第十五抄 壁立千仞、道ぞ常あらむ


 襲い掛かった男たちはみな屈強な体躯をしていた。数は四人といったところか。


「抵抗はするなよ」


 命令を下した泰望はその場でただ事の成り行きを見守っている。


「切雲どうしよう」


 窮地に追い込まれた二人もまたその場で身動きが取れないままでいた。


(この男が官吏だっていうなら確かに抵抗すればこちらが不利になるだろう。けどおめおめと捕まるわけにもいかない)


 切雲はまず、近づいてきた男の一人をかわすようにして背後に回りそのまま背骨めがけて肘鉄をくらわす。肺に衝撃を受けた男は息を詰まらせその場に倒れこんでいった。


 「野郎ッ」と次の男が迫りくる。倒れている男を起き上がらせて盾としたため、向かい来る男と激突し相討ちする形で二人の男はお互い倒れる。ぶつかった衝撃で脳震盪を起こしたようで地面の方から呻く声が聞こえる。


「む。なかなかやるな」


「関心してる場合じゃねえぜ刑吏の若さんよ」


泰望のとなりにいた背の高い男が静かに返す。


「ならばこうするか。おい、切雲くんとやら」


 三人めの男の胸ぐらをつかみ、地面へ押し倒している最中の切雲へと泰望は声を掛けた。


「少し侮っていたようだ。君にはどうやら俺は敵いそうもない。」


「なら今すぐそこをどいて……」


「それはできんな」


「!!」


 泰望の隣にいる男の腕の中には、切雲の後ろにいたはずの瑠璃がいた。瑠璃は気を失っているようだった。


 倒した男たちは次第に体勢を立て直し始めたようで背後から立ち上がる気配がする。


「いつの間に」


「事情は説明できないが隣にいるこいつだけは特殊でね。念のため連れて来ておいてよかったよ」


「まさか叢曇ムラクモか......!」


 叢曇とは葉朧圏に起きた暗部組織である。日頃から特殊な訓練を受け、身体能力に抜きん出ている特性を生かし、諜報活動などを極めて秘密裏に行っている。もちろん一般に知られることはない。


「おやまさかのご名答。何故君が叢曇を知っているのかという疑問はさておき、話が分かるようなら賢明な判断を期待するよ」


 投降しろ、暗にそう告げている。半分脅迫じみた強行手段である。


「......オレもアンタがそいつらと懇意にしているってこと、一先ず知らないフリしとくすよ、刑吏さん」


 「それは命拾いさせてもらったな」と泰望。


 切雲は抵抗をやめた。


─────


――突然、首筋から電流が走った。


 瑠璃が最後に記憶していたのはその瞬間であった。


 どのくらい気を失っていたか定かではないが、瑠璃が次に目を覚ますと薄暗く空気の冷えた鉄格子のある部屋にいた。


「あれ、ここは......切雲は?」


 未だ疼く首筋を気にしながら、周囲の様子を伺う。


 音がぼんやり反響するも、人の気配はないようだ。それが恐怖の感覚に拍車をかけている。


(ここは、嫌だ。すごく嫌)


 時々どこからか生暖かい空気が伝う。どうにかして逃げ出そうと試みるが、格子は人の体がすり抜けられるほど間隔は広くないし、どうやら外側から鍵がかけられているらしい。


 部屋の床や壁は石灰岩のようなもので出来ており、座っていると触れている場所から体温が奪われていくようだった。


外界が見えるような窓もなく、閉塞感に苛まれる。


(やめて、一人にしないで)


 忘れかけていた村での暮らしが思い起こされる。とても気分の良いものではない。


 その時、カツン、カツンと足音が聞こえた。


「気がついたかな」


 現れたのは泰望だった。


「泰望、さん?」


「手荒な真似をしてすまなかった。......どれ、泣きそうな顔をしているね」


「どうして」


「こんなことをしたのか、と聞きたいのかな」


 力なく頷く。そして相方の安否も問うた。


「切雲くんも無事だよ。君と離してしまったことは心が痛むが俺にも事情があるのでね、すまないが我慢してほしい」


 瑠璃は思うような答えは帰ってこないだろうとふんだので、所在に対する質問はしなかった。しかし切雲の姿を見て安心したい気持ちはより溢れる。


「君は瑠璃と言ったね。君の事を教えてくれないか」


「その前にあなたのことを教えて」


 まっすぐに見つめる。その雑じり気のない素直な瞳に泰望は一瞬おののく。


「そうだな、うむ。なら改めて、俺は泰望という。官吏と言ったが刑部ぎょうぶ秋官しゅうかん仁位じんのいを司っている。まぁ平というか、これは覚えなくて良いよ」


 てへへと可愛い子ぶる。瑠璃は真顔だ。


「ンン、......今のは笑うところだが、これで満足していただけたかな」


「うん。私は瑠璃、家がなくなってしまったから行灯舍に少しの間いたの。切雲や満月さんとはそこで知り合ったんだ」


「そうか......大変な思いをしたんだな」


 格子越しに瑠璃の方へ手を伸ばし、こめかみの辺りを少し遠慮がちに触れる。


 その触れ方に既視感を覚えたのは気のせいだろうか。


「泰望さんは、行灯舍を知ってる?」


「ああ、満月には世話になっている」


「ずっと前からの仲なの?」


「お互い同じ背丈の頃からだから、そうだな」


 穏やかな表情で懐かしい、と言った。


「近頃は滅多に会えないが」


「また満月さんに会いたい?」


 続く質問の意図を汲むべく、泰望は瑠璃の表情を観察した。沈黙がその場を包む。


 瑠璃は鉄格子を掴んでいた手を離し、髪に添えられたままの右手を軽く掴む。


「私は満月さんにも切雲にもそれから......」


 自分を助けてくれた無愛想な恩人のことが脳裏に浮ぶ。


「会いたい人たちがいるの。ここから出してほしい」

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