第十四抄 逢偶・煌望
半ば逃げるようにして飛び出た後、寄り道もせず瑠璃の待つ路地へと向かい合流を急いだ。
「切雲!」
「お待たせす。はい」
先達て手に入れた竹筒の水を飲み再び一息つく。
「切雲、なんか疲れてる?」
はぁ、とため息混じりに例の男のことを説明する。
「満月さんの言っていた特徴とは重なるんすがね、どうにも」
「関わりたくなかった?」
深く頷く。
「もしその男が件の人物だとしても、そう簡単に見つかるのも都合がよすぎるんで、まぁ」
「何が都合が良いんだ?」
突然のことに事態を掴めず、一拍子置いてから瑠璃が驚ききゃあと声をあげる。切雲は呆れ顔をしながら、
「何でアンタがここにいるんだ」
と二人の前に突如現れた、目の前にいる"例の男"へ言葉を掛ける。
「尾けてきたからな」
悪びれもなく言い放つ。
「気持ちが悪い」
「上等」
ふふんと鼻を鳴らす男、そして手に持っていた袋を切雲へ投げ渡す。
受け取った切雲はその中身を得心したようで眉間に皺を寄せる。袋の中に入っていたのは少し冷めた揚げ餅であった。
「俺はな少年、他人の好意を素直に受け取らないという捻くれた人間を見るとどうしてもお節介を焼きたくなるんだ。
そのまま生きていては痛い目見るぞ、ってね」
身長の差で上から男の方が見下ろす姿勢となっているためその尊大にみえる態度に拍車がかかる。
「大きなお世話ってやつっす」
瑠璃はというと、一触即発な二人の雰囲気にどうしていいか分からずその場でおろおろとしていた。
(この人が切雲の言っていた人かな。なんだか陽気そうな人)
「あ、あのっ」
「ん?んん!!?」
男はそこで初めて瑠璃の顔を見たようだった。
「おお、おおお。まさに希代の美女じゃないか......いやまさかこの俺が即座に気づけないとは世紀の失態だ」
男は凝視した後、瑠璃の膝元へしゃがみこみその手をとる。
「こんにちは素敵なお嬢さん。俺は
ここでお会いするのも何かの縁、いや運命!どうだいこれから少しでかぐベハァッ」
皆まで言わせまいと切雲が咄嗟に平手を泰望と名乗った男に見舞う。
無論華奢な体躯とはいえ切雲の平手も軽いものではない。泰望は二尺ほど先に吹っ飛んでいた。
「少年よ......男児ならば普通拳でくるだろいや待て、ならばと振りかざす真似をするな冗談だ!!!」
「切雲痛そうだよ......」
「軟派なヤローは即成敗、これ鉄則す」
男ならば魅力的な女子を見れば口説くものだと弁明しようとした泰望に目線だけで黙れと制す。もちろん泰望は引き下がる。
「護衛がいるならば下手は打つまい。ところでお嬢さん、俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」
崩れた体勢と衣服を整えながら向き直る。
「あ、あのねお兄さん。
......何だったっけ」
泰望と切雲は空を掴み損ねる姿勢になる。
「満月さんの言葉ならほら、あれすよ」といい瑠璃に耳打ちする。
「満月.....?」
泰望の目が訝しげな色を滲ませたことに二人は気づかなかった。
「そうだった。あの、『いい加減ツケを払え』という言葉の意味、分かりますか?」
泰望は尋ねられた言葉の意味を即座に理解したようだった。
「一応こちらからも尋ねるが、お二人さんはどこで満月と知り合ったのかな?俺が知っている満月という人物かどうか照らし合わせたい」
「オレたちが知っているのは行灯舍の満月という人だけすよ」
切雲が答えると、顎を擦り泰望は沈思していた。
「そうか。では間違いない。うーむ」
「満月さんとは知り合いなんですか」 瑠璃が尋ねると、「よく知っている」と答えた。
「俺はまだツケを払えるほど出世できていないんだがな。思ったより早かったか」
一人でぶつぶつと何事かを唱えている。
「満月さんからのこの言葉を伝えたところで泰望さんとやら、オレたちに何か得はあるんすか」
「......まったく切雲くんとやら、そこだよそこ。俺はさっきなんと言ったかな?」
泰望は胸元に潜めていた人の指一節程の長さの縦笛を取り出すと景気よくピューイと鳴らした。
「俺は出世を夢見るしがない官吏でね。だがなんというか、この国では出世なんてできないも同然なんだ。
自身の功績を血が滲むほどの努力で積み上げていっても、不可能か無謀に等しい。理不尽極まりないだろ?そうは思わないか」
「何が言いたいんすか」
「でもな、どこかに続く道はあるんだ、必ず」
バタバタと荒々しい足音が近づいてくる。
「この圏では罪人に特別厳しい裁きを課すという仕組みがあることを知っているか?
だからわざわざ罪を犯そうなんて誰も思わないし、愚かにも罪を犯したものは黙るしかない、戻れない、気づいても悔いても遅いんだ。
今の君たちのようにね」
複数の足音の正体は泰望の背に控えるようにして立っている。つまり瑠璃達の目の前に立ち塞がるような形となった。
瑠璃は見に迫る危機を感じとり身をすくませている。足はガクガクと震え始めた。切雲は瑠璃を庇うようにしながらも緊張の色を滲ませている。
「だから言ったろう?痛い目を見ると。」
これに懲りたら素直になることをお勧めするよ、といい背に控えていた男達を従わせ、瑠璃達を捕縛するように命じた。
二人がいた路地の裏手は突き当たりが行き止まりとなっており、入り口を塞がれてはどこにも逃場のない場所であった。
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