20

 昨日、僕が瞳に拾われたとき、柱時計の針は十二という数字を少し回った辺りを指していた。つまりあと二時間くらいで、僕はとりあえずこの病院での一日という時間を一睡もせずに経験したということになる。僕はそのときが来ることをとりあえず待つことにした。僕はなにかの変化を期待したのかもしれないし、期待していなかったのかもしれない。とにかく、今日と同じ一日というものがこれからも同じように繰り返されていくのか、それともなにかの変化があるのか、……そして、この長い夢が覚めるときはいつくるのか、……あるいはそれは永遠にこないのか、僕はそれらのことを見極めたかったのだ。

 だから僕は柱時計の針が時間を進めていく作業を淡々と見守っていた。

 そして時間が経過して、柱時計の針がきっかり十二の数字を指したとき、思いがけない変化が起きた。ぽーん、ぽーん、というとても不思議な音が柱時計の内側から鳴り出したのだ。それはお昼のときに柱時計の針が十二の数字を指したときには起こらなかった変化だった。

 その音はとても小さな音だった。決してなにかを告げることに適した大きさの音ではなかった。

 でも、僕はその音を聞いてとても驚いた。……そして、少しだけ興奮もした。

 柱時計から音が鳴り出した理由は明らかに針が十二の数字を指したからだった。しかしお昼のときには音が鳴らなかったことを考えると、どうやらこの音は時刻が『零時』になったことを告げる音だと推測できた。

 それは一日が終わったということを知らせるための音なのか? それとも、新しい一日が始まったことを知らせる音なのだろうか? あるいはその両方の意味なのだろうか? 音の意味は聞くものの意思に委ねられているのだろうか? だとしたら、僕はどうだろう? 僕はこの音にどんな意味を見出すのだろうか?

 僕は柱時計の音からそんなことを連想した。

 しばらくの間鳴っていた音は、やがて一分もしないうちに自然と鳴り止んだ。音が鳴り止むと同時に、「……ん」と瞳が微かに呟いた。瞳はうっすらと目を開けていた。瞳にとってあの音は、どうやら一日の始まりを告げる音だったらしい。僕は瞳が起きることを予測して、ベット脇へと移動した。

 瞳は毛布を押しのけてゆっくりと上半身を起こすと、そのままうーん、と言いながら、とても大きな背伸びをした。それから僕と瞳の目があった。

「おはよう、猫ちゃん」瞳は笑顔でそう言った。

 食事の時間以外、ずっと眠り続けていた瞳は、真夜中の時間でも元気いっぱいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る