第8話 神王魔王というゲーム



「神王魔王、というゲームをご存知ですか?」


 翌日。学校から帰って、ベッドに寝っ転がって神々のゲームの武器メニューを物色していたら、突然背後からそう声がかかった。


「はい?」


 話しかけられた瞬間に、声の主が誰なのか予測がついて振り向けば、ベッドの足元にちょこんと正座してこちらを見遣る、巫女服姿のトビリノメカミが。


 ちょ……プライベートの侵害! やめて部屋の中をキョロキョロしないで! 本棚の一番下の列とか絶対見ちゃダメですからねっ!?


「な、なんですかいきなりっ!? 来るなら来るで、事前に連絡の一つくらい!」


 慌てて身を起こし、神様の前に正座する。


「最近、神々のゲームで流行り始めた、新しい形式の対戦方法なのです。なんでも元となるゲームが、人間の世界に存在しているとか。貴方ならばゲームにも詳しいようですし、何か知っていないかと思ったのですが」


 言って正座した姿勢のまま、首を傾けてニコリと微笑む。微塵も悪びれた様子はなく、まるで勝手知ったる我が家とでも言わんばかりの態度だ。


 神王魔王って……アプリゲームの? いや、まぁ、知ってることは知ってるけれど。その手の人狼系のゲームが好きな関根君と、何度かプレイしたこともあるし。


 ていうかなんだこの状況。女の子など一度も上げたことのない部屋で、巫女服姿のお姉さん、しかも神様と、ベッドの上で対面正座って。


 変に緊張するんですけど!?


「じ、人狼なんかと同じ、TRPGというジャンルのゲームです。5対5で神王チームと魔王チームに分かれて、相手の王を見つけて撃破した方が勝ちっていうパーティゲームで……っていうか、神々のゲームって、そんなジャンルまであるんですか?」


 てっきり格闘物をはじめとした、肉体系のゲームばかりだと思っていたのだけれど……。神王魔王とか、頭を使うばかりのゲームなど、とても神の戦士らがやるような対戦形式だとは思えないのだが。


 ま、まぁいい。きっと、そういうのが好きな神様もいるってことなんだろう。


「実は今、神王魔王を用いての対戦の申し込みが届いていまして、受けるべきかどうか悩んでいたところだったのです。私の戦士達は、武力には優れていますが、そういった特殊なゲームで対戦したことが、今まで一度もなかったもので」困ったように目尻を下げながら、ふうと小さく息を吐き出す。


 ああ……そう言われれば確かに、リーダーのリュウゼンを筆頭に、脳筋プレイヤーばかり揃っているような気もする。爺ちゃんなんて特にだし、リュウゼンの部下らしき若武者も、いかにも猪突猛進って感じの細マッチョだったものなぁ。


 ただ、あの優しいお爺ちゃんアカナベさんだけは、智力にも長けた狼将軍って感じの印象は受けたけれど。


 うーん……俺が言うのもアレだけど、できれば受けない方がいいような気がするな、その試合。


 アカナベさん以外のプレイヤーが、絶対に何かやらかしそうな気配がある。意外にリュウゼンなんかも大ボケしそうな気がするし、何より隠し事の苦手な繁爺ちゃんなど、重役を引いてしまったら思いっきり顔に出ちゃうだろうし。


「ていうか、初心者だらけで簡単に勝てるようなゲームじゃありませんよ。TRPGっていうのは」


 さり気なく拒否する方向に話を持っていこうとしたものの、トビリノメカミはブンブンと軽く首を振り、


「そうは言っても、一度申し込まれた試合を拒否してしまうのは、相手方への失礼にも当たりますし、何より不名誉なことなのです」やや頰を膨らませつつ、ツンと唇を尖らした。


 いや、だからって明らかに不利な試合を引き受けるのも、愚の骨頂だと思うんですが。勝敗に拘らないのならともかく、ランキングがある以上は、そういうわけにもいかないだろうし。


「……今回もまた、不当に奪われた魂や眷族を解放するためとか、大義のある戦いだって言うんですか? もしそうじゃないなら、無理して受ける必要もない気がするんですが?」


 きちんと正座しながら問いかけると神様は、難しそうに眉間にシワを寄せて、形の良い眉毛をハの字に曲げた。


「今回においては、そういうわけではないのです。ですが挑まれた勝負を避けるのは、派閥の面子にも関わることなので、簡単に断ることもできないのですよ」


 鏡に写したかのようにきちんと正座をして、叱りつけるかのような憮然とした目つきで俺を見据える。


「ああ……そういうものなんですか」おりこうに正座したまま、とりあえず曖昧に頷いておいた。


 面子、ねぇ……。そんなもの気にしてたって、一円の得にもならないと思うけれど。


 まぁ神様の世界のことなんて、俺には分からないか。雇われ傭兵でしかない人間の俺が、気にしても仕方のない部分でもあるし。


 しばらく無言で、神様と視線を合わせてベッドの上で正座をする。


 やがてトビリノメカミは、ニコッと緊張を崩して微笑むと、胸の前でキュッと両手を組んだ。


「そこで考えたのです。アマタカ、貴方にリュウゼンらに、神王魔王の立ち回りを、伝授してもらいたいのです」淑やかな花の香りが部屋中に弾けるような、ニコニコとした清楚な笑顔を見せる。


