず聞き返す。なに? このおよんでまだ言い訳するの?

 私の心の声が聞こえたのか、殿下はびくりと震えたあと、うつむきながら何かをつぶやいた。

「……なさい」

「聞こえません」

 腹から声出せ。の鳴くような声でボソボソ言ったところで謝るべき相手に聞こえなかったら意味ないのよ。

 ロータス殿下は顔を上げて、赤いひとみなみだめながら大声で謝罪した。


「──ごめんなさい!」


 そして殿下がわっと泣き始めると、中庭の風景がゆがみ始める。

 おどろいて反射的に目をつぶる。しばらくしておそる恐る目を開けると、そこにはらしい手入れがなされた庭園が広がっていた。

「……えっ?」

 ジャングルはどこいった?

 私がきょろきょろと辺りをわたしていると、殿下がしゃっくりを上げながら説明してくれた。

「ほ、本当は……ぜ、全部、まやかし……ほうで、に、にせの風景を、つ、つくってて……」

「ま、まやかし……?」

 殿下の言葉で頭に上っていた血が元にもどり、どんどん冷静さを取り戻していく。

 よく周りを見れば、ボロボロだったご令嬢達が元の姿に戻っている。リリアも同様だ。泥だらけだった彼女のドレスは、シミひとつない新品へと変わっていた。

 リリアの変化で、私は気がついた。

 あれ? もしかして私、とんでもないことやらかしてない?

「い、いつわりだから、ほ、本来は、れられない……けど、きさきのし、資質を持った者だけ、余と同じ、ように……つるに触れられる、ように、してた……」

 私はび付いた歯車のような仕草で、ロータス殿下へ振り返った。ぬぐっても拭ってもボロボロと目から涙があふれる殿下の姿を、痛ましく思った。

「で、でも、ここまで、怒られるとは、思ってなかっ……ごめんなさい、ごめんなさ──」

 殿下はこらえきれなくなったのか、最後は言葉にできず「うわあああああん」としゃがんで大泣きする。

 ロータス殿下のごうきゆうに、私は立ちくした。

 頭の中に、ポツンポツンと単語が浮かんでくる。


 早とちり。

 かんちがいで無礼しまくった女。

 不敬すぎてしよけい確定。

 ギロチン再び。

 バイバイ私の首。

 来世も人間が良いな。


 今世に別れを告げているなか、私は大事なことを思い出した。

 そうだ。何の取りもない私だけど、だからこそ人としての誠実さを失っちゃダメだ。

 私はそのことに気がつくのと同時に、身体からだを動かした。

「──ロータス殿下あああ! ご無事ですかあああ!?」

「──申し訳、ありませんでしたァ!!」

 団長が大声で中庭に入ってくるのと、私がれいな土下座を殿下に決めたのは、ほぼ同時であった。


    □■□


 前世はきようねん十八。今世は享年十二か。早死にばっかしているなー、私。もう少し長生きしたいけど無理かな。無理だな。だって私鹿だし。おまけに短気だし。あれ? やっぱ無理じゃん。来世は人間以外の生物の方が長生きできそう。神様にいのっておこう。来世は人間以外にしてくださいって。

 そんな現実とうをしていると、目の前に座っている人物がせきばらいをした。その人はメガネをかけ直すと、私にたずねた。

「ちゃんと聞いておられますか? アザレアじよう。私の言っていること、理解していらっしゃいます?」

「ええ。わかっております。さいしよう様。さいばんさんは羊の肉が良いですわ」

「何ひとつ伝わっていませんね。よろしい、もう一度最初から説明します。今度はしっかり聞いていてください」

 ちようめんそうな仕草で、宰相のエルメット様はメガネのズレを直した。

 中庭でロータス殿下を泣かせたあと、か私はまだ宮廷にいた。今は宰相のしつ室で王太子ロータス殿下のい立ちを教えてもらっている。

 うん。なんで?

 いろいろとやらかした後だから父やままはははなれることができたのは助かるけど、それはそれとしてこのじようきようはおかしくないか? どうしてまだ生きているんだ、私。


 中庭に騎士団長のクリーク様がけつけてきたとき、私は死をかくした。

 だって、ロータス殿でんに飛びりをした挙げ句、平手打ちからの謝罪まで彼を追い込んだのだ。しかも、すべて私の早とちりから起こった出来事。もくげき者は多数いる。言いのがれはできないしするつもりもない。その場で切り捨てられてもおかしくない所業だ。

