第7話 SVDが命中したのです



 『おお鷹斗。今日はご苦労じゃったな』


 返信スピードがめっちゃ早い。やるなぁじじぃ。


 ていうか爺ちゃんもスマホ使ってるんだろうか。まぁあの爺ちゃんなら、スマホだろうがPCだろうが、ちょっと齧れば完璧に使い熟してしまいそうだが。生前から、なんでもできちゃうスーパーお爺ちゃんだったものなぁ。


『友達に、悪霊に憑かれてるっぽい人がいるんだ。どうすればいい?』


 そう打ち込むと、二つの返信が、ほぼ同時に返ってきた。


 片方は、爺ちゃんズの片割れの白髪の老人、アカナベさんだ。


 まず繁爺ちゃんが先に、


『解決してやれ。当たり前だろう』


 と、いかにも繁爺ちゃんらしい返信が入り、直後にアカナベさんから、


『どうしても無理なら儂らが行ってやる。まずは自分でやってみなさい』と、ありがたい言葉が。


 おおー。めっちゃ優しいやん。


 すっごい心強い言葉に軽く感動していると、不意にそれまでは無かった色のチャットが入ってきた。


『滅しろ。問答無用だ』端的な、すごく冷たい印象の一文だ。


 アイコンは、赤い龍を象ったカッコいい画像。どうやらチームリーダーである、リュウゼンのようだった。


 ……居たのねあんちゃん。これまで一回も発言してなかったけど、まさか覗いてただけ? ちょっと陰湿な……まぁいいけど。


『滅しろって言われても……ちなみに今、スナイパーとSMGを一丁ずつストックしてあるんですが、それで倒せますか?』


 しばらくしてリュウゼンから、


『待ってろ。確認してやる』と返信が入ったのち、チャット欄が完全に沈黙した。


 確認するって……どうやって? まぁ神様の眷族なのだし、方法はいくらでもあるのかもしれないけど。と、


『視てやったぞ。なんてことはない。取り憑いた者の生気を喰らう、どこにでもいるただの吸魂鬼だ。お前の武器でも十分滅せる』


 そう返信が入ったのちに、続けて、


『この程度の雑魚に手古摺るようなら、侍大将の権限で、即刻首にしてやる』恐ろしい返信が返ってきた。


 な、中々に厳しいお言葉です。だがしかし、それだけ大したことのない悪霊ってことだろう。そこだけはちょっと安心した。


「ねぇ……なんか、私に取り憑いてる吸魂鬼、ってのを倒すって流れになってるみたいだけど……どういうことなの? 天野君のお爺ちゃん達って、何者?」


 戸惑う藤間さんに苦笑を返し、


「トビリノメカミ、っていう神様の眷族だよ。と言われても簡単には信用できないだろうけど……まぁ、信じれないなら、信じなければいいんだけどね」


「神様のけんぞく? ……霊能者、ってこと?」


 いや、霊能者かどうかと聞かれたら、返事に困るんだけれど。


 うーん、どうなんだろう。霊能者っていうよりは、霊そのものって言った方が正しい気がする。あるいは一応、神様の端くれってことになるのかな? え? あの爺ちゃんが? ないない!


「俺も良くは分かんない。とにかく、このままじゃ俺、首になっちゃうから、やるだけやってみるね」


「やるって……え?」


 言いかけた途端に、俺の手に出現したSVD狙撃銃を見て、藤間さんがまんまるく目を見開いた。


 ババっと藤間さんから距離を取り、銃口を向けて身構える。


「さぁかかってこい吸魂鬼! 相手になってやる!」


 ……………………シーン。


 しかしなにもおこらなかった。


「……天野君?」キョトンと小首を傾げる藤間さん。


 やば、恥ずっ! 顔を赤らめつつ、繋ぎっ放しだったチャットを入力する。


『爺ちゃん、吸魂鬼が出てこねぇ。どうすればいい?』


 返信はすぐにきた。爺ちゃんからではなく、リュウゼンから。


『女の中に隠れている。上手くおびき出せ』


 いや、そんな簡単に言われても。


『お前の神力を女に入れて、身体の中から追い出せばいい。簡単だろう』


 簡単じゃないから困ってるんですが!?


