21 ……真っ暗だね。猫ちゃん。

 ……真っ暗だね。猫ちゃん。


 すぐにベットから床に降りた瞳は白色のスリッパを履き、とても楽しそうな表情をしながら壁にかかっていた小さな子供用のコートと厚手のマフラーを手に取った。瞳はすぐにそれらを真っ白な色のパジャマの上から着込み、それからコートのポケットの中に入っていた手袋も身につけた。

 僕はそんな瞳の行動を黙ってじっと見つめていた。

 どうやら瞳はこんな遅い時間だというのに、どこかに外出する準備を整えているようだった。その瞳の格好は、僕が瞳と初めて出会ったときにしていた格好と同じだった。

「猫ちゃん。おいで」と瞳が言った。

 僕は「にゃー」と一度鳴いてから、ジャンプをしてそのままの勢いで瞳の胸元に飛び込んだ。両手を広げて僕を待っていた瞳はきちんと、僕の体をその小さな両手で『キャッチ』してくれた。

「猫ちゃんも一緒に『真夜中のお散歩』に行こうね」と瞳は言った。

 僕は了解の意味を込めて一度小さく「にゃー」と鳴いた。すると瞳は嬉しそうに笑った。

 僕は瞳のコートの中に潜り込んだ。そしてコートの胸のあたりから頭だけを出して自分の居場所を確保した。「猫ちゃんはそこが気に入ったんだね」と瞳が言った。瞳のコートの中はとても暖かかった。確かに僕はこの場所が気に入っていた。

 外出の準備を終えた瞳は慎重に病室の扉を開けた。

 すると、とても冷たい風が僕たちの周囲を吹き抜けた。思わずぶるっと僕の体が震えた。そのあまりの冷たさに僕は久しく忘れていた死の感覚というものを微かに思い出した。僕は周囲の風景を確認した。真っ暗な通路に一筋の光が伸びていた。だけどその光の中に、怯えた黒猫の姿はなかった。

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