33

 光は闇の中をふらふらと彷徨い、やがて闇の中で丸まっている瞳の体を捉えようとした。瞳はぎゅっと、その体を縮こめた。

 その瞬間、僕は瞳のコートの中から飛び出した。

 すると光はすぐに闇の中を動いた僕の気配に気がついて、僕の小さな体をその光の中に照らし出した。

「猫?」と女性の声がした。 

 周囲は真っ暗で、しかも一瞬だったので、その顔まではわからなかったのだけど、その人はこの病院の看護婦さんのようだった。

 もしかしたら秋子さんか、あるいは冬子さんだったのかもしれない。

 とにかく僕は闇の中を瞳の病室とは反対方向に向かって走り出した。

「あ、待って、猫ちゃん」と看護婦さんは言った。

 それから僕は寒くて暗い病院の廊下を風のように走り抜けた。走って、走って走り続けた。後ろからはぱたぱたという音がした。看護婦さんが僕を追いかけて走ってくる足音だ。

 すると、それから少しして、僕は行き止まりの壁に突き当たった。どうやらこの病院はコの字型やロの字型ではない、L字型の、もしくはI字型の作りをした建物のようだった。

 行き止まりの壁のすぐ手前でくるりと回転すると、僕は壁を蹴って加速をつけて、今度は自分を追いかけてくる光に向かって、……思いっきり突進した。

 看護婦さんとのすれ違いざまに「きゃ!」という声がした。

 しかし僕はそんな声には構わずに暗い廊下の上を走り抜けた。そして階段の前まで戻ってくると、そこには瞳がいた。

「猫ちゃん」と小さな声で瞳が言った。

 僕は両手を広げている瞳の胸元に飛び込んだ。

 瞳は僕をしっかりと受け止めると、すぐにこちらに向かって戻ってくる光から逃げるようにして、寒くて暗い病院の通路を、いつもよりも少しだけ急ぎ足で、一生懸命、駆け抜けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る