 あ、そういやポイントを神力に変換できるみたいな機能があったけど、あれを使えばいいのかな?


 ポイント交換から神力変換を選び、とりあえず1000ポイントを入力してみた。二割が手数料として差し引かれ、残りポイントが1050になる。


 ううー……手痛い出費だが、まぁ仕方がない。と、


 スマホから目に見えない力が、手から身体全体に流れ込んでくる感覚を感じた。同時に、流れ込んだ側からそのほとんどが、熱が覚めるようにして空気中に霧散してゆくのが分かる。


「藤間さん、ちょっとこっちに!」


 ちょいちょいっと手招きをして呼び寄せ、藤間さんの華奢な肩に、ポンと手を置いた。溢れる神力の何割かが俺の手を伝って、藤間さんの中に流れ込んでゆく。


「うっ……!」


 急に藤間さんがえずくようにして、口元を押さえて屈み込んだ。その背中から、黒っぽい影が浮き上がり、やがて吸魂鬼の本体が、ズルッと滑るようにして飛び出してきた。


「お…の…れ……生意気…な!」


 血走ったギョロ目が、真っ直ぐに俺を睨む。


 うわ、怖っわ! だがしかし、こいつで倒せると分かった以上は、ゲーム内の魔物共と大差はない! SVDの攻撃力は、一撃1000ポイント……覚悟せいやぁっ!!


 迷わずライフルを構えた。FPSのゲームで鍛えた感覚が、自然と照準を合わせる。


 ズドォン! と光が弾け、神力の弾丸が吸魂鬼の額に命中した。


「ギャアアアァァァァ!!」


 おぞましい悲鳴が轟き、吸魂鬼がバチィンと後ろに弾け飛んだ。地面に仰向けに倒れ込み、ピクピクと痙攣を繰り返す。


 ふう、一件落着! ……なのか? そうなのか?


 銃口を吸魂鬼に向けたまま、ジリジリと滲み寄る。と、


「馬鹿め。1000ポイントは使い過ぎだ。精々が300ほどで済んだものを。……だが、よくやったな。あとは俺が処理しといてやる」


 突然俺の真横に、リュウゼンが姿を現した。真っ黒なトレンチコートに、黒いシャツと黒いデニムと、全身が黒尽くめだ。どんな趣味よそれって。厨二か? 厨二なのか!?


「大丈夫かな、お嬢さん?」


「いやいや、中々に肥えた吸魂鬼を飼っとったのう」


 背後から聞こえた声に振り返ると、爺ちゃんズの姿もそこにあった。渋めな印象の茶色い和服姿のアカナベさんに、生前に好んで着ていたチャンチャンコ姿の繁爺ちゃんが、屈み込んで苦しそうにしている藤間さんの背中を、優しく撫でてやっている。


「ありがとう…ございます。……あの、貴方達は?」ケホケホと小さく咳き込みながら、藤間さんが涙目の視線を、爺ちゃんズに向けた。


「鷹斗の祖父じゃよ。孫が世話になっとるのう。……ところで、鷹斗とはどういう関係かな?」ニッコリと仏様のような笑顔を浮かべる。


 どうもこうもねぇわ! 変なこと聞くんじゃありません!


「さて……一応聞いておこうか。貴様、どこの神の使いっ走りだ?」


「ググ……知らぬ。私は……単独だ」


 リュウゼンが静かな物腰で、仰向けに倒れる吸魂鬼に向かって片手をかざしている。


 なんか知らんが言い知れぬ圧迫感が、リュウゼンの背中から感じられた。


 うーん。やっぱりこの兄ちゃん、完全に別格だわ。身に纏うオーラというかなんというか、雰囲気がマジに只者じゃない。敵に回しちゃいけないタイプ、ってやつだな。


「ふん。隠しても無駄だ。どうせまた、クニノキミトの手の者だろう。この辺り一帯は、我が主の縄張り。この件は後日キッチリと、抗議させてもらうからな」


 言ったリュウゼンの手の平が、ブンッと紅く鈍い輝きを纏った。


 途端に、


「グ……グギャァァァァァッ!!」


 吸魂鬼の全身が同じ色に染まり、一瞬ののち、水風船が破裂したかのように爆発して、赤黒い霞となって消え去っていった。

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