　瞳はそれからも楽しそうにいろんな話を僕にしてくれた。しかしそれらは全部たわいのない日常の話ばかりで、僕が一番気になっている肝心な、お話をしている瞳本人のことはほとんど含まれていなかった。僕は瞳がどんな病気でこの病院に入院しているのかを知りたかったのだけど、この会話の中ではそれを知ることはできなかった。　

　瞳はバターを塗ったパン、ジャムを塗ったパン、温かいスープ、ミートボール、パン、そしてミルクの順で食事を続けた（その間に、ときどき、思い出したようにサラダを食べた）。僕はちらちらと瞳の食事の様子を観察しながら、自分の分のミルクを慣れない舌を使って飲み続けた。

　瞳の食べ物を咀嚼する速度は、猫になりたての僕の食事のスピードに負けないくらい、とても遅いものだったけど（その代わり瞳の食事のマナーはとてもよかった）もともとの食事の量が少なかったので、それらを食べ終えることに瞳も僕もそれほど時間はかからなかった。

　質素な食事が終わると、瞳は再び両手を合わせて「ごちそうさま」をした。銀色のスプーンと小さなフォーク、それからバターナイフを整え、空っぽになったお皿をトレイの上に重ねて置くと、瞳は食事のときはなぜか使わなかった朝ごはんと一緒にトイレの上に乗っていた透明なコップを手に持って、流し台の前まで移動して、台座の上に立ち、蛇口をひねって水を出して、そこに透明な液体を注いでいった。

　それから瞳は木製の棚の引き出しを開けると、その中から小さな瓶のようなものを取り出した。その瓶の中に詰まっているものは、錠剤の薬のようだった。どうやら透明なコップは最初から食事用ではなくて、薬を飲むために必要な道具だったようだ。

　瞳は瓶の中の薬を無造作に振って手のひらの上に何粒か落とすと、それらを水も飲まずに口の中に放り込み、まるでお菓子のラムネでも食べるかのようにぽりぽりと音を立てて嚙み砕き始めた。しばらく薬をぽりぽりとかじったあとで、瞳は水を飲み、それらを喉の奥に流し込んでいった。そんな瞳の様子をじっと伺っていた僕に気がついた瞳は、僕に視線を向けると顔をしかめながら「まずい」と一言だけ呟いた。確かにそれはどう見ても美味しそうには見えなかった。