 私が「世話になった使用人達にせめてゆいごんを」とクリーク様にう前に、泣きじゃくっていたロータス殿下が先手を打った。

「クリーク……そこのむすめを、エルメットに、預けよ」

 えつ混じりに殿下はクリーク様に命令した。あるじに忠実な騎士団長は、まどいながらも私を中庭から連れ出し、宰相のエルメット様のもとまで届けた。

 エルメット様もとつぜんのことに驚かれていたのだけど、クリーク様と一言二言言葉をわして、しぶしぶなつとくしたようだ。

 クリーク様が用は済んだと執務室から出て行くと、エルメット様は私をに座らせた。

 そして、何故かロータス殿下の生い立ちを聞かされるはめになったのだ。

「殿下は三つで大陸言語を全て覚え、五つで古代言語をふくめたじゆもん言語を理解し、七つで魔法に関する王国の書物を全て読破しました。十二となったいまは、ご自身が論文を執筆する立場であり、またいくつか著書を出版しており……」

 殿下のちようじんぶりを先ほどから延々と聞かされているのだけど、これはどういった意図がかくされているのだろうか。

 あれかな? お前はそれだけだいな人を泣かせたんだぞ。死ぬ前にい改めよ、てこと?

「良いですか? はっきり申しますと、王太子殿下はつうではありません。殿下はわたる才能に満ち溢れており、かのお人以上の人物は現在の王国には存在しないでしょう。算術、武術、魔法。特にこの三つは、殿下の右に出る者はいません。まさに才子。神の申し子。ですが、天才は天才でも、その行動は天災そのものでございます」

 話半分に聞いていたところ、突然エルメット様が話のしゆを変えた。それまで殿下の生い立ちをたんたんと説明していただけなのに、急にこわいろを変えて忠告じみたことを言ってきたのだ。

あらしを完全に予測できないように、殿下もそういった自然災害に近いときがあります。普段は大人しいのですが、突発的に非常識な行動を取るときがあるのです。たとえば──今回のこんやく者選びのように」

 エルメット様のメガネがあやしく光る。私は彼の態度で、今回の件が殿下の独断であることを察した。

「……そして、嵐にあらがえる人間がいないように、だれもあの子をとがめられなくなったのです」

 背後から飛んできた声に、私はかたねさせる。恐る恐るり返れば、出入り口のとびらに人が立っていた。

 初老の女性だ。その高貴な人物には見覚えがあった。

「ガブリア陛下!?」

 私は椅子から跳ねるように立ち上がった。エルメット様も立ち上がり、おうに対して敬礼する。あわてて私は彼にならうと、ガブリア王妃は安心させるように微笑ほほえんだ。

「そんなにかしこまらなくてもよろしいのですよ、アザレア嬢。もっと楽にしてくださいな」

 一国の王妃を前に楽にしろという方が無理です。

 私が突然のことにきんちようしていると、王妃陛下の後ろからひょっこりと国王陛下も顔を出してきた。

「余もおるぞー」

 国王であるラインハルト陛下はのんびりとした態度で執務室に入室してくる。

 そして、私の向かい側のソファにお座りになった。続いて、王妃陛下もこしを下ろす。

 え? 何が起こるんです?

 王族自らちにしてくれるってことですか?

 私が混乱していると、王妃陛下がやさしくお声をかけてくれた。

「アザレア嬢、おかけになって。たびは私的なもの……いえ、正直に話しましょう。私どもはいま、国王と王妃ではなく、ただの人の親としてここに座っております」

 ガブリア王妃が暗い顔をすると、となりに座っていたラインハルト陛下がふところから手のひらサイズのすいしようを取り出した。その表面には、手入れされた庭園が映っている。

「中庭の件は、この遠見の術で全てあくしておる。其方そなたが余の息子むすこロータスにしたこと、全て、な」

 あっ。やっぱり手討ちですか。げないので遺言だけ書いてもよろしいでしょうか? そうだ。その前に謝罪ですよね。

 私が両陛下へ土下座をしようと腰をかしかけたとき、ガブリア王妃が私の肩をつかんで、必死の形相でおつしやった。

「──逃がしませんわよ! 念願の娘を!」

「はい?」

 続いてラインハルト陛下も私の肩を掴んだ。

「うむ。これだけきもの太いご令嬢が将来の王妃なら、カボス王国の未来もあんたいであろう」

「はい?」

 いま、なんて仰りましたか。

 王妃? 誰が?

『アザレア嬢』

 お二人が同時に私の名を呼んだ。私の肩を掴む手が強くなる。

「あなたほどロータスに相応ふさわしい子はいないわ」

「うむ。ゆえに、ラインハルト・クル・カボスとガブリア・クル・カボスが命じる」

 両陛下はまたもや口をそろえて、私に言った。

『ロータスの婚約者となりなさい』

 ……はい?

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