「俺がですか? でも俺、TRPGはそこまで得意ではありませんよ?」


 俺の得意分野は格ゲーやFPS、またはTPSのシューティングゲームで、TRPGのような頭を使うゲーム、あるいはホラーゲームなんかは、関根君の専門分野だ。その手のゲームでは俺の師匠である関根君ならともかく、俺が指導したところで、そんなに上手くなれるとは思えないけれど。


 ちなみにパズル系やシミュレーションゲームならば野田君が得意で、サッカーゲームに関してのみは、スポーツマン守谷の独壇場だ。健吾君はこれといって飛び抜けて上手い分野はないけれど、様々なジャンルを網羅するオールラウンダーである。


「それでも、今よりはマシになれるはずです。頭の堅いリュウゼンはともかく、脳筋のゼントツなどは、未だルールさえうろ覚えの状態ですので」


 ゼントツっていうと確か、リュウゼンの部下の若武者の名前だったか。やっぱり脳筋なのねあいつ。……だろうとは思ってたけれど。


 しかし困ったな。神様の要請だというのならもちろん、断る理由は一つもないのだが、いかんせんTRPGとなると、俺にとっては畑違いのジャンルだ。


 どうしたものかと俺が、しばらく悩んでいる間も、トビリノメカミはじっとベッドの上に正座したまま、俺の顔を黙って見つめていた。


「……提案があるんですけど。俺の友達に、神王魔王が得意な奴がいるんです。あいつと一緒なら、細かいテクニックまで十分に教えることができると思うんですけど……」


 トビリノメカミがパチクリと瞬きしたあと、何かを察したようにポンと手を叩いた。


「それは昨日一緒に、ご飯を食べに行った友達のことですか?」


 おや。ご存知でしたのね……ってまさか、見てたの!?


「いや、まぁその……そうなんですけど。あれはですね、英気を養うためと言いますかなんと言いますか、と、とにかく、決してポイントを無駄遣いしたわけではなくて」


 必死になって言い訳しようとしていると、神様は再びパチクリと瞬きをしたあとで、クスッと可笑しそうに口元に手を当てた。


「ポイントは自由に使っていただいて構いませんよ。むしろ惜し気もなく友達に奢ってあげる辺り、貴方の器の大きさを感じて、微笑ましく思っています。

 リュウゼンも感心していましたよ。友達を救うために、所持ポイントの半数の1000ポイントを、躊躇いもなく消費したそうですね。それがあったから、仕方なく自分も足を運んでやったなどと、程のいいことを言っていました」クスクスと肩を震わせて笑った。


「へ? あ、ああ……あれはまぁ、そうしろってリュウゼンに言われたので」アハハと空笑いしながら頭を掻く。


 あの兄ちゃん、300程度で足りていたのにとか毒付いていたと思うのだが……


 クールで気難しい男に見えて、とんだツンデレ属性を抱えていたものだ。


「意外に、世話焼きなんですよリュウゼンは。

 とにかく今夜、神々のゲームSGMのシミュレーション機能を用いて、神王魔王の模擬戦を行おうと思っているのです。お友達を参加させたいというのなら、夢を見ているという扱いにして、夜中にこっそりと召喚することも可能ですよ」


「本当ですか! それなら是非、関根君を連れてきて欲しいです。TRPGでは俺の師匠でもあるんで、絶対に役に立ちますよ」


 よっしゃ。関根君さえきてくれれば、CO型の戦術も潜伏型の戦術も、分かりやすく実践してみせることが可能なはずだ。これはめっちゃ有り難い。


 夢を見ているという扱いにして召喚するってことは、あとで神々のゲームのことを聞かれても、シラを切ればいいってことね。


 まぁ関野君ならば、包み隠さずに真実を打ち明けても、全く問題はないとは思うけれど。関根君に限らず、野田君と健吾君も大丈夫だな。


 守谷はちょっと危険だけどね。四人の中では一番付き合いも長いし、気の良い奴ではあるんだけれど、アイツはちょっと口が軽すぎるんだよねー。


 と、


「5対5で行うチーム戦であるため、あと四人ほど人数が欲しいのですが……他のお友達も連れてきて構いませんか? 彼らの魂を管理する主神には、私からキチンとお断りを入れておきますので」


 トビリノメカミが、また妙なことを言い始めた。


「それって、野田君らもってことですか? 俺は構いません……というかむしろ、奴らなら大歓迎ですけど。……大丈夫なんですか?」


 皆んなでいっぺんに同じ夢を見たとなれば、さすがにシラを切るにも限界があると思うのだが……。


 あるいは、別に神々のゲームのことを、知られてしまっても構わないってことだろうか。


 そんなことを考えて不安に思っていたら、


「いざとなれば、彼らの主神に相談して、記憶を操作することもできます」


 笑顔で恐ろしいことを言われ、軽くドン引いた。


 な、なんでもアリなのですね。さすがは神様……。


 しかしそれならば、野田君らを連れてくることも、何も問題がないわけだ。本当に記憶を操作するってことになったら、それはそれでちょっと罪悪感を感じてしまうけれど。


「では、また夜中に迎えにきますね。彼ら五人も、寝静まったのを見計らって召喚させていただきます」


 そう言ったトビリノメカミのニコニコ顔が、瞬時にして掻き消えていった。


 一人残された部屋の中で、呆然と神様が座っていたベッドの上を見つめる。

 



 ええーっと……。

 

 五人?

 

 四人……では?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

〜アマタカ〜【スマホでゲームしていたら、神々のネトゲに参加させられました】 TAMODAN @tamodan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